不思議な子供だった。
あのマジックの補佐官に選ばれたことが――それも直々に選ばれたことが嬉しく、
彼の家に行って記念のパーティをしようとした最初の日。
留守を預かる執事は困惑しながらも、正式な身分証と丁寧な挨拶の前にはついに折れ、
侵入者に対してぷんぷん怒りながらやってきたハーレムは、
彼が持参したプレゼントとパーティという言葉に、数秒後には上機嫌になっていた。
ミツヤはそういうこと――相手を警戒させないこと――は昔から得意だった。
ただ一人、パーティの準備が進む家の中で、マジックの一番下の弟であるサービスは、
最初に挨拶したきり、じっとこっちを見ていた。たぶん、ミツヤを信用していないであろう目で。
情報としては知っていたが、驚くほど美しい少年で、双子の兄のハーレムとは全然似ていない。
感情の分かりやすいハーレムに比べて、これほど感情が読みにくい子供もなかなかいなかった。
大きな瞳に無表情の静けさをたたえて、
かといって不満を言うわけでもなく、「一緒に手伝おうぜ」というハーレムの誘いには「…イヤ」と、
手伝うのがイヤなのかミツヤという人間がイヤなのか、まったく分からない返事をする。
ハーレムが一気に不機嫌になったところを見ると、単に双子の兄に反抗したかっただけかもしれない。
まったくもって、どう扱ったものかと迷っていると、ふいに目が合って、ニコッと微笑んだ。
その様はまるで天使のように美しく、そしてどうやらこの子も懐柔できたようだと思った瞬間、
彼はミツヤに背を向けて、とことこと走り去っていた。その姿すら無邪気で美しく……。
……そうして自分の兄であるマジックに、「知らない人が家にいる」と電話していたのだ。
まったくもって、食えない子供だった。外見がまるで少女のように、いや少女よりも美しいだけに
始末におえない。
◆
どうしたものだろうと、ミツヤは考えた。
本来どうするべきものでもない。相手はただの子供、それも10歳にも満たない子供だ。
何が出来るわけでもない。
ただマジックの信頼と……信頼以上のものを得るために、彼にとって一番……あるいは唯一大切な
家族と親しくなることは絶対条件だった。
ハーレムは簡単だった。ルーザーとは……ある取引が成立した。
サービスだけは……よく分からなかった。
「何が好き?」と聞くと「花」と答えるので、花束を持っていくと喜んだ。
「じゃあ一緒に遊ぼうか」と誘うと、「読みたい本があるの」とすげなく断られた。
かといって、この子はミツヤに興味がないわけではなく、屋敷の中ではしょっちゅう視線を感じた。
そうして振り返ると、サービスが、あの大きな瞳に無言の感情をたたえてじっとこっちを見ていて、
目が合うと振り向いてとことこと走り去っていくのだった。
マジックに相談することは上手くない気がした。
彼の家族に上手く入り込めていないということは……言えない。
そこでルーザーに相談してみた。
すると彼はあきらかに不機嫌になって、「あの子のことは放っておいてください」と言ったのだった。
ルーザーが敬語を使うときは、むしろ危険な兆候だとミツヤは見抜いていた。
……そんなことは簡単に分かるのに。
まったくどうしたものだろうとミツヤは考えた。
幸いなのは、マジックがこのことには気づいていないことだった。
サービスはどうやら、普段からそういう子供らしい。
ならばいいのだが。いいはずなのだが。……困ったものだ、とミツヤは思った。思っていた。
その予感は、正しかった。
◆
あるとき、ルーザーと「チェス」をしていた。
もちろん本当にチェスをしていたわけではない。
その時ミツヤはルーザーに拳銃の扱い方を教えていた。
分解してみせた拳銃を再び組み立てる。基礎中の基礎だが、ルーザーはさすがに飲み込みが早く、
少々感嘆してしまうような手つきでそれをしてみせた。
何せ最初の一回で、一つたりとも部品も手順も間違えることなく完成させたので、それには驚いた。
これは想像以上にいい駒に――マジックのための兵器になるのではないかと、ミツヤは嬉しかった。
……だから、気づかなかったのだ。わずかに開いた扉の隙間から、サービスが覗いていることに。
気づいたのは、ルーザーだった。
「サービス」
ふいに発された声にびくんと背筋が震える。それは二箇所で同時に起こった。
ルーザーの前に座っているミツヤと、それを扉の影から覗いていたサービスと。
チェス盤の上にコトリと、完成して元通り組み立てられた拳銃が置かれ、
ルーザーは席を立って扉のところまで行き、サービスの前に片ひざを付いた。
「ダメじゃないか。僕たちの邪魔をしたら」
「……ごめんなさい」
「僕たちはチェスをしているんだよ」
「でもルーザー兄さん……」
あの瞳が見ている。机の上に置かれた拳銃を。
背筋が冷えた。なんてことだと思った。……殺すべきかと考えた。
その前で兄弟の会話は続いていた。
「『チェス』をしているんだ。わかったね、サービス」
ルーザーの淡々とした声。そこに込められた強い意志。
叱り付けるわけではないが、決して反抗は許さない。青の一族らしい言葉。
「……はい」
サービスはうなずいた。とても素直な声音で。
「じゃあ、もう行きなさい。このことは、誰にも言ってはいけないよ。約束だ」
「はい。ルーザー兄さん」
そうしてとことこと走り去っていく足音がする。
「……大丈夫なのかい?」
ミツヤは尋ねた。
「ええ。大丈夫です」
「もし喋ったら」
「サービスは喋りません」
「だって子供だろう。あんな小さな」
「……サービスは絶対に喋りません。僕が言いつけたから」
ルーザーは少し不機嫌そうに眉を寄せた。
どうしてこんな当たり前のことが分からないんだと言いたげだった。
「なんなら、あとでサービスに聞いてみたらいいですよ。今日、僕たちはここで何をしていたのか」
「……へえ」
この兄弟は少し変わっている、そう思いながらも。
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
ミツヤはにっこりと笑ってみせた。
そうして本当に後日サービスに聞いてみると、
少年はまっすぐの素直な瞳でミツヤを見つめて答えた。
「チェスをしていたんでしょう。ルーザー兄さんと」
そこにはまったくの嘘がなく、そのことにミツヤは驚いた。
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