ボクたちの選択 29


教室に入ると、いつものように挨拶をしながら自分の席についた。
いつまでも鞄を抱えているわけにはいかないので、意を決して机の上に置き、何食わぬ顔で中から教科書やノートなどを取り出す。
そのうち、教室の空気が段々と少しずつ変化してきた事に圭介は気付いた。
誰も、圭介と目を合わせようとしないのだ。
男子などはあからさまに視線を外し、そそくさと自分の席についてしまう。
視線を感じて振り返っても、さっと目を逸らされるので対処の仕様が無い。
女子に至っては、まずギョッとした目で見て、それからまじまじと見つめ、そして近くの女子に近づいてヒソヒソと囁きあったりしている。
ある程度覚悟していた事だけれど、これでは針の筵だ。
元々、影でコソコソしたりする事に対して我慢強いタイプではない圭介は、あと数秒放っておいたら確実に怒鳴り散らしていただろう。
…と、女子のグループから一人の女生徒が何か思い詰めたような、決死の覚悟でもしたような表情で圭介の前に立った。

こんな時行動に出るのは、男子ではなく女子の場合が多い。
この年代の男子は、いろんな意味で好奇心があるくせに女子の問題には首を突っ込みたがらず、
妄想を膨らませるだけで傍観者を気取る事が多いのだ。
まったく腑(ふ)抜けているとしか言いようが無い。
「なんだよ?」
いい加減イライラしてきていた圭介は、腕を組んで重たい胸を支えながら、下からねめつけるようにしてその女生徒を見上げた。
彼女は確か、桑園京香(そうえん きょうか)とかいう名前だったはずだ。
先週の火曜か水曜日に、“彼氏のプレゼントで一番喜ばれるのは何か”…と、圭介に相談を持ちかけてきてから、
以来、何かと話しかけてきてくれる女の子だった。
艶々としたロングヘアの黒髪とパッチリとした二重で切れ長の目が、大人しくて優しそうな雰囲気を醸し出しているが、
これが実はまったくのフェイク(にせもの)で、実は気が強くてエッチ大好きのエロエロ女だという事を圭介はよおく知っていた。
『彼氏がアナル(肛門)に入れたがって困るけど、嫌われたくないから良い断り方を教えて』
と言われた時は、もう自分は金輪際女の外見なんて信用しねぇ…と心の中で決意したものだ。
その京香が、ちょっと怒ったような困ったような複雑な顔で、圭介を見下ろしている。
「あの…さ、いくら『ナイ』からって、いきなりそれは無いんじゃないかな?…ちょっとキモイよ?」
口に右手を当て、身を屈めて圭介にそう耳打ちする。
傍目には、『女の子のナイショ話』とでも映っているのだろうか。
「はあ?」
「それ」
京香は顎で、圭介の大きく突き出した胸を指した。
圭介は、彼女の言わんとしたところがなんとなくわかり、一瞬激昂(げっこう)しかけたものの、
一息ついて立ち上がると無言で体を反らし、彼女に向かって胸を突き出してみせた。
「ん」
「え?…触ってみろってこと?」
「ん」
「ちょっとやだやめてよこんなとこで…」
予想外だったのか、あたふたとうろたえる京香の手を取り、圭介は強引に自分の右胸を触らせた。
教室のあちらこちらからは、2人のやりとりを見ていたのか「やだ」とか「きゃー」とか
「うわっ」とか「うほー」とか実に様々で妙な声が上がる。
視界の端に、やに下がったスケベそーな顔の吉崎達3馬鹿が入ったけれど、
圭介はそれらを全部無視して、さらにぐいっと京香の手を胸に押し付けた。
「…え?…あれ?…うそっ…」
驚愕に目を見開いた京香が、思わず衆目の中だという事を忘れて両手で圭介の胸を鷲掴みにする。
そして、
「……マジ?」
「マジ」
「モノホン?」
「モノホン」
「………やわらかー………!!…」
しばらく圭介の胸を揉んでいた京香は、ここに至って自分が何をしているのかき気付き、
「ちょっとこっちにいらっしゃい」
と、圭介の手を引っ張って行く。
2人が教室を出て行くと、途端に教室の中は歓声と嬌声が飛び交い、その中で由香は、
『まあ、誰だって驚くよねぇ…』
窓側一番前という場所の利点を生かし、鼻歌などを唄いながらのんびりと通販カタログの下着のページを眺めていた。


一方、京香にトイレまで連れてこられた圭介は、個室に誰か入っていないか京香が確かめている間、
彼女に揉まれてズレてしまったTシャツを直していた。
「もうわかっただろ?あのさ、もうすぐはるかちゃん来るから、用があるなら早くしてくんねーかな?」
圭介がそう言うと、京香はツカツカツカ…と圭介に歩み寄って、せっかく直したTシャツごと、ブラウスを捲り上げた。
思わず声が出かけるが、圭介は恥かしいのを我慢してじっとしている事にする。
京香はしばらく“ぽかん…”と、朝の由香みたいに口を開けて重たげな乳房を眺めていたけれど、
はっと気付いて捲り上げていたTシャツを少し乱暴に引き下ろした。
「ちょっと、いったいどういうこと?説明しなさいよ」
「オレにもわかんねーよ。朝起きたらこうなってたんだから」
スカートにTシャツとブラウスを入れながら圭介が憮然とした顔で答える。
ほっぺたが赤くなって、なんだかものすごく可愛い。
「……いつから?」
「先週の金曜かな。朝起きたらちょっとふくらんでた。で、土日でこうなった」
心底うんざりした口調の圭介の言葉に、京香の目が剣呑に輝く。
「あんたね…ふざけるのもいい加減にしなさいよ」
「ホントだって」
「ウソ」
「ウソ言ってどーするよ?だいたい、オレだって困ってんだからな?
 いきなりこんな邪魔なモンが胸についてみろ。鬱陶しくてしょーがねーだろ」
そう言って圭介は重たい乳房を右手でたぷたぷと揺らして見せた。
「取りなさいよ」
「ムチャ言うな」
「……ふざけた体ねぇ…」
「……人に言われると腹立つな」
トイレの大きな鏡の前で、2人の少女は睨み合った。
けれど、すぐに片方が深く溜息を吐き、やれやれと首を振る。
「悪かったわよ。ヘンな言いがかりつけて。あんただって、ある日突然自分が女だった…なんて知って嫌な思いしてるのに、
 クラスメイトの私達が責めたりなんかしたら、それこそ逃げ場が無いものね」
基本的には、京香は悪人ではないのだ。
人の痛みをわかってあげられる人間なのである。
ただ、ちょっと人より自分の感情を優先してしまうのが難点なだけなのかもしれない。
「でもこれであんたってある意味『最強』よね」
「は?なにが?」
「男みたいにサッパリした性格でロリータ顔の……こいういうの、なんて言うんだっけ?
 爆乳(ばくちち)?…しかも、まだ初物(はつもの)なんでしょ?」
それを言うなら『ばくにゅう』だ…と思ったが、ツッコむとまたややこしい事になりそうだったので、圭介は別の疑問をぶつけてみた。
「なんだよ。ハツモノって」
「は?…それ本気で言って……るみたいね。初物ってのはね、まあつまりバージンってことよ」
「ばっ!ばかか!?当たり前だろそんなの!!男なんかとンなことできっか!!」
今朝の夢が“ぶわっ”と蘇る。
圭介は顔を“かああああっ!”と赤らめてぶんぶんと首を振った。
「…しかも男嫌い…と。………なーんか、イカ臭いオタ男(お)が妄想ふくらませて作ったような女ね。
 言っとくけど、私の勇ちゃん取らないでよ?」
「は?」
「手出したら承知しないから。それと手出されても許さない」
「おいおい…」
圭介は挑戦的な目で自分を見る京香を、うんざりした目で見上げた。
勇(ゆう)というのは、京香の彼氏で、何かにつけやたらとカッコつけたがる、隣のB組にいる優男(やさおとこ)だ。
「自分はモテる」と勘違いしているのはあの手の男の基本だけれど、自分に寄って来るグラム10円くらいの軽いバカ女
(京香がそうだとは言わない。口が裂けても)が、この世の女の「全て」だと思ってる、救いようの無い男でもある。
自称「女の理解者」で、その実、自分の狭い経験の中で勝手な恋愛論を振りかざすしか能の無い、ただのバカなのだ。
「やめてくれよ。オレはあんなヤツ……っつーか、そもそも男なんかに興味ねぇよ。だいたい、どこがいーんだ?あんなバカ」
「あのね、勇ちゃんを馬鹿にしないでくれる?あれで、私にはスッゴク優しいんだから」
君を含めた女全員に、だけど。
『しかも可愛い女限定ときてる』
圭介は心の中でそう呟いて、ムキになって彼がいかに優しいかを熱弁し始めた京香をぼんやりと見上げた。
恋をする女ってのは、ここまで馬鹿になるのか。
じゃあ、オレは一生恋なんてしなくていいや。
そんな気分だ。

「ね、どうなったの?」
ふと声がしてトイレの入り口を見れば、クラスの女子の顔が鈴なりに並んでいた。
「なんだよオマエら…」
「生チチ。正真正銘の。確かめたから」
「「うそーー!!」」
「なっ!?」
京香の溜息混じりの言葉に、女達が“どどどどどっ”とトイレに雪崩れ込んで来る。
圭介は恐怖を感じて後退り、たちまち壁際に追い詰められてしまった。
「ね、なんで?」
「すっごいね、触っていい!?」
「どうしたの?何か使ったの?」
「土日で手術した?どこで?」
「なんでなんでなんで?私にも教えて?」
「教えなさいよコラ!」
…もうめちゃくちゃである。

「ちょ…まっ…おいっ!…やっ…まてまてっ!…だっ…そこちがっ……触るなっって…」
何本もの手が胸に伸び、もみくちゃに揉みたてるのを、圭介は必死になって払い除ける。
もし男に同じ事をされたら引っ叩いて蹴り上げて蹴倒して逃げるのに。
相手が女だと思うと、どうしても手が出せなかった。
「なにしてるの!?ホームルーム始めるわよ!?」
数分後、担任のはるかちゃんが教室に残った生徒に聞いてトイレまでやってきて怒鳴ると、
まるで蜘蛛の子を散らすようにわらわらと女生徒が中から出てきた。
何事かと思いながら中を覗き込んだ彼女は、次の瞬間、なんとも言えない顔をして
「…まあ…野良犬に噛まれたと思って…」
…と、とんちんかんな事を大真面目に言ってのけた。
トイレの中では、壁際の床に崩れ落ちるような格好で、圭介が座り込んでいる。
ブラウスを捲り上げられ、Tシャツをくちゃくちゃにした圭介は、ぼんやりと放心状態ではるかちゃんの顔を見た。
「……こ……こええぇー……」
集団になった女は怖い。
期せずしてその認識を新たにした圭介であった。
散々揉まれた彼の乳房は、赤く腫れてじんじんと熱を持つほどになっていた。
気持ち良いとか悪いとか、そんなのは感じている余裕すら無かった。




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