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短くも濃密な、それこそつばぜり合いのようなやりとりが終わったところで、二人は立ち上がる。
「じゃあ、行きますか」
「あーあ、終わったら一杯やりてぇぜ」
「もう、ハジメちゃんったら、相変わらず気が早いなあ」
「俺から気の早さを取ったら、何が残るよ、シンパチ?」
二人の組長は笑いあう。まったく性質の違うこの二人は、何故か仲がよかった。
そのことは好ましかったが――危険でもあると、山崎は判断していた。
共闘はしなくてはならない。しかし過度に近づきすぎてはいけない。
それは……心戦組全体をおおう、いわば空気といってもよかった。
心戦組は寄り合い所帯だ。それぞれ生まれも育ちも全く違うもの同士が、
野望という一点を胸に集って戦っている殺し屋集団。壬生の狂犬などと呼称されるのは伊達ではない。
敵対する相手は完膚無きまでに叩きのめすが、それ以上に、法度に背けば身内でも斬る。
逆に言えば、その厳しさを持ってしか、彼らのことは統率できないと、
副長である土方トシゾーは判断していた。
その気持ちは山崎ススムにもよく理解できる。
実際のところ、心戦組の歴史は身内同士の相争いにいろどられている。
いくつもの派閥が出来ては、争いに敗れて消えていった。もっとはっきり言えば仲間内で殺された。
仲がよいということは、派閥が出来るということだ。……そのことは、好ましくない。
それは監察――敵と同時に身内をも見張るものとして、山崎が身につけた習性だった。
「なあ、山崎。安くてメシのうまい店、ちゃんと探しておいてくれよな」
振り返って斎藤が言う。
「斎藤さんの場合、酒のほうが大切じゃないんですか」
「あは、それは言えてるよね、ハジメちゃん」
永倉も振り返りながら笑った。
「でも、永倉さんは食事のほうが大切でしたね」
そんな山崎の言葉に対して……。
「そうだよなあ」
「そうだねー」
二つの声が重なり合う。山崎は……少し、楽しかった。
それは不思議なことなのだが、不思議であるがゆえに、彼はそれを楽しんでいた。
斎藤は永倉を気遣い、永倉は斎藤を気遣う。
まったく生まれも育ちも違うのに、だからこそか、彼らは仲がよかった。
それは派閥を生むが故に――実際に生んでいるが故に、危険だが。
でも別に構わないと思えるほどに。むしろその危険に自らも身を置こうと考えるほどに。
危険かどうかなど本質ではない。その危険を自分が受け入れられるかどうかこそが、大切なのだ。
彼らは山崎にそれを教えてくれた。
◆
「なんだ、おまえら。騒々しい」
新しく部屋に入ってきた、銀髪を誇示するかのように高く結い上げた男が言う。
「ごめんねー、カッシー」
永倉はニコニコ笑いながら、あっさり謝る。その方が、相手の神経を逆なですると分かっているから。
同時に、それでもまだこのプライドの高い相手は怒り出さないだろうと計算しているから。
まったくもって、絶妙な間合いだった。
「すいませんね、カシタローさん」
斎藤もあっさりと頭を下げる。彼は、このような高圧さに対しては、何故か卑屈だ。
それはたぶん、ずっと裏家業を歩いて――つまり人に使われてきたという、育ちの問題なのだろうが、
なんにせよ、斎藤にはそれを考えないだけの賢さがあった。
「相変わらず、くだらんことばっかりやってるな」
銀髪の男――参謀、伊東カシタローはただひたすら尊大に言う。
「それが僕たちの仕事ですから。伊東さん」
山崎はやんわりと答えた。
それは目の前の相手に伝えるための言葉ではなく、永倉と斎藤に向けた言葉だった。
話の通じない相手というものはいるものだし、話を通じさせる必要のない相手というものもいる。
それでも彼――伊東、かつてはアスという名だった男――には敬意を払うだけの価値がある。
山崎としては、その部分に何ら矛盾はない。
彼はただ、いつものように目の前の物事を処理していくだけだ。
敬して遠ざける、別になんら難しいことではない。
本当は尊敬していないのだから、実に簡単なことだった。
……本当に尊敬している相手の場合には、それは実に難しいことに変わるのだが。
「フン。まあ勝手にするがいいさ。……俺がおまえらを必要とするときまでな」
「はーい」
「わかりました」
「けっ」
三者三様の答えを返しつつも、彼らは決して伊東を否定しない。
彼が自分たちを利用しようとしていることはよく知っているが、
その時こそが自分たちにとっても好機であることも、同時によく分かっていたから。
相手の攻撃の後にこそ、最大の好機――隙は生まれる。
それは誰しもが当たり前に知っていることだった。
共に刀を握り、心に刃を忍ばせて生まれてきたような人間であるからには。
「ハン」
伊東はそんな人間達の思惑を知ってか知らずか、ただ尊大に笑い続ける。
◆
出かける斎藤と永倉を見送り、伊東にも軽く黙礼をして――どうせ見てはいないだろうが、
山崎は逆の方向から部屋を出た。廊下に立って、ふと思う。
――居場所がない、とは自分は最近あまり思わないなと。
空気のように当たり前だったものが消えていくことは……別になんの感慨ももたらさなかった。
ああそうかと思うだけだ。別にそれによって不安になったりもしない。
それで不安を感じられるような人間だったならば、そもそも恵まれた環境を捨てることもなく、
裏家業にすら馴染めない羽目に陥ることもなく、ここに流れつきはしなかっただろう。
こことはつまり、心戦組……ではなく、別の人のところだ。
山崎がやっと見つけた自分の居場所。
自分を必要としてくれて、そしてそれ以上に自分にとって相手が必要だと思える場所。
「山南さん」
山崎は軽く戸を叩く。
「入っていいよ」
中からは柔らかな声がした。
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