心戦組には副長が二人いる。
局長近藤イサミの幼なじみにして、片腕でもある"鬼の副長"土方トシゾーと、
組の立ち上げに際して外部から加わった山南ケースケだ。
……時々は"仏の副長"と呼ばれることも、なくはない。もっぱら、頭の中が天国という意味だが。
どうして彼が土方に並ぶ副長の地位を得たかについては、様々な事情と状況があったのだが、
ともあれどうしても力が戦闘方面に偏りがちな心戦組において、山南は貴重な頭脳担当と見られていた。
だから、彼が隊の経理も雑務も一手に引き受ける。
……ただその陰には、有能な、本当の意味で有能な、副長助勤が控えているからだとは、
誰しもが知っていることでもあった。その名を、山崎ススムという。
もっとも彼もまた、常識的とはほど遠い人物ではあったのだが。
◆
「そうですか……」
山崎は一般隊士が持ち込んできた報告に対して、そう呟いた。
表情はいささかも揺るがない。
たとえそれが、局長も副長土方も、一番隊組長沖田すらも不在の時において、
足下の壬生で不穏な動きが、反乱分子によるテロが計画されているという報告であっても。
「どうして今まで気がつかなかったんですか?」
監察でもある彼は、部下に対してそう尋ねた。
表情は何も変わりなく、口調も全くの平静で、相手を咎めるそぶりはいささかも見られない。
それでも隊士は、だからこそ、戦慄した。
「も、申し訳ありませんッ。近頃はガンマ団方面に人手を割くあまりに……ッ」
「別に責めているわけじゃないです」
彼はわずかに首をかしげた。
「ただ、僕は知りたいだけです」
面倒くさいなと思う。人間は面倒くさい。それが山崎ススムの感想だった、常日頃からの。
「まあ、いいでしょう」
彼は話を切り上げた。
「今晩、彼らが集会を開くというのなら、そこで一網打尽にすればいいだけのことですから」
すっと立ち上がって部屋を出て行く。隊士のことなどもう頭にもない。
後ろ手にふすまをそっと閉めた。ぴしゃりではなく、音一つたてずにすっと。
彼はまた、有能な忍びでもあった。
だからこそ、隊の人間は恐れる。山崎ススムという相手を。
◆
廊下で山崎は考えた。
さて、誰を派遣すべきか。といっても、選択肢はあまりない。
ほとんどないと言ってもいい。
あいにく今日は斎藤さんも永倉さんも別の用事で出ている。
そもそも二人で出かけるほどの仕事ではなかったはずなのだが、
あの二人なのでつい組で行動させてしまった。
いや、斎藤さんは放っておいたら暴走する人だし、
永倉さんは一人だと一向にやる気が出ない傾向があるので、
それなりに理由のあることではあるのだが。
――困ったな。
と、山崎は考えた。彼にも困ることくらいある。というよりも、困ることだらけだ。
山南さんのそばに仕えていると……。
それが一番問題だ。
報告は上げないわけにはいかない。
このような重大な内容を、留守を預かるもう一人の副長に報告しないわけにはいかない。
部下の失態は自分の失態でもある。そのことは悔やまれるが、まあいい。取り返せばいいことだ。
失敗は倍にして返す。壬生の人間らしく、山崎はそう考えていた。
山南さん個人に対する申し訳なさは……あまりない。
そもそもあの人は、このような茶飯事など気にもとめていないだろう。
だからこそ、すべては山崎に一任されている。
あの人がもっと考えているのは大きなことで、つまりは世界を盗るだとかいったことで、
まあ、それはそれでいい。いやむしろ、そのような山南さんこそ、山南さんらしくて……好きだった。
山崎ススムは、山南ケースケに対しては、そのような感情を抱いていた。
だからこそ困る。
こんなことを報告しなくてはならないことも、……それに対する山南の反応も。
なにせ、まったく予測が付かなかったもので。
◆
「何ッ!」
山南は叫んだ。
「それは大変だッ!!」
「はい、大変です」
山崎はすっと頭を下げた。すみません、という無言の合図のつもりだった。
「しかし問題はありま……」
「大問題だよッ!」
「はい」
「これは、とっても大問題だッ!」
山南は立ち上がって叫ぶ。何をそこまで叫ぶことがあるのだろうかと、山崎は考えた。
――どうせまた、ろくでもないことなんだろうな。
「土方の留守の間に、こんなチャンスが訪れるなんてッ!」
「なんのチャンスですか」
冷え冷えとした声も、相手には一向に刺さらない。他の相手ならともかく、この人にだけは届かない。
「もちろん! 僕たちが手柄を立てるチャンスだよッ!」
――そうきたか。と山崎は考えた。まあ、正しい。そのような見方もある。
ただ問題は……。
「今は永倉さんも斎藤さんもいません」
忘れているのかもしれないと思って、言及する。
「そんなことは分かっているよッ」
幸か不幸か、忘れてはいなかったらしい。では……どうするのだろうか。
「山崎くんッ!」
「なんでしょうか」
山崎は、じっと山南を見つめた。
もちろん本人にその気はないのだが、山崎の視線はいつも冷えている。
もっとも山南はそんなことは気にしない。普段から気にしない人だし、特に今回は気にしていなかった。
彼はもっと別のものを見ていた。
「二人で討ち入りに行こう!」
山南は目を輝かせてそう言った。
「……」
どこからつっこんでいいのか、よく分からない。
そのような気持ちになる相手は、この人以外にはいなかった。
「危険です」
とりあえずそれを言った。
「大丈夫だよ!」
山南は気にもとめない。
「なぜ二人なんですか」
「だって二人しかいないじゃないか!」
ぎゅっと山崎の肩を掴んでそういう様は、まるで小さな子供のようだ。
「いえ、戦闘能力があるのは僕だけです」
さくっと言った。
「というか、山南さんは足手まといです」
本心から言った。
「おとなしく留守番していてください」
はっきり言った。
「イヤだよッ!」
……まったく、相手には届いていなかった。
「……」
無言の視線も、まったく届いていない。というか、気にもされていない。いつものことだが。
「じゃあ行くよッ」
山南はさっさと、刀を手に立ち上がる。
「……分かりました」
山崎もまた、立ち上がった。観念して。あきらめて。この後をいかにフォローするかを考えながら。
……まったく、いつもそうだ。
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