BIRTHDAY CARD 3



「ありがとう」

 まっすぐ八戒の目を見て無骨な男ははっきりとそう口に出した。
 手元には八戒が先ほどわたした白い紙とペン。既に1000字以上の文章が書き連ねられている。

「…どういたしまして、と答えるようなことは何もやっていませんよ」

 八戒はその紙とペンを受け取りながら、少し困惑した表情で言葉を返した。

「あんたがどう思うのかはあんたの勝手だな。だから、俺があんたに御礼を言うのも俺の勝手」

 そう言って短い黒い髪の毛をがりがりとかき回し、唇の片方を吊り上げて、八戒が3年間同居生活を送った同居人の腹違いの兄はにっ、と笑った。

「懺悔するってなかなかいいもんだぜ。自分を慰めるためにはな」
「……何をおっしゃっているんですか」
「しかも、その懺悔の相手はまあまあ他人で少し知人のほうがいい」
「……」

 八戒を無視してひとりでしゃべるその筋骨隆々とした(よほど父親が体格のいい妖怪だったのだろう)男は先ほどの笑みを絶やさず、八戒の表情が変わっていくのを楽しんでいるかのようだった。

「あんた、悟浄と暮らしていたんだろ?」

 少し冷たい風が吹いてきて、八戒は小さくくしゃみをした。しかし、八戒よりもうすでの服を着ているはずの独角はまるで春ですといわんばかりに平気な顔をして言葉を続ける。

「俺も、悟浄と暮らしていた。あんたが悟浄と会うず――――っと前の話だ」

 聞いたことがある。
 悟浄が、その腹違いの兄のことがどれくらい好きなのかは、それを話す悟浄の表情を見ているだけでわかる。
 一緒に遊んでくれたことがある、とか、大きな手だ、とか、口癖は「泣くなよ?」だったから自分は絶対泣かないんだ、とか。こんなイイ男が泣くなんてみっともないけど、と付け加えることは忘れずに。

「俺は悟浄を捨てて出て行くことしかできなかった」
「……なるほど」

 実の母親と肉体関係を持つほど追い詰められていた彼のとった行動の結果、それ以外の選択肢が残されていなかったことは明白な事実だ。

 自ら切り殺した母親の死体を前にして。
 呆然と座り込む、つい先ほどまでその母親に殺されかけていた幼い弟を。
 つれて逃げる場所はどこかにあるのだろうか。

 母親を切り殺したとき同時に「爾燕」も死んだのだ。本当に死ぬつもりで、そして偶然であった紅孩児という紅い髪を持つ男に――――――

「毎年あんたがきてくれるから、俺はあんたをダシにして悟浄の誕生日を祝ってやれる」

 遠い目をして独角は続けた。

「俺が悟浄の生まれたことを祝おうと思っているなんてことを悟浄がしったら鼻で笑うだろうな。じゃあなんて捨てたんだ、とか言いたいことはいっぱいあるだろうよ」
「……そんなことはありませんよ」

 やけにきっぱり八戒は言い切った。目を細めて独角を見やる。まっすぐにこちらを見返すその黒い瞳がなんとなく悟浄に似ているな、と八戒は思った。

「悟浄があなたほど大切に思っている人はいませんよ。なんせ僕に聞かせてくれる話にはいつもあなたが登場していましたから」
「……」

 無言で独角は八戒の美しい碧の瞳をじっとみつめ、そして納得の表情を浮かべて、そのまま何も言わずくるりと背を向けて、片手を上げて、歩いていった。
 
「…悟浄も、喜んでくれますかね…」

 八戒はなんとなくそうつぶやかなければいられないような気分になって、小さな声でそれを口に出した。 










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