白と黒 中編


そうして数年が過ぎた。
彼らは相変わらずトップ争いを続け、そうして変わらず友人であり続けた。
高松とジャンはサービスにずいぶんと俗っぽいこと――言い方を変えれば悪いこと――も教え、
サービスは代わりに彼らに、自分の知識と伝手を遠慮なく提供した。
といっても彼の世界は思っていたよりもずっと狭かったのだが、
何せ高松にとっては、相手が敬愛するルーザーの弟であることは大きかった。
とてもとても、大きかった。

サービスの手引きがなければ、高松はルーザーに直接目通り叶うこともなかっただろうし、
そのまま気まぐれのように――気まぐれだったのだろうが、研究室の片隅を与えられることもなかった。
そのことには、感謝をしていた。……そして同時に嫉妬も。
高松は直接見てしまったのだから。ルーザーがいかにサービスを溺愛しているかを。
その書く論文と同じように、まったくの理知的で機械のようにとりつく島もない相手が、
サービスの頼みであればいかに相好を崩して聞くかという場面を、見てしまったのだから。

優しい微笑み。
――仕方ないね、サービス。
その甘い口調。そうして兄は弟の頬にキスをした。ごく自然に。

高松は自分の顔が青ざめていることを知った。そしてそれを二人に悟られないことを祈った。
だがその一方で、彼らの視界には自分など入ってもいないことも気付いていた。
……悔しかった。悲しかった。苦しかった。そのような感情を抱く自分が、なんとも情けなかった。

まるで裏切られたかのように感じていた。何をか……友情をだ。
サービスと高松との間に存在した友情をだ。
そう……利用してやろうという気持ちはいつの間にか、紛れもない本物の友情に変わっていた。
高松はサービスのその優しさを、純粋さを愛していた。しょうがない弟のように、愛していた。
でもその彼には……本物の兄がいた。それも、完璧な兄が。

嫉妬の矛先が崇拝するルーザーに向けられるはずもなく、
従って高松の黒い感情はすべてサービスに向かった。久しぶりに思い出した黒い感情。
……そう、最初から利用してやろうと思っていたのだ。

「どうしたんだい、高松」
図書室でサービスが覗き込んでくる。
「私は疲れているんですよ」
だからアンタの相手なんかしていられません、そんな拒絶はあっさりと受け流された。
「確かに顔色が良くないね。心配だ」
「そりゃそうでしょう、私はルーザー様の研究室の仕事もあるんですから」
誇るように言う。いやむしろそれこそが、今の高松にとっては唯一の心のよりどころ。
「手伝おうか?」
サービスは金の髪をきらきらとこぼしながら、そう問いかけた。
「……アンタには無理ですよ」
理工系の学問になどさっぱり興味がないくせに。……ルーザーはいかにそれを、
自分の弟が研究室の一員になってくれることを熱望していたかを、知っているくせに。

「うん。そうかもしれないけど」
相手の言葉を否定せず、彼は高松が置いていた論文の束を取り上げる。
そのあたりの生まれがもたらす無頓着さは、相変わらずだった。
「これを要約すればいいの?」
「ええ」
出来るものならやってみなさいと思った。数十枚ある専門の論文を、数枚のレポートに要約する作業。
それほど難しくはないけれど、決して門外漢が簡単にできることではないはずだった。
「うん。じゃあ、やってみるよ」
けれどサービスはあっさりと、そう言った。

そして次の日。
「はい」
と、サービスはレポートを渡してきた。
「……」
高松は無言でそれを手に取る。
場所は校舎の裏側。高松はそこでタバコを吸っていた。
もちろん校則違反だが、それくらいはしないとやりきれなかった。
サービスは、別に、止めない。
彼も付き合って吸ったりはしなかったが、かといって友人を止めたりもしなかった。

「……」
無言でページをめくる。こめかみが引きつっていくのを感じていた。
「何故です?」
そう尋ねる。
「え、おかしいかな」
「ええ、何箇所かは」
確かにいくつかは、初歩的な間違いがあった。
少しでも内容を分かっているものなら、絶対にしない間違い。……だがそれ以外は完璧だった。
問いも先行研究もそれに対する反証も反論も、見事にまとめ上げられていた。美しい言葉で。
「何故なんです!?」
思わずそう叫んでいた。自分ならこのレポートを一晩では書けない。
論文を読むだけで徹夜だ。そして文章を組み立てるのに、どれだけの苦労をするか。

「いや……私はこういうのは得意だからさ」
サービスは困ったように微笑む。優しげに、おっとりと。
「作文は私の唯一の得意分野なんだよ、知っているだろう、高松」
知っていた。サービスが本好きなことも、時々は自分で詩や小説を書いていることも。
……だからって、これはないだろうと思うのだ。
内容も理解せずに、ただ文章力だけで、こんな見事な要約をするなんて。
理不尽だった。才能という言葉が頭をよぎる。出来るだけ、考えないようにしていたこと。
努力では埋められない、生まれつきの差。そんなこと……ルーザーの側にいれば、嫌でも知らされる。
そしてこの弟も……そうなのかと思うと。やりきれなかった。

「……」
高松はうつむく。
疲れがどっと肩に落ちてくるのを感じていた。この1年、自分がどれだけ努力をしてきたか。
這いずる思いで頑張ってきたのか。でもその前を、悠々と飛び抜いていく人々がいる。その理不尽。
「高松……」
サービスの心配そうな声がする。
「疲れているんだよ、おまえは」
残酷な言葉。残酷な優しさ。傲慢な優しさ。
美しい優等生の黒い部分。それは……これだった。無邪気な残酷さ。

バシッと高松は、左手で壁を殴った。右手からは、はらはらとレポートの束がこぼれる。
唇からはもうかなり短くなっていたタバコが、その灰と共にこぼれ落ちた。
そうして彼はうつむいた。うつむいて肩を振るわせた。……泣きはしなかったが。
「高松……」
いつかのようにサービスが抱きしめてくる。優しい力で、髪からは花の香りをさせて。
美しい友情……でも、そんなもの、いらない。
高松は両手で友人の頬を掴んだ。顔を無理矢理こちらに向けさせる。
そしてその口に、口付けをした。
唇を押しつけて、舌で相手の口を割り、その中に吸っていた煙草の煙を流し込む。
無我夢中で、舌と舌をからませた。唾液を相手の中に流し込んだ。目を閉じたまま。
ただ全力で相手の顔をつかまえて、離すことなく、懸命に、すがりつくように。

「ごほっ、ごほっ」
サービスは咳き込む。口付けしていた時間はどれくらいか。1分にも満たないだろう。
それが限界だった。肺が酸素を求めて苦しむのと同時に、相手からも突き飛ばされた。
そして彼は、美しい友人は、目に涙を溜めたまま口元を抑えて咳き込んだ。
高松はそれを、呆然と眺めていた。なぜ自分がそんなことをしたのかも、分からない。
この数年積み上げてきたものを、自ら崩すようなことをしたのかは、分からない。
けれども、それは確かに、なんらかの快感をもたらすことで……
そして何より、自分はずっとこうしたかったのだと、彼の中の奥深い部分では認めていた。
この優等生を、汚してやりたいと。それも、自分の手で。

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