届く声 前編


心戦組には副長が二人いる。
局長近藤イサミの幼なじみにして、片腕でもある"鬼の副長"土方トシゾーと、
組の立ち上げに際して外部から加わった山南ケースケだ。
……時々は"仏の副長"と呼ばれることも、なくはない。もっぱら、頭の中が天国という意味だが。

どうして彼が土方に並ぶ副長の地位を得たかについては、様々な事情と状況があったのだが、
ともあれどうしても力が戦闘方面に偏りがちな心戦組において、山南は貴重な頭脳担当と見られていた。
だから、彼が隊の経理も雑務も一手に引き受ける。
……ただその陰には、有能な、本当の意味で有能な、副長助勤が控えているからだとは、
誰しもが知っていることでもあった。その名を、山崎ススムという。
もっとも彼もまた、常識的とはほど遠い人物ではあったのだが。

「そうですか……」
山崎は一般隊士が持ち込んできた報告に対して、そう呟いた。
表情はいささかも揺るがない。
たとえそれが、局長も副長土方も、一番隊組長沖田すらも不在の時において、
足下の壬生で不穏な動きが、反乱分子によるテロが計画されているという報告であっても。

「どうして今まで気がつかなかったんですか?」
監察でもある彼は、部下に対してそう尋ねた。
表情は何も変わりなく、口調も全くの平静で、相手を咎めるそぶりはいささかも見られない。
それでも隊士は、だからこそ、戦慄した。
「も、申し訳ありませんッ。近頃はガンマ団方面に人手を割くあまりに……ッ」
「別に責めているわけじゃないです」
彼はわずかに首をかしげた。
「ただ、僕は知りたいだけです」
面倒くさいなと思う。人間は面倒くさい。それが山崎ススムの感想だった、常日頃からの。

「まあ、いいでしょう」
彼は話を切り上げた。
「今晩、彼らが集会を開くというのなら、そこで一網打尽にすればいいだけのことですから」
すっと立ち上がって部屋を出て行く。隊士のことなどもう頭にもない。
後ろ手にふすまをそっと閉めた。ぴしゃりではなく、音一つたてずにすっと。
彼はまた、有能な忍びでもあった。

だからこそ、隊の人間は恐れる。山崎ススムという相手を。

廊下で山崎は考えた。
さて、誰を派遣すべきか。といっても、選択肢はあまりない。
ほとんどないと言ってもいい。

あいにく今日は斎藤さんも永倉さんも別の用事で出ている。
そもそも二人で出かけるほどの仕事ではなかったはずなのだが、
あの二人なのでつい組で行動させてしまった。
いや、斎藤さんは放っておいたら暴走する人だし、
永倉さんは一人だと一向にやる気が出ない傾向があるので、
それなりに理由のあることではあるのだが。
――困ったな。
と、山崎は考えた。彼にも困ることくらいある。というよりも、困ることだらけだ。
山南さんのそばに仕えていると……。

それが一番問題だ。
報告は上げないわけにはいかない。
このような重大な内容を、留守を預かるもう一人の副長に報告しないわけにはいかない。
部下の失態は自分の失態でもある。そのことは悔やまれるが、まあいい。取り返せばいいことだ。
失敗は倍にして返す。壬生の人間らしく、山崎はそう考えていた。

山南さん個人に対する申し訳なさは……あまりない。
そもそもあの人は、このような茶飯事など気にもとめていないだろう。
だからこそ、すべては山崎に一任されている。
あの人がもっと考えているのは大きなことで、つまりは世界を盗るだとかいったことで、
まあ、それはそれでいい。いやむしろ、そのような山南さんこそ、山南さんらしくて……好きだった。
山崎ススムは、山南ケースケに対しては、そのような感情を抱いていた。

だからこそ困る。
こんなことを報告しなくてはならないことも、……それに対する山南の反応も。
なにせ、まったく予測が付かなかったもので。

「何ッ!」
山南は叫んだ。
「それは大変だッ!!」
「はい、大変です」
山崎はすっと頭を下げた。すみません、という無言の合図のつもりだった。

「しかし問題はありま……」
「大問題だよッ!」
「はい」
「これは、とっても大問題だッ!」
山南は立ち上がって叫ぶ。何をそこまで叫ぶことがあるのだろうかと、山崎は考えた。
――どうせまた、ろくでもないことなんだろうな。

「土方の留守の間に、こんなチャンスが訪れるなんてッ!」
「なんのチャンスですか」
冷え冷えとした声も、相手には一向に刺さらない。他の相手ならともかく、この人にだけは届かない。
「もちろん! 僕たちが手柄を立てるチャンスだよッ!」
――そうきたか。と山崎は考えた。まあ、正しい。そのような見方もある。
ただ問題は……。

「今は永倉さんも斎藤さんもいません」
忘れているのかもしれないと思って、言及する。
「そんなことは分かっているよッ」
幸か不幸か、忘れてはいなかったらしい。では……どうするのだろうか。
「山崎くんッ!」
「なんでしょうか」
山崎は、じっと山南を見つめた。
もちろん本人にその気はないのだが、山崎の視線はいつも冷えている。
もっとも山南はそんなことは気にしない。普段から気にしない人だし、特に今回は気にしていなかった。
彼はもっと別のものを見ていた。

「二人で討ち入りに行こう!」
山南は目を輝かせてそう言った。
「……」
どこからつっこんでいいのか、よく分からない。
そのような気持ちになる相手は、この人以外にはいなかった。
「危険です」
とりあえずそれを言った。
「大丈夫だよ!」
山南は気にもとめない。
「なぜ二人なんですか」
「だって二人しかいないじゃないか!」
ぎゅっと山崎の肩を掴んでそういう様は、まるで小さな子供のようだ。
「いえ、戦闘能力があるのは僕だけです」
さくっと言った。
「というか、山南さんは足手まといです」
本心から言った。
「おとなしく留守番していてください」
はっきり言った。

「イヤだよッ!」
……まったく、相手には届いていなかった。

「……」
無言の視線も、まったく届いていない。というか、気にもされていない。いつものことだが。
「じゃあ行くよッ」
山南はさっさと、刀を手に立ち上がる。
「……分かりました」
山崎もまた、立ち上がった。観念して。あきらめて。この後をいかにフォローするかを考えながら。
……まったく、いつもそうだ。

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