BIRTHDAY CARD 3
「悟浄さんは、よほどステキな人なんですね」
にこにこ笑いながら八百鼡が八戒に、白い紙とペンとを手渡した。
「…あなたのようなきれいな人にそういわれたらさぞかし悟浄も喜ぶでしょう」
やはりにこにこ笑いながら、八戒は八百鼡から紙とペンとを受け取った。
「…それにしてもどうしてそう思うんですか?あなたが好きなのは紅孩児でしょう?」
少しいぶかしげな視線を八百鼡に向けて、八戒は言う。その言葉に八百鼡はさあっと頬を赤らめたが、それでもまっすぐ八戒を見て、言葉を続けた。
「そうです。でも、私は悟浄さんはとてもステキな人だと思います」
八百鼡がそれを言う理由が全く見当がつかず、八戒は今度ははっきりと首をひねった。
そんな八戒の様子を見て、八百鼡は笑みを深めて、ただその様をにこにこと見ている。
「だって、毎年毎年、八戒さん、あなたがそんなに熱心に悟浄さんの誕生日をお祝いしてあげようとしているんですもの。あなたにそれほどまでのことをさせるということはやはりよほどステキな人だと思わざるをえません」
そういう八百鼡に正直八戒は絶句した。
世間一般の人ほとんどにいま自分がやっている行為が一体何かと聞けば、それはただの嫌がらせに違いない、と口をそろえて言われるだろうこの行為が。(勿論それは悟浄にとっても三蔵にとっても嫌がらせなのだが)あのすっとぼけた敵の薬師には、どうも「愛情表現」とうつっているらしい。
「……そういう風にいう人はあなたしかいませんよ」
「そうでしょうねえ」
口元に手を当ててくすくすと笑いながら八百鼡は答えた。八戒は渋い顔をして立ち尽くしている。
「私はあなたのことをあまり詳しくはしらないけれど、八戒さん、あなたのカフスの由来くらいは聞かされています」
そこでいったん言葉を区切り、八百鼡は八戒をじっと見た。表情を変えず身じろぎもせず八戒は先ほどと同じ顔をして、八百鼡を見ている。
「一度、何かを失ったら絶対に人は、ううん、妖怪もですが、臆病になると私は思います」
「……」
無言の八戒の周りの空気を確かめながら、八百鼡はひとつひとつ言葉を選びながら言う。
「だけど八戒さん。一度大切な誰かを失ってしまったあなたをそこまで一生懸命にさせることができる存在なんですから。悟浄さんという存在は。だから、私は悟浄さんはよほどあなたにとってステキな人なんだな―って思います」
無言のまま、立ち尽くす八戒にぺこりと頭を下げて、八百鼡は小走りに走り去っていった。長い髪がひらひらと風にゆれる様を、何も言うことができずに八戒はただ見送った。
自分の最愛の姉と同じように百眼魔王に献上されかかり、紅孩児の手によって救われた、現在のところとりあえず敵のひとりのいった言葉が、八戒の中でぐるぐると何度でも反芻されていた。
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