何を言えばいいのだろう 中編


「会いたかったぜッ、兄貴」
「心配していたんだよ、マジック兄さん」
抱きしめるぬくもりは暖かい。そして、あの頃よりもずいぶんたくましくなった。
ハーレムもサービスも、ここ数年の間に大きくなった。会う度に背が伸びているような気がするくらいだ。
いや、それも間違ってはいないのだろう。会う度といっても2週間おきだ。それはやっぱり長い。
家族としては。
「ホント、こいつって心配性でさー」
「ハーレムのほうが本当は心配だったくせに!」
そして相変わらず、仲良く喧嘩している。変わらない……ここには変わらないものもある。

そんなマジックの様子はいつもとは違っていたはずで、双子も気づかないはずはなかったのだが、
彼らは変わりなかった。むしろいつもよりも甘えてきた。
「なあなあ、新しいゲーム機買ったんだ。見てくれよ」
「今度はテレビにうつすタイプのやつだよ」
腕を引っ張られる。両側から。
「ああ……」
マジックはどういう顔をしていいのか分からないまま、それに付いていった。
そういえばルーザーはどうしたんだろうと視線をさまよわせるが、すでにすぐ下の弟の姿はない。
「ルーザー兄さんなら部屋に行ったよ」
サービスがめざとくその様子を見つけて報告した。
「これ、対戦が面白いんだぜ、兄貴!」
ハーレムはすでにゲーム機のスイッチを入れ、コントローラの一つをこちらに差し出してくる。

ゲームに興じながら……単純なゲームだ。適当にボタンを押していても、勝ったり負けたりできる。
……マジックは頭の中でずっと考え続けていた。
これからどうするべきか。自分は何を言えばいいのか。
大勢の団員達が死んだ。それもマジックに――本当の意味で――忠実だった者たちが。
この事実をどう処理すればいいのか。ルーザーが殺したなどとは、言えない。
ならば自分が殺したことにすればいい。違わない、それは事実とそう違わないのだから……。
ただ……、そうしたら、ガンマ団はどうなってしまうのだろう……。
自分は構わない。総帥の地位を追われても、命を落とすことになっても、それは構わない。
けれども父から受け継いだものを失うことは、そして弟たちを守るすべを失うことは……。
――自分は、何を言うべきなのだろうか。
弟たちに対して、ガンマ団の団員たちに対して、一族に対して、世間に対しても。

「兄貴! マジック兄貴ってやっぱり強いよな!」
「ハーレムが弱いだけだよ、バカ」
「何ッ、テメェなんか、卑怯な戦い方ばっかりじゃねーか」
「……弟に対して、テメェとか言っちゃ駄目だろう」
こんな時でも、つい兄らしい言葉は口をついて出る。そのことは、不思議だった。
「ゴメン! 兄貴ッ」
ニカッと笑って、許してもらおうとする甘えた態度。マジックはその頭をぽんぽんと叩いた。
ハーレムの、収まりの悪い癖ッ毛を優しくなでた。
「あ、ずるーい」
横からサービスが口を出す。そうしてすり寄ってくる。マジックはもう片方の手で、それを抱き寄せた。
サービスの、絹糸のようになめらかな髪を指に絡めた。
そうして双子を抱きしめる。もうゲームなど放り出して。両手で。
ここには確かに守るべきものがあり、ぬくもりがあり、優しさがある。それは大切なことだった。
そしてそれ以上に大切なものがあるとすれば……それは、父の姿だった。

偉大な父。誇り高く、慈愛に満ちあふれた父。
マジックは間違えていた。そんな父の理不尽な死に怒るあまりに、確かに道を間違えかけた。
それは決してミツヤのせいなどではなく、マジック自身の責任だ。
そう、すべての責任は自分にある。だとしたら……やはり、罪は償わなくてはならない。
それは、必要なことなのだ。この家の長兄として、父の跡を継いだものとして。
ただそのことには少し勇気が要った。だからマジックは弟たちを抱きしめた。
彼らは抱きしめ返してくる。ゲームなどそっちのけで。嬉しそうに笑いながら。

「ゴメンな……」
「ん、どうしたんだ、マジック兄貴?」
「ハーレムのバーカ。こういう時は聞いちゃいけないんだよ」
「なんだよ、そんな法律でもあんのかよッ」
「だってそうなんだもん。ねえ、マジック兄さん」
双子はそれぞれの仕草で、優しくマジックを抱きしめ返す。守るべきもの、幸せのかたち。
ここにルーザーがいないことは、少し寂しかった。彼はどうしているのだろうと考えた。
この後のことはルーザーに頼まなければならない。……あの弟に。
愛しているから、だから、信じている。自分の代わりにきっと、この双子を守ってくれると。

「ゴメンな、兄さんはちょっと用事があるんだ」
マジックは最後にひときわ強く、弟たちを抱きしめた後、立ち上がった。
「んじゃー、仕方ねーな。兄貴ッ」
「ここで、待ってるからね。マジック兄さん」
二人は笑って、コントローラーを手にする。
そして何事もなかったかのように、またゲームを再開するその後ろ姿を見ながら、
マジックは……また少し泣きそうになりながら、
それでもすっと視線をあげて、顔をガンマ団総帥のものに戻して、身をひるがえす。
……それだけの時間をくれた双子には、本当に感謝していた。

「ルーザーは?」
部屋に行っても、弟がいなかったので、執事に聞く。
「ルーザー様は出かけられました。ガンマ団本部に行くとおっしゃられて」
「……!」
マジックは慌てて廊下を走りだす。何をするつもりだと思った。
――ルーザー、おまえは何をするつもりなんだ!?
分からない。弟のことが分からない。
ガンマ団員達を殺したのは自分だと、言いに行ったのかもしれない。
それとも……、殺し尽くすつもりなんだろうか。マジックのために、邪魔な奴らを。
分からない。弟なのに、分からない。信じてやらなければならないと思っているのに、
それ以上に守ってやらないといけないと思っている。
ルーザーを。あの無垢な弟を。……その無垢さゆえの純粋さから。

車に飛び乗り、猛スピードで道を走る。マジックは、実は車の運転をしたことがなかった。
ただやり方は知っていた。ずっとずっと幼かった頃、父に教えてもらったのだ。
――マジック。これがアクセルで、これがブレーキで……。
最初はふらついていた運転も、すぐに慣れた。頭は冴えきっていたし、手足には力がみなぎっていた。
今日は本当にたくさんのことがあって、体は疲れ切っていたにも関わらず、
だからこそ、血の沸騰に対してその肉体は素直に言うことを聞いた。
交通ルールなどもうほとんど無視して走り抜ける。……それこそゲームのように。
ドライブゲームの中の世界のように。

双子と一緒にいた時間はどれくらいか。1時間か2時間か。それ以上ではないだろう。
外はもうすっかり暗いが、まだ深夜という時間ではない。

ガンマ団の本部前の車止めに、ほとんど突っ込むように車を止めて、あとは一目散に走った。
総帥服のままであることが幸いして、人は皆道を譲った。
彼は――マジックは、まだ総帥だった。ガンマ団の。

総帥の執務室に駆け込む。その場には、幾人かの側近たちがいた。
「あッ、総帥っ。ご無事でしたか!?」
「……無事、とは?」
懸命に呼吸を整え、瞳を落ち着かせて、相手をしっかり見つめ据えながら応える。総帥らしく。
ガンマ団の総帥らしく。父がそうであったかのように。どんな時でも。
「先ほど通報がありまして、ミツヤ補佐官が反逆をはかったと」
「!?」
「総帥に近しいものたちを連れ出して、演習場で彼らを殺戮したと」
次々もたらされる言葉。それが何を意味するのか分からないままに、マジックは立ちすくんでいた。

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