「確かに演習場には……彼らの死体が……」
「申し上げにくいのですが、確かに眼魔砲で撃たれたあとが……」
部下達は視線をそらす。彼らは心底悔しがっていた。悔やんでいた。仲間の死を。
そしてミツヤがマジックの信頼厚き補佐官であったことを認めながらも、
彼が仲間達を殺したのだという事実を受け入れようとしていた。――事実?
「どういうことだ……」
口の中が乾く。頭は理解し切れていなかったが、もっと深いところでは分かっていた。
誰がこんなことをしたのか。このように事実を、ねじ曲げたのか。
「いくつもの証拠も出てきています。
これまでの一族の方々の変死、それも全てミツヤ補佐官の仕業であったと」
「ミツヤ補佐官のデスクを調べましたところ、確かに証拠が。
いくつかのメモと、犯行に使われたとおぼしき銃が……」
「銃の線条痕を調べれば、おそらく検証は可能かと……」
「現在、ミツヤ補佐官の行方も追っています。今朝から姿が見あたらないので……」
――ルーザー!
頭の中では誰かがわめいていた。おまえは一体、何をしていたんだと。
ああ、あいつは確かに優秀だ。頭がいい。俺なんかよりずっと。
前々から計画していたんだな、ルーザー! いざとなったら、あいつに、ミツヤにすべて罪をかぶせようと。
本当にまったくオマエは頭がいい。 そして……
残酷だ。
「クソッ」
マジックはダンと床にかかとを打ち付ける。部下達はそれを総帥の怒りだと取った。
若き総帥が、その補佐官に裏切られた、怒りだと。
分かっている、分かっているが……、否定することもできない。
これは確かに、唯一の道だった。マジックを守り、ガンマ団を守り、そして……家族を守る。
前の二つはいい、だが最後の一つだけは。せめてそれだけは……捨てられなかった。
いや、本当は……。
「総帥、大丈夫ですか?」
「ああ……」
マジックは顔に手をやる。そして額の汗をぬぐう。そのわずかの間に考えをまとめた。
自分が今、何を口にすべきかを。
顔を上げる。はっきりと部下の顔を見つめる。そして一言一句を口にする。
「ミツヤを殺したのは、この私だ」
「……は?」
「演習場で……目の前で見た。団員達が殺されるところを。そして私は彼を撃った……眼魔砲で」
どこか遠いところのことのようだった。誰か違う人間が話しているようだった。
それでも彼は話し続けた。2年以上に及ぶ総帥業。
昼夜を問わず打ち込んだ、それは確かにマジックの肉体に、骨身となって染みこんでいた。
ガンマ団の……総帥であること。それもやはり、捨てられない。もう、捨てることは出来ない。
マジックは背負っているのだから。ガンマ団員たちの命を、その生活を。
「巨大な、跡が残っていただろう……。眼魔砲の……。ミツヤでは撃てない……」
「は、はいっ、確かに」
「あれが私の放った力だ。ミツヤは、跡形もなく吹き飛んだ。だから、死体は出てこない……」
それだけ言って、マジックは目を伏せた。頬をつたう涙の存在を感じながら。
なぜ自分は泣いているのだろうと思った。ミツヤ……ルーザー……。
部下達は若き総帥のその姿に打たれたようだった。彼の言葉を疑うものは、その場に誰もいなかった。
そうだろう。マジックが話したのは確かに事実で、決して嘘はなかったのだから。
頬を伝う涙も、部下を失った悲しみも、ミツヤをこの手で殺した苦しみも、決して嘘ではなかったのだから。
「……誰だ?」
「は?」
「それを通報したというのは、誰だ?」
「……分かりません。生き残った団員ではないかと」
「……そうか」
そうして事件は幕を下ろした。
◆
マジックはその後も変わらず……ガンマ団の総帥であり続けた。
真実を封印するかわりに心に課したこと、理想の総帥であり続けること。覇王となること。
それだけが彼を支えてくれた。
確かにその道は光り輝いてはいなかったかもしれない。
相も変わらず、多くの血に彩られていたかもしれない。
だが、それでも彼は、懸命に歩み続けた。覇王としての道を。託されたものを全て背負って。
自分が守るべきものを、必死になって守りながら。
それでも、分からない。
ミツヤ……。ルーザー……。
――私は彼らに何を言えばいいのだろう。
◆
「では、行ってきます。兄さん」
ルーザーは背を向ける。その姿は静かで、迷いがなく、美しかった。
真っ直ぐに伸びた背筋。前だけを見据えて歩くその姿勢。
マジックはその後ろ姿を見ながら、既視感に襲われていた。
無意識のうちに封印してきた記憶。……ああ、こんな弟の姿を以前にも見たことがある。
あれは――ミツヤを殺したあとのことだ。
あのときもルーザーは、こうして自分の前をまっすぐに歩いていったのだった。
そして自分はその背中に対して、何を言えばいいのだろうかと……分からなかったのだ。
今も……分からない。
何を、言えばいいのだろう。ジャンを殺し、それによってサービスが目を抉り、
その罪の意識に耐えかねて、死地に赴こうとする弟に対して。そのあまりに無垢な魂に対して。
――何を言えばいいのだろう。
そうしてマジックは失ってしまった。ルーザーを。ルーザーをも。
◆
マジックは手を握る。手を握ってまっすぐに、コタローと試しの道を歩いていく。
ミツヤは闇の中に消えた。マジックもいつかそこへと行くだろう。
自分が救われる人間だとは、もはや思ってはいない。いや最初から、思ってなどいなかった。
ただこの手のぬくもりだけは……今度こそ、離さずにいようと思うのだ。
――ああ、そうか。
ふと心にひらめいた。もうそれは遅いけど。まったくの手遅れだけども。
ようやく答えが見つかった。
――何を言えばいいのだろう。
――言うことが見つからないなら、黙って抱きしめればよかったのだ。
いつかの双子がしてくれたように。そして今はコタローがしてくれているように。
黙って、手をつないで歩いていけばよかったのだ。
……もう遅いけれども。
だからこそ……。
今度は、この手を、マジックは決して離さないだろう。
2007.2.10
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