小さな君 中編


つまり、サービスを扱うにはルーザーを使えばいいのだと、ミツヤは気がついた。
気づいてみるとそれは単純なことだった。この兄弟、ルーザーとサービスは端から見ても仲がいい。
兄弟の中でも特に仲むつまじく、その様子は兄弟というよりまるで恋人にすら見えるほどだった。
気づいてみると、実に簡単で単純なことだった。

そうして肩の力を抜いて接してみると、サービスは思った以上に素直でいい子だった。
マイペースな部分はあるが、我がままではない。
少し人見知りの気はあるが、人間が嫌いというわけではないらしい。
むしろ興味があるからこそ、ミツヤのことも見つめているらしいと気づいたのは、
ある日、マジックと対戦したあとのチェス盤を片付けているミツヤのところに、
サービスが近づいてきたときだった。

「どうしたんだい、サービス?」
ミツヤはにっこり笑って尋ねる。「チェス」という危険さだけは頭の隅にとどめつつ。
いやむしろ、これは確認する好機ではないかとも感じていた。
ついでに、なんなら始末する好機でもあると。
マジックはもう寝室で、羽毛布団の中に埋もれている頃だろうし、
ルーザーは出かけて――『仕事』で出かけていた。全くもって、これはチャンスだった。

「チェスって楽しい?」
「うん、楽しいよ」
そう答えながら、サービスのために椅子を引いてやる。少年は素直にそこに座った。
「サービスはチェスはしたことがないのかい?」
「ううん。ルーザー兄さんに教えてもらっている」
「へえ。強いのかな?」
「……強くない」
視線を落としてぽつりと少年は言った。その様子はまったくいたいけで、可愛らしい。
「ルーザー兄さんには全然かなわないんだ」
「ああ、そりゃ、ルーザーは強いだろうねえ」
「そう? ミツヤよりも強い?」
「……強いよ」
少し嫌な事実ではあったが、肯定する。肯定することで、この子の心を掴めるだろうという計算もあった。

「ルーザーはとても強い。勝てなくても仕方ないさ。
 むしろ彼に勝てるなら、この世のほとんどの人には勝てるんじゃないかな」
ちょっとくらいオーバーに、彼の大好きな兄のすごさを教えてあげる。
「本当?」
案の定、サービスは嬉しそうにぱっと顔を輝かせた。
「本当だよ。ルーザー以外の人とは対戦したことがないの?」
「ない。マジック兄さんは忙しいし、ハーレムは……しない」
「そうだろうねえ」
「ハーレムなんて、ちょっと負けると怒ってチェス盤をひっくり返すんだ」
「はははっ」
その様子は容易に想像ができた。
そして、それを思い出してむくれているサービスの顔は可愛らしかった。

「じゃあ、僕とチェスをしようか」
「いいの? ミツヤは疲れていない?」
「そんなことまで、小さな君が気を遣わなくてもいいんだよ」
笑いながら向かい合わせに腰掛ける。
片付け始めていたチェスの駒を、また一つ一つ並べ始めた。

そうしながら尋ねる。
「サービスはチェスの駒でどれが一番好きだい?」
「女王(クイーン)」
少年は即答した。
「たしかにサービスには似合っているかもね」
王に従う最強の駒。女王。一番自由に動ける、一番強い駒。
いかにも子供らしい好みだ。ミツヤは思わず苦笑していた。
「ミツヤは何が好き?」
サービスは小首を傾げて聞く。
「そうだなあ。騎士(ナイト)と王(キング)かなあ」
「ふうん」
黒のキングと白のナイトを取り上げて、キスするようにコツンとぶつけて見せると、
サービスはうなずいた。

そして自分は小さな指で黒のクイーンを取り上げて、にっこり笑った。
「あのね、クイーンは王様の最強の剣なんだって」
「へえ。それ、誰に聞いたの?」
「ルーザー兄さん」
「そう」
なんだか面白くなかった。
もちろんミツヤにとって王とはマジックであり、騎士とは自分のことであったから。
サービスはそんな心などまるで知らない風に、漆黒の女王を嬉しそうに両手ではさみ、微笑む。
「それでね、ルーザー兄さんが言っていたんだけど……」
――ルーザーか、ルーザーは自分がクイーンのつもりなんだろうか。……マジックの。
その想像は不愉快だった。

「ミツヤ、聞いてる?」
「ん、ああ、聞いているよ、サービス」
ミツヤは慌てて笑みを作った。
サービスはそんなミツヤの様子を見て、蠱惑的に微笑む。
いやまったくそれは、幼な子が見せるとは思えない、蠱惑的としか言えない笑みだった。
「それでね、相手にクイーンを取らせたら、勝ちなんだって」
「……え?」
「クイーンは強くて便利な駒だから、最後まで使えるの。
 でも本当の本当の最後には、クイーンは相手に取らせるべきなんだって。
 そうしたら勝てるって。それがチェスのコツだって、ルーザー兄さんが言っていたよ」
右手に持った黒の女王を、目の前で振ってみせる。
サービスの右目は秘石眼だ。独特の輝きでそれが分かる。
その瞳に黒の女王が映っている。切れ長で美しいアーモンドアイに。
そうして美しい少年はにっこりと天使のように微笑んでいた。

……思わず背筋が寒くなる。なんなんだろう、この少年は。まったく異端だ。
油断してしまった。そのことにミツヤは気がついた。
青の一族なのに、青の一族らしさを確かに持っているのに、それなのに異端だ。
彼は攻めない、決して攻撃しない。相手を攻撃するのではなく、相手を取り込んで篭絡してしまう。
まさにクイーン。小さなクイーンだ。

ミツヤは思った。やっぱりこの少年だけは、殺しておくべきではなかったかと。
だが同時に思ってしまう。
――クイーンは相手に取らせるべきなんだって。そうしたら勝てるって。
たしかに。サービスを殺したら、きっとマジックは自分を許さない。
敵対する一族が殺したように見せかけることは……、懸命に可能性を模索する自分を感じながら、
しかしそれでも自分は勝てないことにミツヤは気づいていた。
末っ子であるサービスが死んだ時点でこの家族は結束するだろう。そして、もう後には何も残らない。
すべてが破壊されつくしてしまう。
ガンマ団すら殺してしまうのではないか、マジックは、そしてルーザーは。ハーレムだって。
そうして、すべてが崩壊してしまうのではないかと……。

――怖い。
そう思った。

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