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「では、次の書類です」
山南の前に書類を差し出す。
「あ、うん」
相手はちらちらとこちらをうかがいながら、書類に目を走らせて、サインをする。
――また集中していないな、と思った。
山南ケースケという人物が心ここにあらずなのはいつものことで、それでも彼は有能なのだから
……それは実に不思議な現象だが、まあ、構わないのだが。
ただ今回の場合は、その責任の一端が自分にある……ということを、山崎は自覚していたので、
少しだけ声の調子を変える。
「どうぞ」
「え、なにこれ?」
「お茶菓子です」
「ええええーッ!」
……なにもそこまで驚かなくてもと思う。
「や、や、山崎くんッ」
「なんですか」
「何か悪いウィルスにでもかかったのかい?」
……失敬な、と山崎は思った。自分にだって、それくらいの心はある。
「たまには休憩しながら仕事をするのもいいでしょう」
「……」
山南は絶句していた。
――僕はなにか間違っているのだろうか、と山崎は考える。
「おかしいよッ、山崎くんッ」
そう山南もツッコミを入れてきた。これではいつもと役割が逆だ。
「そうでしょうか」
「うんッ」
ためらいもなくうなずくその視線の確かさに、また何か不機嫌のたねが育ってくる。
「ぼ、僕はそんなに君の心を傷つけてしまったのかい?」
「いいえ」
「いやあの、悪かったと思っているんだよッ」
「何がでしょうか」
「何がって、その……うん……」
山南はうつむいて顔を赤くする。その様子には、ちょっと心を動かされる。
いわゆる胸キュンセンサーというやつが稼働する。
「……」
しばしの沈黙が流れた。
「先日は大人げない態度を取ってすみませんでした」
ため息をつきながら、山崎はそう言う。
「山南さんがお守りをくれて……僕は嬉しかったです」
「あ、いや……」
相手はまだ顔を真っ赤にしたまま、もじもじと手を動かしている。
心戦組副長が止めてくださいと思う一方で、そんな山南さんは確かに可愛いなと思う。
普段はあまり……考えないようにしていることなのだが。
「困ったなあ」
本当に困ったかのように、山南は頭をかいた。
「何がでしょうか」
今回は本当によく、それを尋ねているような気がする。自分も、周りの人間からも。
そうやって確認し合わなければならないことも、この世の中には多いのだろうかと考えた。
まったく、自分らしくないことだと思いながらも。
「いや、そんなに山崎くんに大人になられても、ね……」
「……」
山南さんがそれを言うのですかという気持ち半分、
それでも自分が不機嫌になったのは、図星を指されたからだろうかという気持ち半分。
「僕の立つ瀬がないじゃないか……」
相手は困ったように、頬杖をついてこちらを見上げた。
「ね、山崎くん」
「はい」
「僕は本当に、地主神社がそういうところだって知らなかったんだよ」
「はい」
別に疑ってはいなかった。山南さんが嘘をつくような人だとは、これっぽっちも思っていない。
「ただ清水の桜を観に行って、ついでに立ち寄ってみたら……お守りが綺麗だったからさ」
「ええ」
そうでしょうねと思った。山南さんはそういう人だと山崎はよく知っていたし、
だからこそ、彼のことが好きなのだった。……それは沖田ソージに向ける感情とはまったく違うもので。
だけど、もちろんどちらも大切な感情で。山崎ススムの無表情の仮面の下にある、心で。
「うん、それでつい、みんなに買ってあげたくなっちゃってね」
「はい」
分かっていますとうなずいた。
そしてそんな自分の気持ちを、きっと山南さんは分かってくれると思っていた。
「ただ……僕はその時、確かにちょっと迷ったんだよ」
「何がでしょうか」
また、尋ねている。そうやって聞くことの大切さをかみしめながら。
「山崎くんの分を買うときに、確かに僕はちょっと迷ったんだ……」
「……」
「でも、それが何なのかは、分からなくてね……」
「……そうですか」
「なんなんだろうね……あのときの迷いは」
山崎は書類を手に取り、とんとんと揃えた。
「今日の仕事はここまでにしましょう」
「えッ」
「せっかくの桜の季節ですから……。散歩にでも行きましょう」
「ええッ?」
やっぱりおかしいよ、山崎くんッ、そういう叫びが聞こえる。
「行きたくないんですか?」
目で問いかける。手には書類の束をもったまま。――どっちにしますか?と。
「い、行くよッ」
迷わず山南はそう答えた。
「はい」
お供します。そう目礼しながら、書類を片付ける。
まあいいだろう。どうせ……いくら溜めても、1日頑張れば片付くのだから。いつも。
そしてそのために、自分はいるのだから。副長助勤という肩書き、山崎にとって、大切なもの。
「でも山崎くん」
「はい?」
「僕はあの時抱いた気持ちって……、何なのか分かるかな?」
「いいえ。分かりません」
山崎はうなずいた。少しのおかしさを感じながら。
まったく、何故それをこの自分に聞くのだろう。他の人間に聞けば、また違う答えがあるだろうに。
でも自分には、この答えしか返せないのに。
「僕には山南さんの考えることなんて、これっぽっちも分かりません」
「そ、そこまで言うのかいッ」
「はい」
ためらいなくうなずいた。
刀掛けに置いてあった刀を取って差し出し、ドアを開けて、山南をうながす。
「ねえ山崎くん」
山南はそう尋ねる。無垢な瞳で。この人にしか持ち得ない純粋さで。
「本当に分からないのかな?」
「ええ」
山崎はうなずく。彼らしい真っ直ぐさで。
「山南さんの考えなんて、僕にはさっぱり分かりません」
それは嘘。
だけど、真実以上に大切な嘘。
どこの桜を観に行こうかと考える。壬生には名所といわれる場所も多いが、
それとは別に、街のあちらこちらに桜が植わっている。壬生の人々は桜を愛している。
山崎はそういった身近な場所を、いくつも知っていた。山南さんに見せてあげたいと思う。
……お守りのお礼に。
きっと、この人は喜ぶだろうから。
それだけだ。他意はない。それ以上のことは、何もする気も、話す気もなかった。
話さないこと――。それが……。
山崎ススムが大切に心に抱えている、純真な愛情だったから。
「行きましょう」
一緒に桜を見ることが出来れば、それだけで。
……彼らは幸せだったから。
2007.2.23
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