白と黒 後編


無言でタバコの箱を取り出す。一本加えて、火を点けた。
サービスはこのことを、誰に言うだろうかと、考えた。ジャンだろうか、ルーザーだろうか。
それとも総帥である兄だろうか。誰に言ってもいい。誰に言っても、高松は破滅だ。
こうしてタバコを吸っていることもそう。
そう全ては手遅れで……だからこそ、今こうして吸っているタバコは旨かった。
ふふっと笑い出したいくらいに、美味しかった。

「……」
サービスが無言でこちらを眺めてくる。
その目には、確かに怒りがやどっている。この美しい友人も、時には怒るのだと、高松は知っていた。
その怒りは意外と激しいものであることも、知っていた。
「なんですか?」
あえて挑発するように聞く。
「あなたは私に同情したんでしょう。だから、その対価をもらっただけですよ」
「……高松」
サービスは大きく息を吐いた。その中に流し込まれたタバコの煙――汚いものを吐き出すかのように。
「何も言うな」
低い声だった。
思わず背筋がぞくとする程に。彼の生まれを思い出す。総帥の弟――覇王の弟。

彼はかがみ込んで、足下にぶちまけられたレポートを拾い上げる。一枚一枚丁寧にそろえる。
二人がもみ合っているうちに、踏みつけて付いた足形もはらって。
「ほら」
と、こちらに差し出してくる。
瞳は相変わらず怒っていたが、口元は強い決意に引き締められていた。
「おまえはこれを受け取らないといけない」
「なぜ?」
「対価をもらったんだろう? なら受け取れ」
「……」
高松は無言で手を伸ばした。

「おまえは私に嫉妬しているのかもしれないけれど……」
サービスはそう言った。自分のあごに指を這わせ、軽く横を向きながら。
「私も実はおまえに嫉妬していた」
「……意外ですね」
「おまえは私にないものをたくさん持っているよ」
静かにこちらを見つめる青い瞳。
「例えば?」
「そうだね……。常に一歩引いて物事を見ることだとか。誰よりもまず自分に厳しいところだとか。
 目的のために一途に努力することができるところだとか。どうこう言いつつ、優しいところだとか」
「誰ですか、それ」
「おまえだよ。高松」
サービスはちょっと笑った。相変わらず、綺麗な笑顔だった。

「私はおまえのことが好きだよ」
サービスはそう言った。
「おまえが私のことを嫌いでも……」
すっと口にくわえたタバコが引き抜かれる。
返しなさいと伸ばした手を軽く捕まえられて、ひねりあげられた。格闘術。
そういえば、サービスはそれも得意だった。
右手がひねりあげられたまま壁に押しつけられ、左手も捕まえられる。
体を壁に押しつけられて、目の前には美しい顔があった。口元は微笑みながら、瞳には力を宿して。
「お返しだ」
そういって顔が近づいてくる。口付けされる……と思った瞬間、唇は微妙に横にそれ、
サービスは高松の頬に柔らかく口付けした。愛を込めて、優しく。

「タバコ臭い口は嫌だからね」
ぱっと手を離して、そう笑う。彼の笑いは朗らかだった、そういつだって。
「これで貸し借りなしだよ、高松」
じゃあねと手を振る。そうして彼は、振り向くことなく去っていった。
高松の手にレポートの束と、敗北感を残して。

足下に転がる、まだ火の付いたままのタバコを見つめる。
手に残されたレポートの束と。
「ふふっ」
と今度は声に出して笑った。胸が痛く、刺すように痛かったが、それは何故か痛みだけではなかった。
かつて純白の中に黒を探したように、今度は漆黒の中に一点の白を。
高松という黒の中に、もし白い部分があるとしたら、それは多分、サービスを愛する気持ちだった。
彼のような人間を、愛して受け入れる気持ちだった。

そのことに、気がついた。

それは士官学校の思い出だ。数えきれないほどの中の思い出の、ほんの一部分だ。
そして……。それからわずかの後。

ジャンとサービスは初めての実戦の場に立ち、
そこでサービスは秘石眼の力を暴走させ、ジャンを殺し、自らの目を抉った。
ルーザーはそのことに狂乱して、自ら死地に赴き……二度と戻らなかった。

全ては嵐のように通り過ぎていった。
次に高松がサービスに出会ったのは、病院のベッドの上だった。
顔の半分を覆う痛々しい包帯。痩せこけた頬。

「高松……?」
そう尋ねてこちらを見る視線に、あの微笑みはない。失ってから気付いた。
彼の微笑み。サービスの笑顔、それをどんなに愛していたかということを。
高松は無言でベッドに歩み寄る。そうして彼の体を抱きしめた。
いつか、サービスがしてくれたように。優しく、そっと。
「泣いてくれているのかい? 高松」
その声で、自分が泣いていることを知った。それも情けないくらいに涙を流して。嗚咽をこらえて。
――私のために。とは、サービスは言わなかった。
高松が泣いたのは、ジャンのためでルーザーのためで、そしてサービスのためだった。
彼はたぶん、そのことを知っていた。ちゃんと、分かっていた。高松の、優しさを。

「ねえ、高松」
サービスは言う。いつかのような声音で。でもそこに優しさはなく。どこかひび割れた声で。
「子供達を、取り替えよう」

純白の中に一点の黒。それはあっという間に広がって、辺りを灰色に染め上げる。
堕天した天使の翼は、黒く染まる。……それが例え、片翼であっても。

「マジック兄さんが遠征に出ている間に、子供達を取り替えよう」
かつての優等生は、高松の耳にそうささやいた。


2007.2.24

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