今は、まだ 後編


初めて目の前に対峙したマジック、その彼は恐ろしいほどに隙がなかった。
自然な身のこなし、余裕のある微笑み、確かに彼はそうするにふさわしいだけの強さを持っていた。
その50年余りの人生において、幾度も暗殺の危機を乗り越え、
逆に敵を葬り去ってきた覇王の姿がそこにはあった。
――なるほどな。
と思った。確かに彼は、山南さんが生涯かけて乗り越えようとするにふさわしい相手だった。
山崎はその点を認めることにやぶさかではなかった。
だからこそ考える。いかにして彼を殺すことが出来るのかを。相打ちでもかまわない。
致命傷でなくてもかまわない。せめて一太刀。そうして、永倉さんや斎藤さんの動きも計算に入れる。
それでもなお……。
――殺せない。
そのことは、不愉快だった。

マジックの両目が光る。秘石眼だ。殺気が高まる。
山崎は身構えた。いかにして山南さんを守るかということを考えながら。
これは窮地だったが、窮地だからこそ、彼の頭は冷えていた。
そこに、窓の外から閃光がはしった。……心戦組の艦隊だ。
マジックの元に行くと言い出した時点で待機はさせてあったし、捕まった時点で信号も送っていた。
山南さんの行動のフォローをすることは、山崎の役目であったから。
すべては、計算通り。

手錠をちぎる。山南さんの手錠もさりげなく外してから、窓を破って飛び出す。
黒船から垂らされたロープにつかまりながら、山南さんを呼び、手を伸ばす。
山南さんがマジックの元にとどまるとは、まったく少しも思えなかった。そのことは、嬉しかった。

そうして彼らは黒船に収納された。

伊東さんに礼を言ってから、山南さんのところに行く。
彼はデッキに立って、外を眺めていた。山崎はその後ろに立つ。
「山崎くんかい……?」
振り向くことなく、静かな声がした。
「はい」
応じる、いつものように。
「また迷惑をかけちゃったようだね」
「いえ。問題はありません」
うなずく、いつものように。

「ふふっ。まったく、秘石っていうのは不思議だね」
山南は微笑む。彼の中に秘められた深い知性が感じられる口調で。
「少し……心配しました」
「すまないね……」
山崎は自分の鼓動が高まることを感じていた。
窮地を脱し安全なところに出たからこそ、頭の中に抑えられていたものがあふれ出す。
――殺せなかった。
彼が考えていたことは、それだった。山南さんではなく、マジックのことだった。
あの男は、自分の殺気に気がつかなかったのではない。歯牙にもかけていなかっただけだ。
そのことも、今なら分かる。……屈辱だった。
頭が熱くなる。鼓動も早くなる。

「山崎くん……」
それを抑えたのは、山南さんの声だった。
「マジック先生のことをどう思った?」
「強い、敵だと」
率直に答える。
「山崎くんらしいね」
山南はまた、ふふっと笑った。
「彼にはまったく隙がありませんでした」
素直に認める。山南さん相手だからこそ、山崎は決して嘘はつかない。
「……殺せなかったかい?」
静かな声が尋ねてきた。

「はい」
「よかったよ……」
「……どういう意味でしょうか」
「山崎くんが、マジック先生に殺されなくてよかった、ということだよ」
「……」
山崎は言葉に詰まった。いつにない、ことだった。
「君は賢く、そして冷静だ。それはとても大切なことだね」
目の前に立っている人をしげしげと見つめる。そのいつもと変わりない後ろ姿。
でもそれが、とてつもなく大きく思えた。
「山崎くん……」
「はい」
「君はいつか、マジック先生を倒せるほどに強くなれると思うかい?」
「……」
考える。可能性を。いや、認めたくないだけだ。現実を。……自分はそんなに強い人間ではないことを。

「僕だけの力では、無理です」
精一杯ひねり出した答えがそれだった。
「しかし僕は、山南さんの命があれば、必ず……それを達成してみせます」
「出来ないことは言うものじゃないよ」
「……」
言葉に詰まる。それは山南の言葉が正しかったからだ。精神論などでは、どうにも出来ないことがある。
それでも……山崎は、命令さえあれば必ずマジックを殺してみせるつもりだった。
それもまた、一つの真実だった。あるいは信念と言ってもいい。

「山南さんは……」
山崎は口を開く。その中が乾いていることを感じていた。
「マジックを殺すお気持ちがありますか?」
「うん……」
山南は眼鏡に手をやる。
「それも必要なことだろうね。私の目的のためには」
そして彼はしばし沈黙した。山崎は自分が汗をかいていることを感じ取っていた。
これでは密偵失格だ。忍びは決して汗をかかない。
「けれど……、それは難しい。私はそれも分かっているよ。
 山崎くんでも歯が立たない相手だ……。ただね、倒すという手段はいろいろあるからね」
すっとひらめく。その答えが。
「……秘石ですか」
それはほとんど直感に近かった。
「そうだよ」
山南はまた、ふふっと笑った。
「君は本当に頭がいいね、山崎くん……」
背筋に戦慄が走る。褒められたということよりも、山南の知性を見せつけられたということよりも、
何かもっと大きな衝動を山崎は感じていた。
ああ、この前では自分の悩みなど、なんてちっぽけなものだったのか。
マジックを殺すとか殺さないとか、嫉妬とか、そんなことよりも。
……我々には確かにつながっている絆がある。
その実感は大きかった。

目的のために。世界を盗るために。山崎は山南についていく。その道はちゃんと存在する。
共に、歩いていける。いつかきっと。今はまだ、歯が立たない相手でも、いつかきっと。この二人ならば。

ざっと山崎はその場に膝を付いた。
「ついていきます。山南さん」
深く頭を垂れる。その命を差し出す覚悟で。
汗は乾き、頭は冷えていたが、心は熱くたぎっていた。ここには確かに、生きている実感があった。
「うん……ありがとう」
山南はそううなずいた。

「でね、ものは相談なんだけど」
くるりと山南は振り返る。
「マジック先生のポスターは、やっぱり経費で買うべきだと思うんだ」
「……なぜですか」
「だって僕たちの目標じゃないかッ。ちゃんと飾って日々拝まないとッ」
「拝む必要はどこにもないと思いますが」
思わず懐のクナイを握りしめる。マジックを殺すために散々心の中で握っていた凶器。
「なんだい、山崎くんのケチッ」
さくっ。
両手を握りしめ、地団駄を踏む副長の額に、狙い過たずそれは突き刺さった。
「公私混同は許しません。絶対に」
ぐっと自ら突き刺した凶器を抜き取り、頭に治療のためのガマを乗っける。
「オヤジのポスターなんて剥がします。それより胸キュンアニマルのポスターを貼りましょう」
「何ッ、そんな公私混同は許さないよッ。心戦組副長としてッ」

わいわいとデッキで騒ぐ二人。心戦組副長と、その助勤。
「仲いいねー」
「ケッ、素直に押し倒しちまえばいいのによぉ」
それを見ながら、二番隊組長・永倉シンパチと三番隊組長・斎藤ハジメは笑っていた。


2007.1.30

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