白と黒 前編


初めて会ったときは、ちょっと呆然とした。
陶器のように白い肌、ブロンドの髪、青い瞳。なによりも、整いすぎるほどに整った容貌。
「軍隊」だの「士官学校」という場所にはいかにもふさわしくないように思えたその青年は、
ガンマ団総帥の弟であり、高松が尊敬する科学者ルーザーの弟でもあるという。
つまり、生まれながらのエリート。……大嫌いなタイプだった。

だから、「よろしく」と笑いながら差し出してきた手を握り替えしたのは、
ほとんど意地のようなものだったが、さらに驚いたのは次の瞬間、抱きしめられていたことだった。
「会えて嬉しいよ」そうささやく声音は甘く、髪からは花の香りがした。
自分はそんなことをされるのは大嫌いだったはずなのに、
相手を突き飛ばすことも出来ず、ただ呆気にとられながら抱きすくめられていたのは、
そのあまりに邪気のない声音とは裏腹に、
自分の中に育っていく何か黒いものに気がついたからかもしれない。
この出会いには価値があるという。何の価値か。利用する価値だ。這い上がるために。

それがつまり、サービスと高松との出会いだった。

光と影は常に押し合っている。
「高松、また同じクラスになったね」
そう言って微笑む顔。
「……あんたの差し金じゃないんですか」
「え?」
「総帥の弟なら、それくらい出来るんでしょう」
相手はクスリと笑った。
「できないよ、そんなこと。総帥の弟だからこそ、できない」
「……」
それはきっと正しかった。正しいからこそ、認めるしかなかった。
けれどまた、何か黒いものが心の中で育っていくのを感じていた。
この世に純白な人間などいるだろうか。
彼――サービスにもきっと何か黒い、汚れた部分があるはずだ。そんな思い。
それを高松は知りたかった。

「なあなあ、ここから訓練場にはどういったらいいんだ?」
そう言って近づいてきた、黒髪の男。
「ああ、私たちも今から行くところなんだ。一緒に来る?」
サービスは無邪気に微笑む。……相手が何のために近づいてきているか、分かったものではないのに。
総帥の弟、生まれながらに栄達を約束されたエリート。近づきたい人間はいくらでもいる。
「お、サンキュ!」
男はパッと笑った。脳天気な笑顔……バカじゃないのかと思った。
あまりにも何も考えていないように見えて、まるで自分の心配が杞憂のようで。
そもそも何のために心配などしてやっているのか、分からなくなりそうで。
……自分以外に彼――サービスを利用する人間が増えては困る、そういうことのはずなのだが。

「俺はジャンっていうんだ」
「私はサービス。こっちの彼は高松」
「よろしくなっ」
そうして差し出される手。
サービスは何の疑いもなく握りかえした。ジャンは次に、高松にも手を差し出してくる。
じっとそれを見やった。ごつごつした労働者階級の手だと思った。その割に彼の口調には訛りがなく、
発音はやたらと明瞭で綺麗だ。ネイティブではないにしても、それならば母国語の訛りがあるはずだ。
……なにか、歪だった。
「ほら、高松」
「なんですか、馴れ馴れしい」
サービスは黙って首をすくめる。その仕草すら、一つの絵のように優雅だ。
「まあ、彼のことはあまり気にしないで」
そう言ってジャンをいざなう。その自然な振る舞いが、育ちの良さをただよわせている。
優等生。掛け値なしの優等生。

高松がそんなことを思っていると、サービスはいきなりジャンにも抱きついた。
「会えて嬉しいよ、ジャン」
「ええッ?」
間抜け顔で戸惑っている男と、いつものように屈託なく微笑んでいるサービス。
……そういえば自分はサービスに、
「挨拶代わりにハグするのは変ですよ」と教えるのを忘れていたことを思い出した。
ああ、まったく。

それがジャンとサービスと高松との出会いだった。

結局のところ、彼ら三人は友人となった。
理由はたぶん、成績が似通っていたこと――常にトップ争い、と、
他にサービスに近づこうという人間がほとんど存在しなかったからだろう。

他の多くの人間は、生まれながらのエリートを利用するよりも、敬して遠ざける方を選んだ。
……くだらないと思うのだが、そういう凡人の方が世の中には多いからこそ、這い上がる隙も生まれる。
結局のところ自分だって、科学者ルーザーに認められ、奨学金を与えられて
ここに招かれたという自負がなければ、積極的にサービスに近づこうとは思わなかったかもしれない。
高松はそれくらいには、自分のことを弱い人間だと自覚していた。
いや、弱い人間だと思っていたからこそ、彼は努力もしたし、
決して弱味を見せずに胸を張って歩いていたのだ。生まれながらのエリート。サービスの隣で。

屈折した思い。妬みやひがみ、だがそれもすべて、上昇のための力に変える。
誰かの足を引っ張るのではなく、その暇があるのならば少しでも自分を磨いて。
彼は若かったし、若かったからこそ、そのような転換も可能だった。
けれど、そんな高松にとって、この友人二人は本当にむかつく存在でもあったのだが。

「あー、また俺、三位?」
ジャンが間抜けな声を上げる。
「高松が一位だね、おめでとう」
サービスは笑う。楽しそうに。
「嬉しくなんてありませんよ」
それは本心だった。図書室にこもり、ひたすら勉強していた自分の横で、
こいつらは雑誌と百科事典を読んでいたのだから。
――私ももうちょっと世の中のことを知らないとね。
――へー、これってこういう風に書いてあるんだ。面白いな!

――遊んでいるんですか、アンタ達。
そう言うと、彼らはそろって不満な顔をした。
――これも勉強だよ、高松。
――そーそー。
思い出すだけにムカついた。それでなぜ二位と三位が取れるのか。
他の人間だって努力していたはずだ。士官学校の数年。だがそこでついた順位が、
その後の人生にいかに大きな影響を及ぼすか。分からない人間はいない。
特に首席のメダルを取った者は、そのまま同期の出世頭の地位を約束されるも同然だ。
だから誰もが喉から手が出るほどに欲しがっている。
この期にはサービスがいるから、もしかしたら首席は無理でも、ならば必ず次席をと。

さっぱり分からなかった。サービスはまだいい。どうせ生まれながらのエリートだ。
今は遊んでいるように見えても、ここに至るまでに受けてきた教育と教養はかなりのものだろう。
問題はジャンだ。この男は全く得体が知れない。未だに出身地すら自分たちは知らない。
それなのに成績は自分たちと互角。だが、サービスは気にしていなかった。
――ジャンはすごいね。
屈託なく、そう言って笑う。
――面白いよ、彼は。
本当に楽しそうに。……だから、まあ、高松も、勝手にしたらと思うのだ。
ジャンの出世のためにサービスが利用されようがどうしようが、知ったことではない。
すでに自分は充分、総帥の弟君――サービスの知己を得ているのだし、
そこに後一人が加わったところで、知ったことではなかった。

それに実のところ……サービスと自分が一対一なら、さぞ気詰まりするだろうと思ったことも確かだ。
あまりにも……違いすぎる。それこそ、光と闇のように。生まれも育ちも性格も、何から何まで。
だがそこにジャンという不確定因子が加わることで、バランスが取れる。
高松はそのように自分たちの関係を分析していた。
……そしてそんな自分は、さぞかしつまらない人間だろうなとも思っていた。
けれども……。

「なあなあ、今度の休みは抜け出して、映画観に行かない?」
「いいね、何の映画にする?」
「……私は行きませんよ」
「そんなこと言うなよ、高松ー」
「いいじゃないか、一緒に行こうよ」
「イヤですってば。巻き込まないでください」
「ヤだね。巻き込むぞッ、俺は」
「何故ですか?」
「それはもちろん、一人だけ抜け駆けして勉強なんて、そんなのダメだからだよ」
「無茶苦茶言ってますね、アンタ達……」
そんな毎日は確かに楽しくて。

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