今は、まだ 前編


山崎ススムは心戦組の会議室に座って、一人で壁を眺めていた。
正確には、その壁にごてごてと貼られたポスターの数々を。
いうまでもなく、すべてガンマ団の前総帥マジックのポスターだ。
そしてさらにいうまでもなく、貼ったのは心戦組副長である山南ケースケだった。
限りなく悪趣味極まりなくて、可愛い胸キュンアニマルならともかく、
このようなポスターにどんな価値があるのか、山崎にはさっぱり分からなかったが、
とりあえずこれが貼ってあることでこの会議室には土方さんたちは近寄らない。
おかげでここは、真・心戦組を名乗る山南派が独占的に使える一角となっている。
そう考えるとある種の結界の役割でも果たしているのかもしれない。
……とでも考えないと、やりきれない。

「……」
ため息をつくわけではないが、物思いにふけるその横顔には普段の彼が決して見せない何かがあった。
剥がしてやろうかとは見る度に思うのだが、剥がせば剥がすほど、山南さんは新しく貼る。
一枚剥がせば二枚、二枚剥がせば三枚、三枚剥がせば五枚。
「仲いいねー」などと、永倉さんにはからかわれる始末だ。
そうでなくとも山崎としては、自分が剥がすことで
山南さんに、新しいポスターを買う口実を与えている気がしてならない。
せめてそれが心戦組の経費から出されることは厳しく監視し、
山南の個人マネーから買うようにし向けているが、それすら苛立ちの対象だった。
山南さんがマジックのために、個人的なお金を使う。……なぜ自分がそれを奨めなければならないのか。

考えれば考えるほど、何かの罠にはまっていっている気がしてならない。
それが山南さんの罠ならまだしも……。
「……」
山崎はじっと壁に貼られたマジックの笑顔を見つめた。
――殺す。
だがそれは難しいことも、分かっていた。山崎の密偵としての力、人脈のすべてを使って、
マジックについては常に調べ続けている。三十年あまり、殺人集団ガンマ団の頂点に君臨した男。
両目に秘石眼を持つ青の一族の長。
ニコヤカに微笑むその笑顔の影で、一体どれほどの血を流してきたのやら。
今でもその影響力は、闇の世界に計り知れない。山崎の手元には、いくつかの写真もあった。
彼が外遊して各国の要人たちと公式に、あるいは秘密裏に会っている写真だ。
……山南さんに見せると、本来の目的以外のところで
錯乱されることが分かり切っていたので、秘密にはしてあるが。

もちろん、サイン会の場にも部下を行かせている。自分が行くのは……さすがにイヤだったので。
――山南さんも何を考えているんだろう。
さすがに心戦組の羽織は着ていないとはいえ、いつもの和服で髪を結った姿では、
正体くらい勘付かれていてもおかしくない。心戦組の副長とは、そんなに低い身分ではないのだ。
だがそれよりも気になるのは……。

――山南さんは、マジックを殺す覚悟があるのだろうか。
ということだった。
世界を盗る。心戦組を世界最強にする。マジックに代わって自分が覇王になる。
その道筋の上には、必ず障害としてこの男が立ちふさがるだろう。
その時――山南さんはどうするのだろうか。
それが分からないから、山崎は苦しいのだった。

まずそれが、心戦組副長助勤、山崎ススムとしての悩み。
そうしてもう一つ。
――殺す。
その感情の裏にある消せない思い。……簡単に言えば嫉妬。
それくらいのことは、山崎も分かっていた。
分かってはいたが……認めたくないこともあるのだと、初めて知った。
「……」
山崎はマジックのポスターを見つめる。その横顔には、普段の彼が決して見せない何かがあった。

その数週間後。
パプワ島で赤の秘石の欠片を手に入れた。山崎が必死になって掴み取ったものだ。
そのことで、山南さんはおかしくなった。
壁に貼られたマジックのポスターを自ら剥がし、世界征服ではなく世界平和を目的にすると言い出した。
さらにマジックのことを呼び捨てにして、「更正させてやるッ!」と叫びながら飛び出していった……。

その後をそれぞれに追いかけながら、山崎はどうしたものだろうと考えていた。
永倉さんや斎藤さんは半分おもしろがり、半分呆れながら付いていっている。
それはいい。いつものことだ。
山崎の場合は……諦めの感情半分、この後をどうフォローするかの計算半分といったところだろうか。
――なんだ、いつも通りだな。
そう考えると、少し落ち着いた。
山南さんがおかしくなった原因も分かっている。あの秘石のせいだろう。
治す方法は分からないが……秘石の謎を解くためにも必要なことは、
とにかく、この流れに乗ってみることだろうという気がした。

――なんだ、いつも通りだ。
山南さんに振り回される日常。それと今とはどう違うのか。
……ただ、懐には握りしめる。小さなクナイを。どんな時でも決して手放さない凶器を。

そして案の定、捕まってしまった。
マジックは分かっていた。山南さんの正体も、心戦組副長であることも、
さらにパプワ島でガンマ団の飛行艦に攻撃を仕掛けた黒船の主であることも。
――まあ、当然ですね。
手錠を掛けられ、銃を持った兵士に囲まれながらも、山崎は落ち着いていた。
山南さんも永倉さんも斎藤さんも一緒にいる。この時点でまず大きな問題はない。
この程度の手錠も外すことは訳はない。壬生の人間を、心戦組の組長クラスをあなどってもらっては困る。
……とはいえ、あの山南さんの様子を見ていれば、あなどられるのも当然という気はしたが。
まあそれも、今回に限ってはいい方向に働いている。その点、山崎は至って現実主義な人間だった。
窮地に陥れば陥るほど、頭は冷えていくというのもそうだろう。
頭は冷え、そして心は熱くたぎる。普段の彼があまり得られていないもの。――生の実感。
それは危機の時にこそ、発現した。
だからこそ山崎は心戦組にいるのであり、そして山南さんに付いていっているのだった。

その山南さんは……急に元に戻ったが。
「マジックせんせえ――っ」
叫ぶ声には頭痛がした。自分があからさまにイヤな顔をしていることにも気づいていた。
――まったくこの人は。
幾度思ったかしれないことを思う。ただ、今はいつもとは一点、大きく違うことがあった。
目の前にマジックが居る。

そう、それが大切なことだった。

「無理です」
発信器を示しながら、その信号が途絶えていることを告げる。
冷たい瞳で、マジックを睨みつけながら。……もっともそれは普段の山崎の視線と変わらない。
だからこそ、気づかれない。その裏に隠した殺気を。
先ほどから何度、頭の中では考えていたかしれない。手錠を外し、懐に忍ばせたクナイを取り出して
マジックに襲いかかるシミュレーションを。
……ただ、何度考えても、それは成功の見込みがないのだった。

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