扉を開けるとそこは散らかった部屋で、しかしいつもよりはその散らかり具合がマシという点で、
どうやら自分はこの人の思考の邪魔をしなかったらしいと思える。そんなささやかな安堵感。
……そのようなものを、この自分が感じることになるとは思いもしなかったのだが。
「用件は処理しておきました。いつものように」
「ああ、そうかい」
彼――心戦組副長、山南ケースケは軽く眼鏡をさわる。その癖が山崎は好きだった。
「斎藤くん、怒ってなかったかな」
「怒っていました。しかし、問題はありません」
「……ああ、可哀想な斎藤くんッ」
「山南さんにそう言われる方が、斎藤さんは悲しむと思いますが」
山崎は本心から言う。
「な、永倉くんは不満に思っていなかったかな」
そんな山崎の言葉に対して、少しの動揺を見せつつも山南は言葉を続ける。
「不満そうでしたね。しかし、問題はありません」
「……ああ、また苦労をかけてしまったッ」
「その感想は、少々的外れだと思います」
「そ、そうかな。いや、そんなこともないと思うんだけど、ね……」
しばしの沈黙が流れる。お互いに相手の言葉を待って。
微妙にすれ違うやりとり。しかしそれがどうしようもなく心地よくて、楽しい。
「山崎くん……」
先に沈黙を破ったのは山南のほうだった。
「はい」
「君って面白いよね」
「そうでしょうか」
「うん、とっても面白いよッ!」
何をそこまで喜色満面で叫ぶのか、さっぱり分からなかったが、
とりあえず自分という人間が歓迎されていることは分かった。
……そのような相手はこれまでいなかったのだ。
ただ山崎を山崎のままに、当たり前に受け入れて、その上で無条件に面白がってくれる相手など。
「僕も、山南さんは面白い人だと思います」
短いながらも、心からの言葉を返す。
「ねえ、それって褒めているの?」
「はい」
「本当かなー」
「なんなら証明して見せましょうか」
「ええッ、どうやってッ!?」
「とりあえずこれを」
山崎はどこからか取り出した大量の書類を机の上に積み上げてみせる。
「山南さんはこれを今から1時間以内に処理できます」
「……そ、それが、証明?」
「はい」
しばしの沈黙が落ちる。
「あのねえ、山崎くん」
ほふうと息をついて、再び眼鏡を持ち上げ、何か言おうとしたところで先手を打つ。
「幸い今は発明にもいそしんでおられないようです。何も問題はありません」
「いや、問題だらけだよッ」
思わず立ち上がって拳を握りしめる山南に対して、山崎はどこまでも平然とした視線を返した。
「どこがですか」
「ど、どこがって君……」
「最低でもこれだけは処理しないと、明日の幹部会議で土方さんが嫌味を言ってきますよ」
「……むむむ」
山南はじーっと山崎のことを、いつも通り涼しい顔をしている相手のことをにらみつつ、
その頭脳を――優秀ではあるが、さっぱり中身は散らかっていて、しかしやっぱり優秀ではある頭脳、を
フル回転させたあげく……、大人しく机の前に座り直した。
「分かったよ……僕は大人だからね」
「はい」
「山崎くんは……まだまだ子供だね」
「……」
何を言い返せばいいのか分からない。
分からないということは、この人は自分より頭がいいということなのだろう。
それよりもなにより、その笑顔が……、美しくて、怖かった。目を奪われる類の怖さだ。
命の危険を感じるのと同じ種類の怖さだ。……素敵な。
「ふふっ」
山南は楽しそうに笑う。そうしながら、目の前の書類にすらすらと筆を走らせる。
横目でちらりと山崎のことを見て、また楽しげに笑いながら。
……何が楽しいのだろう。自分の何が相手を楽しませているのだろう。
分からないが、分からないからこそ、どうしようもなく惹かれる。
そして何よりこの空間は……たまらなく、居心地がいいのだった。
ここは確かに自分を受け入れてくれる。そう思える場所だった。
心戦組の山南派、あるいは真・心戦組。どのような名でも構わないが――。
山南ケースケ、斎藤ハジメ、永倉シンパチ、伊東カシタロー、
そしてこの場にはいないが、一番隊組長、沖田ソージも。
山崎ススムは彼らのことが好きだった。
自分に対してそのような感情を与えてくれた彼らのことが、決して口には出さないけれども、好きだった。
そして彼らの領袖である山南ケースケのことを……。
たまらなく、好きだった。
2007.2.7
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