交×姦

「祐巳――」
 服を着ながらお姉さまが言った。
「私とこういうこと、したくなかった?」

              *

 ことが終わってベッドに横たわる令ちゃんの顔に、わずかに不満そうな影がちらついた
ことに、由乃が気が付かないわけが無かった。

              *

 不意に悲しくなっていくのを、止めることができなかった。

              *

 三学期が始まった。始業式はつつがなく終了し、教室に戻る列のなかに由乃さんを見つ
けた祐巳は彼女に駆け寄った。一瞬だけ見えた横顔にはっきりとした憂いを見つけたから
――私も同じような顔をしていたのだろうな、と思ったから。だから、先に由乃さんが祐
巳を見つけていたら、逆になっていたと思う。
 要するに、祐巳と由乃さんは同じことで悩んでいるのだろうな、と直感的に思ったのだ。
格好よく言えば、親友同士わからないことは何もない、ということになるのだろうか。
「由乃さん」
 と祐巳は言って肩をたたく。びくりと由乃さんの身体が震える。恐る恐る振り向いた由
乃さんは相手が祐巳とわかると安堵の笑みを浮かべた。
「なんだ……祐巳さんか」
 その笑みはやはり弱弱しく、痛みすら感じさせた。相当重症のようだ――祐巳と同じよ
うに。
「脅かしちゃった? ごめん。――それはそうとどうしたの由乃さん……元気ないけど」
 由乃さんはあいまいに笑って「別に」って。青信号の輝かしい称号(?)の面影は無い。
「祐巳さんこそ」
 ぽつり。由乃さんはそういった。
「やっぱり、わかる?」
「当然」
 由乃さんはくすくすと笑いを漏らす。その笑いはさっきと違って由乃さんに相応しいも
ので。祐巳もいつのまにか、重なるようにくすくす笑いを吐き出していた。

 始業式の日は、帰宅時間が早い。祐巳と由乃さんは閑散とした教室で向かい合っていた。
「でね――お姉さまが『私とこういうこと、したくなかった?』って」
「したくなかったの?」
 由乃さんが訊く。
 祐巳は何度も首を振った。
「そんなことない――とってもしたかったし、気持ちよかった」
「そうだよね。せっかく初めて結ばれたっていうのに、ひどい」
 そういって溜息を吐く。
「由乃さんは――」
 二人は前からそういう仲だったはずだ。
「令ちゃんがね――なんか、あまり、気持ちよくなさそうで……いや違うんだ、最中はも
のすごく喘いだりして」
 そういって由乃さんは喘ぎ声を再現した――顔が真っ赤になる。
「でも、終わった後に一瞬だけ、ものすごく物足りなさそうな顔するんだ」
 ――沈黙。
 祐巳は受けで、由乃さんは攻め。お互いのパートナーが何を考えているのか、何より深
い絆で結ばれた姉妹といえど、わからないことも多い。
「ふう……」
 やがて同時に溜息。何度目だろう。
「ね」
 由乃さんがいった。
「相手の立場を体験してみない?」

 由乃さんは令さまに面と向かって「して」とはいいづらい。祐巳だってお姉さまに「し
てあげる」なんて……いえそうにない。でも由乃さんなら――。立場を交換してエッチし
てみたら、相手が何が不満なのかわかるかもしれない。

              *

 祐巳は由乃さんの部屋にいた。私服。令さまは出かけている。シチュエーションは彼女
の部屋にやってくる彼氏。ベッドで横に腰掛ける。しばらくとりとめもない雑談をした。
 やがて、なんとなくそんな気分になってきたので、肩を抱き寄せてみた。
「いや――」
 普段は聞けない声をだす由乃さん。最初のころ感じていた美少女らしさをふと思い出す。
あ――まずい。本当にそんな気分になってきちゃう。
「本当はしたいんでしょ?」
 男言葉で言おうかと思ったけど、口を衝いて出たのはいつもの口調だった。
 首筋に唇で口付ける。声がわずかにもれた。顔を自分のほうに向けてキス。唇を擦り付
ける。離すと、糸が引いた。由乃さんを見ると、唇が濡れていた。だめだ、もう、止めら
れそうにない。そのまま押し倒して再び口付けをして舌を入れた。絡ませる。掻き回す。
「ふぅ……ん」
「気持ちいい?」
 笑顔を作って訊く。
「う……うん」
「エッチなんだから」
 何でこんな台詞を口にしたのかわからなかった。由乃さんはなにか口にしようとして、
やめた。
(ごめんなさい、令さま)
 心のなかで謝ってから服を脱がしにかかる。情けないことに手が震える。気持ちだけ逸
り、少し手間がかかった。上着とスカートを脱がして下着だけにする。その状態で曝され
た素肌をゆっくりと手でなぞる。
「色っぽいよ――」
 首筋から胸にむかって舌を這わせながらブラジャーのホックに手をかけた。ぱち、と音
がした。外す。形のいい胸。心臓の鼓動が祐巳の身体のなかで跳ねた。胸に手をやる。ゆ
っくりと動かすと、由乃さんの、「はぁ……ん」という切なそうな声が聞こえた。
 三度目の口付けをしながら胸を揉むのを続ける。
「ああ――ぃぁ――」
「もうがまんできない?」
 ゆっくりとうなずく。祐巳は首を振った。
「それじゃわからないなあ。ちゃんと言ってくれないと」
「な……ぁ――んて――いやぁ」
「私はあそこを指でいじってもらいたいです。もっと感じたいです、って」
「いやぁ」
「言わないと、この先してあげないよ」
 そういいながら胸をより強くいじる。由乃さんは泣きそうだ。どんどん、興奮のボル
テージが共鳴し加速していく。
「わ……、わたしは、あそ、あっ、こを、ぐちゃぐちゃ――に、してぇ……」
 腰を上下に動かしながら上目遣いに祐巳を見る。別人みたい。全身にぞくぞくとした痺
れが走った。祐巳も、我慢できなかった。
 もうぐちゃぐちゃに濡れたショーツを脱がすと、その場所に指を這わせる。
「濡れてるよ――ほんとうにエッチなんだから」
 神経が弛緩したように愉悦の表情を浮かべて由乃さんは喘いだ。涙と唾液が交じり合う。
もう何も考えられない。感じさせてあげる。それだけ。
 指を挿れた。そのなかは祐巳の指をきつく締め付ける。
 ――これが、由乃さんの中。
 一ミリづつ進める。
「すごく締め付けてる」
 あふれ出る愛液はもう抑えがきかなかった。指を動かすたびに、自動的であるかのよう
に喘ぎが反響する。
 そして、もうそう遠くないうちに達するだろうという瞬間、
「あ――祐巳……ゆ、み――!」
 由乃さんが祐巳の肩を抱いてそう言った。
 それだけで、由乃さんが祐巳の名を読んだだけで、祐巳もまた、由乃さんと同時に達し
てしまい、意識が飛んでいくのをだけ、なんとか認識した。
「私」
 ベッドに寄り添いながら、由乃さんはいった。
「もっと言葉で攻めてあげるべきなんだって、思った。そうしないと、自分の気持ちが伝
わらないよね。一言かけられるだけで、身体のなかからあふれるみたいで――」
 祐巳もまた、教えられることがあった。
「私もそう思った――最後に私の名前、呼んでくれたよね――私、それだけでいっちゃっ
た」
 身体だけじゃなくて、心まで完全につながるには、お互いの気持ちを伝える言葉が要る
って、二人はそのとき知った。これから、もっと深く二組の姉妹はつながることができる
のだ。
 ――しかしそれはそれとして、祐巳は帰り道、どうしても攻めの快感を忘れることが出
来なかった。
(私、本当は攻め向きなのかな……)
 でも、やはりお姉さまを攻めるなんてできそうにない。
 ふとそのとき、脳裏にうかんだのは二人の一年生の姿だった。
 中指を曲げてみた。由乃さんのなかの感覚がよみがえる。それと同時に、快楽にゆがむ姿も。
 震えた。生唾を飲み込んだ。笑みが自然に浮かんだ。今、自分はどれほど淫蕩な表情を
しているのだろうと、祐巳は思った。

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