BIRTHDAY CARD 3



『誕生日おめでとう悟浄』

 もうかなりどうでもよくなってきた悟浄は、八戒の手から2枚カードを受け取って、それをすばやく読むほうに戦術を変更したようだ。
 筆跡は3年目ともなると書くほうに悪知恵ばかりがつき、それだけで人物を特定するのは大変困難になってきているからだ。

『人並みな誕生日ってなんだろうと考えることがある。ケーキがあって、ろうそくがうえられていて、いつもより上等の夕ご飯が食卓に並んで、その日は父親も一生懸命仕事を終わらせて早く帰ってきて、母親もいつもにまして仕事を切り上げるのを早くし、兄弟は何だか隠れてこそこそとプレゼントなど用意してくれて、誕生日おめでとう、と皆で歌うのだ。
 これが、世間一般が持つ誕生日のイメージで、それはかなり幸福の象徴でないかと俺は思っている。
 人は、一つのことに満足してしまうと、次の欲求を見つけないではいられない存在だ。

 父がいる。俺には父親がいなかったから、父親がいるというただそれだけでその世間一般の誕生日をとてもうらやましく思う。
 母がいる。俺は母親の顔を知らないから、母親がいるというただそれだけで、俺では持ちえない度を越えた幸福のように感じてしまう。
 
 しかし、しかしだ。

 そんなものを持たなくても十分幸福であることはできると俺は思う。幸福の定義は人によって違うのは当たり前だが、何も世間一般に倣う必要は全くない。例えば俺は、こうやって悟浄の誕生日を祝うことができる。血のつながりも何にもない俺が、悟浄と出会い、そしてこうやって悟浄が知られたいとは積極的に思わないだろう誕生日を知り、何の遠慮もなく嫌がらせでおめでとうということができるのは、恐ろしい偶然だ。
 俺は俺の生まれた日を知らない。この日に生まれたことにする、と聞いただけだから誕生日というものの実感がどうしても湧かない。しかし悟浄が生まれた日を毎年毎年祝っていると、なんだかこの日は悟浄が生まれた日だ、という実感が年をおうごとに強まっていく気がしている。

 悟浄。改めて誕生日おめでとう。できることなら来年もこうやって悟浄の誕生日を祝いたいものだ』

……………内容によって人物を判定するのは大変危険である。しかし、重大なヒントであることも確実だ。素直に考えてみたとしよう。
父親と母親がいないのは選択肢に上げられた中で

 三蔵、悟空、八百鼡

 である。その中でこんな文章を書きそうなのは一体…

「……そーやってかいときながら実は意表をついて兄貴だったりするんだよな―…」

 ぶつぶつと口の中でそれをつぶやいて、紅い髪の毛をかき回すと、悟浄は次のカードを手にもってそちらにもすばやく目を走らせた。

『悟浄、誕生日という1年に1度必ずやってくる記念日、今年も無事に過ごせてよかったなっ』

「…こー言う風にかいときながら実は意表をついて三蔵だったりもするし…」

 困り果てた表情で悟浄は続きの紙に目を走らせた。

『俺が育った地方ではさ、祝い事といえば爆竹で祝うんだ。あと、道士もどっかからやってきて必ずおどってたな。
 まず、できるだけたくさんの爆竹を集めるだろ。んで、一斉にそいつに火をつけるんだ。うんとすごい音がしてうんとすごい煙が上がればあがるほど、その人のこれからの一年が幸福なものになるらしい。
 だから俺も悟浄に爆竹投げつけ…いや爆竹でお祝いしたくてたまんないんだけど、そんなことしたら八戒に殺されるからとてもこわくてできないんだ。今度ナイショでお祝いさせてよ。
 あと、道士はなんだかよくわからない棒切れみたいなのを2つ投げるんだ。んで、それをやってよかったら陽の顔が2つ出て、よくなかったら陰の顔が2つ出るんだ。陰と陽が1つずつ出た場合、その出方や重なり方や向かい具合によって吉凶を判断するみたいなんだけどおれ、俺が悟浄の誕生日を祝うってことはきっと陽の顔2つ出るって確信してる。
 仏教の寺じゃーそういうことは全部『迷信くさい』とか言ってハクガイの対象になってるけど、俺はそっちのほうがどうもなじみがあるんだ。だって本物っぽいじゃん。棒切れなげて占うんだぜ。えらーいお坊さんがエラーい説法をしてくれるのを聞いて自分で悟りをひらけるんだったら世の中教祖様だらけだよな。

 これから1年の悟浄が、陽の顔2つでまくるようなイイ年を過ごせることを俺は心のそこから信じてるよ。
 もっかい。
 誕生日おめでとう。悟浄』

………役者になれるんじゃないかとかゴーストライター雇ってんのかとか実はお互いに相手が言ったことをさも自分が言ったことのように書き取り合戦やってんじゃないのかとか悟浄の頭の中は様様な思いがぐるぐると高速に回転して一向にそのカードの書き主がわからなくなってしまっている。

 嫌がらせ、ということが悟浄の頭の中の大前提になっているから、どんな言葉を読んでも悟浄にはただの嫌がらせにしか本当に聞こえない。
 


 さんざん悩んだ挙句、悟浄が告げた答えは、結局今日も見事にはずれだった―――










 


Q3 さて、上の文章を書いた人はそれぞれ一体誰でしょう?


 →答えは最終日。





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