アリスの娘たち〜  ひろみ1


「やはり、どうしてもですか?」
「君には不本意かもしれないが、これまで以上に君は皆から"愛される"ことになる。それでも嫌かね?」
「ボクは今の仕事が好きなんです。そりゃ、ボクは子供であまり役に立っていないかもしれませんが、
 それでも"いらない人間"じゃないと思っているんですけど……」
「"アリスの娘"に選ばれるには、性格や健康状態も重要な要素だ。誰でもいいわけじゃない。
 君は"いらない人間"ではないよ。むしろ"必要な人間"だ。それでも納得できないかね?」


ここは移民船の中。もう何百年も移住可能な星を探して、旅を続けている。
この船の人口はやっと200人弱。船内は狭いけれども、地上とそうは変わらない環境が整えられている。
ただ、植物も含めて繁殖はほぼ完全にコントロールされている。
極僅かな人間を除いてすべてが男性。
狭い閉鎖空間内で秩序だった運営を行うには、いろいろとメリットがあるということが、経験的に得られているのだそうだ。
僅かな人たち……。
移民船のマスターコンピュータの名を取り、"アリスの娘"と呼ばれる人たち。
約300人の中の、今は11人だけ。
その12人目になれと、ボクは命じられたのだ。
この船の誰もが、最初は男としてこの世に生を受ける。
そして、その中から必要に応じて、遺伝子操作をして女性になる。
"アリスの娘"になるのだ。女性となって、そして……


「これが"アリス"のシミュレーションした"5年後"の君だ」
「……これがボク?」
「生齢はちょうど20歳になるのかな?評議会はもちろん、アリスは君の性格分析の結果を重視して選択したつもりだが、
 このシミュレーション画像を見れば、そんなことはどうでも良いという気分になるね……。
 いや、気を悪くしないでもらいたいのだが……」
「慣例なら、ボクの歳なら選ばれることは無い筈ではないのですか?」
「先月の事故のことは知っているね? 娘の一人が亡くなった。これはまったく予定外のことだ」
「ええ、友達もとても残念がっていました。優しい女性だったとか」
「そうだ……。とても優しい女性だった。それがアリスが決定付けた性格だったからな。つまり、同じくらい優しい性格の後継者が必要なんだ。」
「それで、ボクなんですか?」
「それに君はまだ"経験"がないだろう?」
「……。"経験"したくなかったわけじゃないんですけど……」


人工的に培養されたボクたちには繁殖力はほとんど無い。
特別に調合された薬を飲まなければ、2次性徴すら発現しない。
だからある年齢になると、その薬を飲んで"アリスの娘"と"経験"してオトナの男になる。
……だからといって、女性を妊娠させるだけの繁殖力は無い。
"経験"するのは繁殖が目的ではなく、もっと精神的な理由からなのだ。


「ともかく、これは評議会の決定でもあり、アリスの選択でもある」
「それなら、拒否できないのではないですか?なぜボクに同意を求めるのですか?」
「もちろん決定は絶対だが、これは通常のケースとはいえない。  君が納得し、受け入れられる様になるまでは延期されることになる。
 私としては、他の女性達の負担も考慮しなければならない立場なので、できれば早く返事が欲しい、というわけなんだ」
「……わかりました。ボクの方はいつでも……。」


「やぁ、お帰り、ヒロミ。どうだった?評議長に呼ばれるなんて。心配してたんだ。
 おとなしいだけが取柄のヒロミが、もしかしたら何か大変なことをしでかしたんじゃないかって」
同室のアキラが心配そうに、ボクの顔を見ながら話しかけてくる。
「うん。……"アリスの娘"になってくれって」
「ヒロミが? "アリスの娘"? 女になるってこと?」
「うん。評議会の決定だって。この前、事故で一人死んだでしょ?その後任だって」
「レイラさんのことだろ?優しい人だったよね。でも何でヒロミが?
 そりゃボクだって誰かを選べっていわれたら、ヒロミを推すけどさ。でもその歳で?」
「ボク、まだ"経験"無いからさ……」
なんとなく顔が赤くなってしまう。
「そ、そか。そういえば、まだだったよね。で、いつなの?」
「これから」
「こ、これから?そ、そんな急に…。ボクはどうなるのさ、パートナーがいなくなっちゃうじゃん」
「ごめん。早い方がいいかなと思って。アキラなら、きっと誰とでもやっていけるよ」
「"娘"になったヒロミと一緒に…、なんてわけにはいかないよなぁ。なんだかさびしいなぁ」
「そうだね。でもこの船からいなくなっちゃうわけじゃないし。また会えるんだしさ……」
「それって、女になったヒロミと寝る……ってことだよね?」
「え?それは……、そういうことになるかな??」
ボクは親友に抱かれる(もちろんそれがどんなことか、ホントは良く知らないけど)ということに、
ものすごく羞恥心を覚えて、下を向いてしまった。
「あ、いや、その……ゴメン。余計なこと言っちゃったかな?」
「ううん、"アリスの娘"になるって、そういうことなんだよね。あんまり深く考えていなかったけど」
「怖くない……?」
「え?そりゃ、少し不安だけど。でも、伽を勤められる様になるまでは、ハルカさんが付いてくれるって言うし。たぶん平気。」
「ハルカさんって、あのハルカさん?よかったじゃん。
 あの人見かけはちょっとコワイけど、亡くなったレイラさんに、負けず劣らず優しい人だって話だよ」
「アキラは、ハルカさんとも……??」
「え?いや、まだだけど……ボクだってまだ男になってから、やっと半年だし。そのうち順番がくるとは思うけど…妬いてるの?目がコワイよ」
「え? そ、そんなことあるわけ無いじゃん。なに言ってんだよ」
「冗談だよ。その、なんていって言いか良くわからないけど、元気でね」
「次に会うときは、ボクは女の子になってるけど、アキラのこと忘れちゃうわけでもないよ。じゃ、もう行かなきゃ、"またね"」
「うん、"またね"」

…でもそれが最後だったなんて。その時のボクは思いもしなかったんだ。




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