幸せのお守り 前編


「僕が分からないのは、山南さんの考えです」
山崎は言った。
「……な、なんのことかな?」
二人は廊下を歩いている。
「1日30分、書類に集中してくだされば、仕事は溜まらないのです」
「うん……そうだろうね」
「なぜそれを2週間も3週間もさぼるのですか」
「うん……なぜだろうね」
「現実逃避ですか?」
「……んぐッ」
山南は情けない声をあげた。まったく、心戦組の副長が……と山崎は思う。
別に溜めるのなら溜めるで構わないけれども、せめてもっと堂々としていて欲しい。
中途半端に逃げたり、こちらをそーっとうかがったり、そんなことをされるから……困る。

そのように相手を追い詰めているのは自分であるのだが、山崎にはあまりそういう自覚はない。
つまるところ、彼らはとても似合いのコンビなのであるが……本人達にその自覚はなかった。

山崎はドアを開ける。
中には真・心戦組と呼ばれる山南派の人間が集まっていた。
「では、会議を始めます」
目の端で山南が着席したことを確認してから、自分もいつもの席に座り、彼はそう宣言した。

「……以上ですね」
真・心戦組の会議は手早く終わる。いつものことだ。
長引かせてもいいことは何もないし、長引かせると、眠る、無言で出て行く、ひたすら話を脱線させる、
そういう人間がここには集まっていた。……まあ、それはどこの世界でも同じなのかもしれないが。
山崎はそれが分かっているから、手早く会議を終わらせる。
コツは相手に発言させないことだ。

「あ、そうそう、ちょっとみんなに渡すものがあるのだよッ」
「なんですか、山南さん」
山崎は冷たくけん制を入れる。早く解散して遊びに行きたいという、皆の希望を感じ取りつつ。
「い、いや、先日地主神社に行ってきたんだけどさ」
「はい」
「そこでキレイなお守りが売っていたからね、みんなに買ってきたんだよ」
「山南さんにしてはマトモですね」
「……」
しばし沈黙が流れた。

――ススムちゃん、今日機嫌悪い?
――いや、いつものことだろ、あれは。
こそこそ声が聞こえる。

「わ、渡すよッ」
山南はそう声を張り上げて、皆に白い封筒を配り始めた。朱色の字で「御守り」と書いてある。
「わー、ありがとー」
「ケッ」
「……」
みなそれぞれの様子で受け取りながら、中を確かめる。
出てきたのは綺麗な赤地に「幸」という文字が書かれた、いたって普通のお守り。
「はい、山崎くんにもね」
山南はにっこり笑って、渡してきた。山崎はいつものごとく、無表情でそれを受け取る。
すっと封筒を傾けて、中のものを取り出す。出てきたのは、やはり皆と同じお守り。まったく、同じもの。

「あれ、ススムちゃんにも同じヤツなのー?」
永倉がそう言った。
「え、なんで?」
怪訝な顔で山南は聞き返す。
「えー、だってー」
――しまった。と永倉の顔には書いてある。……何が「しまった」なのだろうと、山崎は思った。
「地主神社ってあれだよな。縁結びの神社だよな」
斎藤が、意外な知識を披露する。……縁結び、なぜまたそんなところにと、山崎は考えた。
と、同時に、斎藤がこちらを見ながらニヤニヤ笑っているのを……見てしまった。
「……」
妙な沈黙の空気が流れる。

「そ、そうだよッ。僕はみんなに幸せになってもらいたいからだねえッ」
「……でも縁結びだろ」
「じ、実は知らなかったんだよッ。ただこの幸福って字がいいなあと思って」
「へー、知らなかったんだー」
妙な空気を感じる。永倉と斎藤が、ちらちらとこちらをうかがっていることを、山崎は感じていた。
手元に目をやる。「幸」という字が書かれた赤いお守り。
「……」
なぜか自分が不機嫌になっていることに気がついた。――なぜだろう。と思う。
別にお守りなどどうでもよかったし、しかし山南さんがくれるなら、それは有り難いことのはずだった。
でも、皆と同じもの。……だから、なんなんだろうと思う。

「……」
気まずい沈黙が流れる。山崎はそれをどこか遠いことのように感じていた。
それは間違いなく自分に関係していることのはずだが、何故か無性にそれがわずらわしかった。
もっとはっきり言えば、面倒だった。どうでもよかった。

山崎はくるりときびすを返す。黙って部屋を出て行った。
どうせもう、会議は終わっていたのだし。

――あちゃー。
――あーあ。ありゃ怒ってるな。
――え、え、どうしてッ!?
そんなやり取りが、残された人々の間で交わされたことは、彼は知らない。

「それで、スネているの、ススムくん?」
沖田ソージはにこにこした顔で、そう話しかけてくる。
「スネているって、何が。ソージ」
相変わらず、どこかに視線をさまよわせながら、山崎はそう答えた。
「まったく山南さんにも困っちゃうよね。僕にまで渡すんだから」
そういって取り出すのは、赤いお守り。また、同じもの。
山崎はちらりとそれに視線を走らせる。顔には無表情。いつもの彼とは違って、本物の無表情。
「……怖いよ、ススムくん」
「なぜ?」

ふーと沖田は息を吐いた。ここは屯所の屋根の上。
ここに登ることが、彼らは好きだった。沖田も好きだったし、山崎も好きだった。
それはまったくの偶然だったのだが、その偶然が彼らの間に奇妙な友情を育んだ。
彼らはよくこうして屋根の上で、とりとめもない話をした。

「土方さんにも近藤さんにもあげたらしいよ」
「そうか」
それは心底どうでもよかった。
「土方さんなんて気持ち悪がっちゃってさー。近藤さんは近藤さんで、『おそろいだな、ソージ』とか
 ニヤケてくるしさー。怖いから、思わず三段突きしちゃったよ」
「ふうん」
その情景はありありと想像できる。山崎は別に、土方や近藤のことも嫌いではなかったから。
「別に山南さんには他意はないんだと思うけどねー」
「他意って、何が」
「あはは」
困っちゃうなあと沖田は笑った。その笑いは軽やかで、心地いい。
山崎は沖田のそういう部分が好きだった。つまり、何ものにも捕らわれない、しなやかな強さ。
本当は彼にもいろいろな過去や傷があるのだろうが、それでも沖田ソージは自由だった。
自分の心に、自由だった。――山崎とは、違って。

ふとそう考える。自分の心は今、確かに何かに捕らわれている。それはなんだろうと。
山崎は忍びだ。忍びであることの一つには、自分の心を制御することも含まれる。
雑念を抱いたままでは、気配を消し去ることも、戦いの中に没入することも出来ない。
「……困ったな」
そう、声に出した。それはたぶん、沖田ソージの前だったからだろうと思う。
他の人間の前では、山崎はあまりこういうことは言わない。
「何が?」
沖田はいたって軽い調子で聞いてくる。
――僕はそんなことどうでもいいんだけど、話したいなら聞いてあげるよ、そんな調子で。

「……」
とはいえ、何を言えばいいのだろうかと思う。
考えを口に出そうとして……これは口に出すべきことではないような気がした。
それは言えない、話せないというのではなく、
言うべきことではない、話すべきことではない気がしたのだ。
「……」
無言のまま、山崎ススムは軽く笑った。自嘲するかのように、ちょっと、呆れたように。
「ソージ」
「なに、ススムくん」
「ありがとう」
「えー、別に何もしていないけど」
そう言う頭を、ぽんぽんと撫でる。彼が実はそうされることが好きなことを、知っていたから。
「お礼ならお金でして欲しいね」
沖田はツンとすましてそう言う。山崎は、そんな沖田のことが好きだった。
それはもちろん恋愛感情などではなかったが、確かに一人の人間として、好きだった。

「助かったよ、ソージ」
そう言う。普段の彼なら滅多に言わない言葉を。
無表情の中に、静かな真剣さをただよわせて。口元には軽く笑みを浮かべながら。
「あっそ」
沖田は手を挙げる。それに答えて、また軽く相手の頭を撫で、山崎は立ち上がった。
「じゃー、また遊ぼうね。ススムくん」
「ああ」

飛ぶような身軽さで屋根を駆け、飛び降りる。音もなく地面に着地する。
体のキレはいい。問題ない。そう自分のことをチェックした。

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