「縁日に行こう!」
ある日、山南ケースケは、部下である山崎ススムに対してそう言った。
「……」
相変わらず、彼の視線の中には瞬時にいろいろな表情が見え隠れする。
それはそのまま、山崎ススムという人間が、常にいろんなことを総合的に判断して決断を下し、動く、
という人間であることを証明していて面白い……と思う以前に、まず綺麗だなと思う。
そんな彼の目はとても綺麗だ。
「有給、もう残っていませんよ」
……言うことは残酷だが。
「ええー、そんなはずないよッ」
「あります」
「だって、八坂さんのお祭りだよ。その日は休みに決まっているじゃないかッ」
「どこの世界の話ですか」
「ここの世界の話だよッ」
ふうと山崎はため息をついた。
人のため息というものは、別にそれが自分に対して向けられたものでなくとも、
なんとなくイヤな気分が伝染してしまうものだ。しかし山崎の場合は、何故かそれがない。
彼のため息というのは、何故かひどく静かで、優しく、相手を傷つけたりはしないのだ。
「山南さん……」
「なんだい?」
しかし心はちょっと身構える。それはそれ、これはこれ。
油断すると痛い目に合う。それもまた、山崎ススムという人間だった。
「いいですよ」
「……え?」
思いもかけない返事に、思わず目が点になる。体は硬直しているが、頭は素直にバラ色に染まる。
「行ってもいいですよ。縁日」
「やったー!」
山南は嬉しくて、思わず両手を振り上げる。
そんな自分の仕草はひどく子供っぽいことは分かっていたが、まあ別にいいじゃないかと思っていた。
相手は山崎くんなんだし、彼はそれくらいで自分への見方を変えたりはしないだろう。
……すでに充分、困った相手扱いされているからだ、ということはさておき。
「ただし、明日にしてください」
「なぜだい?」
確かに祭りは3日間あり、今日は2日目だから明日でも構わない。
しかし一刻も早く行きたいというのもまた、人情として当然のことである。そうに決まっている。
「準備があるからです」
「なんの?」
「準備があるからです」
そう言って、山崎はふっと笑った。何かひどく、不気味な微笑みだった。
それが自分に向けられたものではないと分かっているが……、まるで、敵に対する笑みのように。
容赦なく、刃向かう敵を叩きつぶす時のような微笑みに……、それは、見えた。
「山崎くん……。実は君も縁日に行きたかったんだね!」
「ええ。そういうことにしておいてください」
軽いツッコミは、軽く受け流された。
それ以上の追求は……結局、自分の首を絞めるだけのような気がしたので、やめておいた。
山南は、あとでそのことをとても後悔することになるのだが。
◆
祭りの最終日、通りにはところ狭しと屋台が建ち並び、人でにぎわっていた。
その中を山南はうきうきとして歩く。横には山崎がぴったりと付いている。
「山崎くん……」
「なんでしょうか」
「君、どうしていつもと変わりない格好をしているんだい」
準備があるとか言うから、てっきり何か面白い変装……じゃない、仮装……でもない、
ええと、なんというか、とにかくいつもと違う格好をしてくれるのではないかと思っていたのだが。
何せ山南は、山崎のいつもの黒い上着に袴という姿以外を見たことがない。
そんなに服にこだわりがあるようには見えないのだが、やっぱり実はこだわっているのかもしれない。
「うーん」
思わず考え込んでしまった。
「どうしましたか、山南さん」
「いや、ねえ」
「僕が普段と変わらない格好なのが、そんなに変でしょうか」
「まあ、そうだねえ」
ふかーく、考え込む。
「何か面白い格好でも、してきて欲しかったんですか」
山崎は山南の欲求を素直に見抜いていた。しかし……問題は、そんなところではないのだ。
「山崎くんにはどんな服装が似合うのだろうか」
「却下します」
考えを口に出した途端、却下されてしまった。……まだ何も言っていないのに。
「いや、ちょっとくらい、話を聞いてくれてもいいじゃないかッ」
「山南さんのセンスを疑うわけではありませんが、却下します」
「実は疑っているくせにッ」
「いえ……、あのクジラ船のデザインは好きです」
瞬間的に顔が赤くなる。まったく、これだから山崎ススムという人間は油断できない。
真顔で大真面目でそんなことを言うのだから。
「そ、そうかい」
照れ隠しに、メガネの縁に手をやった。
「じゃあ、胸に大きく『鯨』って書いた黒い上着でも……」
「却下します」
まあ、確かに、我ながらつまらない案だとは思ったのだけど。
これも嬉しさの表現だということを、ちょっとくらい分かってくれてもいいじゃないかッと、山南は思った。
実に勝手な話だ。
◆
うきうきと屋台を見て回る。
「楽しそうですね」
そう山崎は言った。
「うん、楽しいよ」
山南は笑う。
「こうして屋台を見ているとね、いろんなことを考えるんだ」
「どんなことでしょうか」
何か口調に警戒が見える。
「いや、ほら、毎年同じに見えて少しずつ変わっていくだろう。店の種類が」
「はい」
「やっぱり人々のニーズに合わせているんだねえ」
「そうでしょうね」
「お客さんの呼び込みだって、それぞれに工夫が見られるじゃないか」
「熱でもあるんですか、山南さん」
「……し、失礼なッ。だから、
僕は、そんな屋台を見ていると、新しい武器の案が次々沸いて仕方ないという話をッ」
「それを聞いて安心しました」
山崎は深くうなずく。その後で、ちょっと首をかしげた。
「しかし僕たちは、祭りの屋台を見て考案された武器で戦っているわけですか」
「変かな?」
変じゃないよね?と心の中で確認しつつ。
「変ですね」
山崎はあっさりうなずいた。
「しかし、やむを得ません」
「な、な、何がやむを得ないのかなッ!?」
それは聞き捨てならないぞと反論する。
「いえ、こちらの話です。山南さんが気にされることはありません」
山崎はまっすぐな視線でこっちを見ながら、そう答えた。
その視線には迷いがなく、なんら相手の存在を否定する部分
――それは山南にとってはなじみ深いものだ――がないだけに、困ってしまう。
「山南さんは山南さんのセンスで、発明をしてもらえばいいんです」
またそんなことを言うのだから。
「そ、そうかな……」
うつむいて、赤くなった顔を隠す。外は寒いのに、顔は熱い。
今は一年で一番寒い季節だ。
そしてここの神社では、春を迎える前に、悪い鬼を追い払う祭りが行われる。
壬生の人間は祭り好きだ。いや、祭りが嫌いな人間のほうが珍しいと思うが、
ともあれ壬生の祭りはどれも歴史が長く、深い由来を持つ。
その一方で、人々は祭りに乗じて稼ごうと、実にさまざまな工夫を凝らして、それを彩る。
このダイナミクスは確かに面白いのだった。
……思わず、黒船に新しく搭載する砲台には、花火発射機能も付けようかと考えるくらいに。
「また何か不吉なことでも考えていませんか」
そうしたら、こうして山崎が止めてくれるわけだが。
「いや、そんなことはないよ、うん」
どうして分かってしまうのだろうと、山南は考える。
自分が不気味な含み笑いを始めていたことなど、気づいていない。
「もうすぐ鬼払いが始まりますね」
山崎はふとそう言った。
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