本当の私 前編


昼間、高松は研究所へと続く渡り廊下の窓から、ガンマ団の駐機場でも一番いい場所に
最新鋭機に混じって旧式のヘリコプターが停まっているのを見かけた。
ああ、彼が来ているのだなと思う。
相変わらずあのオンボロを大切にしているらしい。

夜、高松が珍しく早めに引き上げて私室のコンピューターをいじっていると、扉がノックされた。
インターホンも取らず、視線すら動かさずに扉を開くボタンを押すと、
「不用心だね」と言いながら、ヘリの主が酒ビンを片手に部屋に入ってくる。
「どうせあなただろうと思っていましたよ」と高松は応じた。

「なんだ、私が来たことを知っていたのか」
サービスは言葉ほど意外でもない様子でそう言うと、散らかった部屋を横断して
一応はリビングスペースとして確保してあるソファに腰掛け、
テーブルの上に乗っている各種雑誌や書類の類を適当に脇へと追いやり始めた。
「あのねえ、勝手に動かさないで下さいよ」
「放り出すようなものは、どうせ大切なものじゃない」
サービスは歌うように高松の口癖を呟いてみせる。どうやら機嫌はいいらしい。
愚痴の酒に付き合わされないで済むことを感謝しつつ、
高松はあらかじめ調整してあった作業を切り上げて席を立った。

やはり散らかり放題のキッチンスペースに移動して、グラスを二つと氷を取り出す。
「親友が近くまで来たことは察知して、ついでに自分のところに寄るってことも予測しておいて、
 部屋は片づけないのはおまえらしいよ、高松」
しつこい声が追ってきた。
「うるさいですねえ、誰が親友ですか」
言い返しながら片手にグラス二つをひっかけ、もう片方の手にアイスペール(氷入れ)を下げて
部屋に戻ると、テーブルの上は見事に片づけられていた。
まあ、そこ以外の惨状に目をやらなければ、だが。
「そう言わないでくれ。ちゃんと上等のスコッチを持ってきたんだから」
やはりソファの上からも、自分の手の届く範囲のものは追放してスペースを確保し、
すっかり部屋の主といった風情でくつろいでいる悪友は、
テーブルの上にやはり主然として一つだけ乗っているボトルを指さした。
高松はラベルに目をやって、その言葉が偽りでないことを確認してから、
ボトルの脇に自分が持ってきたグラスを並べる。
「あなたは相変わらず、人の部屋でも態度が大きいですねえ、サービス」
「そういう生まれなんだよ」
悪びれず言う口調に、少しだけ笑った。

士官学校時代には、こんな冗談をしょっちゅう言い交わしていたことを思い出す。
当時サービスは自分の特別な生まれを気にしていたから、
彼がそのことを笑い話として口に出すのは、
相手を気の置けない友人だと心の底から認めている証拠だった。
同じ頃、尊敬する人のように完璧であることを自らに課していた高松が、
どうしてもその人のようには整頓しきれない自室に、彼らだけは招き入れていたように。

「また何か本部の用事ですか」
「うん、まあ、そうだね」
それぞれが自分のグラスに必要なだけ氷を入れ、飲みたいだけ酒を注ぎながら言葉を交わす。
「ガンマ団の?」
「体よくこき使われているよ」
「私だってそうですよ」
「大変そうだな」
サービスはちらりと高松の仕事机に目をやった。
「まあ、私にとってはほんの遊びですけどね」
同情された途端に言葉を翻す友の様子に、今度はサービスが懐かしげに笑う。

「子供たちには?」
「まだ会っていない、今日はもう遅くなってしまったから」
サービスはそこでふと言葉を切って、意味ありげに高松を眺めた。
「グンマはどうしている?」
「相変わらずお元気ですよ。独創的で機知に富んだ発明にいそしんでおられます」
朗々と響く自慢の声に対し、返ってきたのはつれない反応だった。
「ふぅん。相変わらずオフスイッチが付いていないロボットばかり作っているんだ」
「……あんたねえ。誰もそんなこと言ってないでしょうに」
「違うのかい?」
スコッチを注いだグラスを手で回しながら、横目だけで問いかけてくる眼差しに、大きく息を吐く。
「違いませんよ。先日も研究所の壁を五枚ほどぶち抜きました」
「それはすごい」
「新記録です」
やけくそのように誇らしげな顔をして胸を張った高松に対し、サービスは口を開けて笑い転げた。
こんな姿を他の者が見たら目を丸くするだろうが、二人にとっては自然な姿で、
つまり彼らがまだ世間というものから離れていられた頃には
よくこうして子供っぽく――実際に子供だったのだが――笑いあっていたのだ。

「高松が言葉を尽くして褒めるなんて、心にやましいことがある時だけだろ?」
ひとしきり笑った後、サービスはいたずらっぽく指摘する。
「やましくなんてありませんよ。失敗は発明の母なんですから」
「言えば言う程、自分を追い詰めている」
昔から斜に構えてばかりでガードが堅かった友が、
自ら抱え込んだ弱みに溺れきっている様子はよっぽど愉快なものらしい。

上機嫌なサービスに対し、高松の視線が少しばかり危険な領域に入った所で、
金髪の友はふと真面目な顔に戻って言った。
「でも実際いいことだと思うよ。あの子は体も小さいし、性格も気弱だから
 ちょっと心配していたんだけどね。そういう発散方法があるのはいいことだ」
「壁を破壊することがですか」
「いや、自分のやりたいことを自由に出来るってことがさ」
もう子供ではない二人の間に、言葉は響いた。
「それは自分を許容してくれる大人が近くにいるからこそ、出来ることでもある」
サービスはそこでグラスをかたむけ、一息ついてから高松の方を向いて微笑む。
「あの子はいい保護者を得たよ」
「よしてください。気持ち悪い」

自分のグラスに新しく氷を入れながら、高松は心に浮かんだことをぽつりと言った。
「私はルーザー様の偽物ですよ」
グンマをルーザーのように育てようと、あるいは自分がルーザーであるかのように
グンマを育てようとして、結局どちらにも失敗している。
死んでしまった人の面影と今目の前で輝いている命はあまりにも異質で、そのことが悔しく、
だがどこかで安心している自分が悲しい。
「……偽物で何が悪いんだい?」
サービスは静かに言葉を返した。

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