背負うべきもの 後編


「すみませんでした」
山崎は地面に膝をつき、深く頭を下げる。
ここは壬生の屯所。まっすぐに帰ってきた山南の後、しばらく立ってから山崎は帰ってきた。
おそらく後始末をしていたのだろう。きちんと最後まで見届けてから、戻ってきたはずだ。
そのことは別に何も心配していない……当然のことだ。

「うん……」
山南はメガネの縁に手をやる。
「神社を血で穢したこと、山南さんに事前にそれを相談しなかったこと、
 祭りの中で不用意に刃傷沙汰を誘発したこと、深く反省しています」
――君は本当に賢いね。
と思う。ちゃんとすべて分かっているじゃないか、と。
そして実のところ、それは最初から分かっていたんだろう、とも。

神社を血で穢すことは、山崎としては問題なかったし、心戦組としても問題ないという判断だろう。
祭りの中の刃傷沙汰も、一般人に被害が及ばないようにと、まわりに部下達を配置していた。
1日準備が要ると言ったのは、それもあったからだろう。
そして山南に事前にそれを言わなかったのは
……山南が本当に祭りを楽しみにしていると、知っていたからだろう。

彼はすべて分かった上で、ちゃんと考えて行動して、さらに今、何の弁解もせずにこうして謝っている。
「……」
許すと一言言えばいいのだろう。むしろ、こちらがきちんと謝るべきだ。
分かっている、分かっているがしかし、まだ何か……引っかかる。
「そうだね……」
しばし考える時間が欲しくて、無為な言葉を口にした。
せめて何か言わないと、山崎を余計追い詰めてしまうと思ったから。
そうしたら彼は、責任を取るために自刃もしかねない。
山崎ススムという人物は、それくらいに真面目で真摯なのだと……山南は分かっていた。

何故か頭から離れないのは、乱戦の最中、一瞬目が合ったことだ。
そして山崎は目をそらした。あのとき、自分は――山南はどんな顔をしていたのだろうか。
自分は――山南は、当然のごとく、山崎が助けに来てくれると思っていたのだ。
「ふふ……情けないね」
山南は笑った。
「は……?」
山崎は当惑の表情を向けてくる。相変わらず、傷ついた顔のまま。
「僕は自分が情けないよ……」
「いえ、あの……」
何か言いかける山崎を手で制す。

「山崎くんは何も悪くないよ」
「そんなことは……」
「いや。僕が悪かった。うん。御免ね」
山南は顔を上げ、微笑んでみせる。駄目だなあと思う。本当に自分は駄目だし、
これでは気持ちが相手に伝わらないだろう。でも、他の方法が分からなかった。
ああ、自分もやっぱり壬生の狂犬なんだなあと思う。人の気持ちなんか、何も分かっちゃいない。

「山南さん」
山崎は何か決心した表情で、こちらを見た。視線はまっすぐで、もうそこに傷ついた青年はいない。
「謝らないで下さい」
「そんなわけには、いかないよ」
「いえ、悪いのは僕です。手を汚すのも、叱られるのも僕です。山南さんではありません」
「……そんなこと、言わないでおくれよ」
「山南さんは……そのままの山南さんでいてください。お願いします……」
そう言って、山崎は再び、深く頭を下げた。
――そんな難しいこと、言わないでおくれよ。
山南はそう思う。けれど、言葉にすることは出来なかった。

――そうだね。
これも背負うべきものの一つなんだろうなと思う。
心戦組副長として、そしてその前に、一人の人間として。
なんて重いものだろうとは、思うのだけど。

「でも、御免ね」
せめてそれだけは言わせて欲しかった。
「いえ……」
――分かっています。
視線がそう告げていた。山崎ススムのまっすぐな視線が。
ああ、なんて綺麗な目なんだろうと思う。彼の目は、とても綺麗だ。
自分なんかとは違って。なんて純粋で、美しいんだろう。
それは確かに、守るべき価値があり、背負うべき価値があるものなのだった。
いかに重くとも。いや重いからこそ……手放したくない。彼という存在を。ずっと側に、居て欲しい。

「山崎くん、御免ね……」
もう薄闇が迫ってくる中、山南はそう言ってうつむいた。
夜のとばりが瞳のうるみを隠してくれることを、願いながら。
「本当に、御免」
それだけしか言えないけれど、それだけは言いたかった。


2007.2.12

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