背負うべきもの 中編


「ん、ああ、そうだね」
いつの間にか、神社の境内、本宮前にまで来ている。
山の中腹にそびえる本殿の前には、神に捧げる舞のための舞台があったりと、
いくつかの建物が建ち並んでいる。その間を多くの人が行き交っていた。
「そろそろでしょうか」
「え、何? 山崎くんも参拝したいのかい?」
あまりそういうことには興味がないのかと思っていた。
「いえ……鬼払いです」
「ああ、鬼退治がやりたいんだ!」
子供だなあ、山崎くんは……と、そう続けようとして、ふっと立ち止まる。

全身が総毛立つ。殺気だ。囲まれていると思った。
あちこちで悲鳴が上がる。自分たちの周りから、潮が引いていくように人々が退避する。
そして残ったのは、刀を持った幾人もの刺客。
「心戦組副長! 覚悟!」

「フッ」
横で山崎が笑う声がする。
――そうか、分かっていたんだ。
と思った。それはそうだろう。山崎は忍びだ。自分が気づくはるか前から、気づいていたに違いない。
いや……、そのもっと前から。
でも、そんな、と思う。祭りなのに。今日は祭りの日なのに。
ここは神社の境内だ。穢れなど、一番持ち込んではいけない場所なのに……。

目の前で血しぶきが上がる。山崎が手にした小刀で、正確に相手の喉を切り裂いたからだ。
彼はもちろんいつもと同じ。いつもと同じ服装で、いつもと同じ武器を持って……この場に、来ていた。
……山南は刀を置いて、新しい羽織で、やってきていたのに。
黒い影が素早く目の前を飛んでいく。そのたびに血が流される。
山南たちを包囲していた敵は、どんどん倒されていく。そのたびに血が流れる。
神社の境内が穢されていく……もっとも不浄なもの、人の血によって。

――山崎くん。
そう思った。やめてくれなど、もちろん言えるはずもない。
山南だって死にたくはない。ただ、なぜそれを言ってくれなかったのだろうかと、思うのだ。
心戦組副長が、丸腰で祭りに行ったら、当然狙われますよ、と。
――最初から、分かっていたんだろう?
準備があるっていうのは、そういうことなんだろうと。
いや……その準備の中には、
山南が祭りに行く話を、故意に敵に流すことまでが、含まれていたんじゃないかと。

――山崎くん。
頭から血の気が引いていく。目の前のことが、とても遠いことのようだった。

「おのれッ!」
後ろから声がする。殺気がせまってくる。その時、山崎は山南の前にいて、こちらを振り返った。
目が合う。……山崎は、すっと視線をそらした。

「がッ……あ……」
後ろの敵が倒れる。
振り返ると、山南に斬りかかろうとしていた敵は、別の人物の手によって倒されていた。
顔に見覚えがある。山崎の部下の一人だ。そう、この場にはさらに別の集団がいた。
山南たちを取り囲んだ敵、をさらに取り囲んでいた、心戦組の密偵たち。
――山崎くん。
君は本当に有能で優秀なんだね……。山南は、そのことが悲しかった。

「お騒がせしました」
一人残らず敵を切り捨ててから、山崎は誰に言うともなく、そう言った。
いや彼としては神社の宮司や、他の参拝客や、山南にも、みなに対して言っているのだろう。
しかし――。

「お騒がせしましたじゃないよッ」
山南は怒る。
「君はなんてことをしてくれたんだッ」
髪を振り乱し、地団駄を踏んで怒る。
「山南さん……」
山崎は、なぜかひどく傷ついた顔をした。
「僕は敵を倒しただけです」
「『だけ』じゃないだろう!」
「……はい」
それで言いたいことは通じた。
さすがに声には出せなかった。故意に神社の境内で刃傷沙汰を起こしたなどとは。
しかしそれで通じるからこそ、悲しかった。

「本当に、まったく、君は、大馬鹿だよッ!」
怒りが止められない。分かっているのに、止められない。
本当に悪いのは自分だ。考えが足りなかったのは、自分だ。それは分かっているのだが。
――だって、だって、山崎くんが止めてくれるはずじゃないかッ。
そう思うことは、本当に情けない甘えだと分かっているのだが。

「クソッ」
吐き捨てる。怒りをあらわにして。
「ちゃんと片付けるんだよッ」
ばっと死体を指さす。その言葉に、慌てたように周りの人物、山崎の部下達が動く。
この手の後始末も、心戦組ならば得意とすることだった。
だがどんなに死体を運び出し、血の跡を水で流したとしても、消えないものは残る。
穢れだとか、人の心だとか……。

またこれで「壬生の狂犬」の悪名は高まっただろう。別にそれを気にしない人物だって多い。
土方もそうだろうし、山崎だってそうだろう。斎藤も、永倉も。……でも、山南は違う。
違うから、彼は怒らなくてはならない。人前でこうして、山崎を叱責してみせなければならない。
そうすることが、例えどんなに自分たちの間に亀裂を生み、お互いを傷つけるか分かっていても。
「この、馬鹿ッ!」
ほとんどヤケクソでそう吐き捨ててから、息を大きくつき、身をひるがえした。

――謝るべきだろうか。
と考えた。山崎にではなく、この神社の人々に対して。また祭りを楽しみに来た人に対しても。
しかしそれは出来ない。心戦組の副長として、それは出来ない。
叱ってみせることは出来ても、謝ることは出来ない。そこには確かに一線がある。
「壬生の狂犬」の悪名は、背負わなくてはならないものだ。
そうしなければ達成できない理想があるからこそ。
そしてまた、そうしなければ達成できないほどに、自分たちは弱いからこそ。

山南は自分の背に向けられる、人々の複雑な視線を感じながら、一歩一歩山門を下りていった。

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