何を言えばいいのだろう 前編


……どれだけの時間が経ったのだろうか。
「兄さん。帰りましょう」
マジックを我に返らせたのは、その言葉だった。
いつものように、ただ静かで落ち着いた弟、ルーザーの声。
この場には――瓦礫と死体の山が積み重なるこの場には、あまりにもふさわしくない静けさ。
「帰りましょう、兄さん。僕たちの家に」
だからこそ、その声には逆らえない何かがあった。
マジックはあまりに疲れていて……溜めもなく全力で秘石眼の力を使ったこともそうだし、
なによりも初めての親友を自らの手で殺したという事実が、そして弟のことも、ガンマ団員たちのことも、
あまりにも現実は重くて……その声には逆らえなかった。

「ああ……」
よろよろと立ち上がる。
その前をルーザーはすたすたと歩いていった。
その後ろ姿はとても静かで迷いがなく見え、まるで何事もなかったかのようで、
彼の――ミツヤの言葉がよみがえる。――殺人兵器。
何を言えばいいのだろう。弟に対して。
何か言うべきであるはずなのに、それを言葉にすることが出来ない。
マジックは無力感に打ちのめされながら、ただ弟の後を歩いていった。

演習場のふもとには車が止まっている。
ルーザーはためらうことなく、その後部座席のドアを開け、自らは運転席に乗り込んだ。
それはいつも――総帥になってからいつも、繰り返してきたことと同じで、だからマジックは
ふらりと自動的にその後部座席に乗り込んで、ドアを閉めて、
ぼんやりと、運転席に座ってキーを回しエンジンをかける弟の姿を見ていた。
――ああ、そうだろうな。
心にはまた無力感が忍び寄る。
――人を殺す訓練をしていたのなら、車を運転することくらい、訳ないだろうな。
自分が知らない間に。

両手で頭を抱え込む。車はなめらかに発進し、エンジン音を響かせながら走り出す。
遠ざかっていく、あの現場から。彼――ミツヤを殺したあの場所から。
……マジックはまだ、顔をあげられないでいた。そうして彼は、後部座席でうずくまっていた。

しばらく走った頃、声がした。
「兄さんが気にすることはありませんよ」
その言葉に対してマジックは顔をあげる。そして前の運転席に座った弟を見る。
一瞬、ルーザーは笑っているのかと思った。あの団員達を殺したときのように。朗らかに。

しかしバックミラー越しに目があった弟は、笑ってはいなかった。
かといって悲しんでいた訳でも、神妙な顔をしていたわけでもない。
ただ彼は無表情という名の表情を顔に張り付かせて、兄の方を見つめていただけだ。
「兄さんが、あんなヤツのことを、気にすることはありませんよ」
前方に視線を戻しながら、ルーザーは再度言った。口調にも影はなく、ただひたすらに淡々と。
「……」
マジックは顔をおおう。涙はもう流れないが、瞳はまだ乾いてはいなかった。
何よりも鼻の奥が熱く、そして頭が鉛のように重かった。
なんと言えばいいのだろう、何を言えばいいのだろう、この弟に対して。
分からない、分からなくて、悲しかった。そんな自分が情けなかった。
父から受け継いだもの、長兄としての誇り、義務、そんなものがガラガラと音を立てて崩れていくようで。
それでも自分は総帥なのだと、背負っていくものが、背負うべきものがあるのだと、
言い聞かせなければ、もうこの場で消え去ってしまいそうで。

――善悪の区別がつかない。その無垢さゆえに。力を暴走させる……。

――ルーザー。
弟は、穏やかな人間だと思っていた。
実際のところ人見知りで、潔癖性で、サービスの面倒は見ても、ハーレムの面倒は嫌がる、
そんな我が儘な弟でも、彼はなぜか……ひどく綺麗な人間だと、ずっと思っていたのだ。
両眼に秘石眼を与えられた自分とは違い、片眼でも、それを気に病むこともなく、
その代わりに優れた頭脳を持ち、自分の部屋でずっと本を読んでいるような。
一歳違いの長兄であるマジックを当たり前に立て、その言うことには従い、
ただ自分の空間を守っていられれば、それで幸せだというような。

その手で人を殺すだなんて。手に犬猫の匂いが付くことすら嫌がったくせに。
マジックのためにずっと訓練をしていただなんて。休みの日には外出することすら煩わしい人間が。
自分が弟の中に見ていた穏やかさや綺麗さ、それは――ただの無垢だったのだろうか。
人の命を奪うことに抵抗がない、それをなんとも思わない、大量殺戮をしてニッコリ微笑むような、
そんな――善悪の区別が付かないだけの人間だったのだろうか。
微笑みながら、人を殺す――ミツヤも、ルーザーも……。

「ルーザー」
絞り出すように声を出した。何を言えばいいのか分からないままに。
「なんですか、兄さん」
弟はいつものように答える。ただ、静かに。
「すまない。僕は……」
「なにも謝ることなんかありませんよ」
ルーザーは兄の言葉をさえぎった。今まではそんなこと、決してしなかったのに。
「兄さんが謝る必要なんて、どこにもありません」
きっぱりと、そして淡々と。まるで数学の正解を答えるような口調で。
弟はただ前を向いて、的確なハンドルさばきで、いかにも慣れた手つきで車を運転しながら、そう答えた。

マジックは……もう、何も言えなかった。

車は自宅の車止めにすべりこむ。
なめらかに停止した車のドアを開けて、ルーザーは外に出た。
後部座席のドアが開かれる。……ルーザーが開けてくれたのだ。
「さあ、兄さん」
うながす声。マジックはよろよろと車から降りた。
ルーザーが手をさしのべてくる。それに対しては黙って首を振った。
まだ自分はちゃんと自分の足で歩ける。それくらいのことは、証明したかった。

弟は分かったかのようにうなずいて、一歩後ろを付いてくる。……いつものように。
父が存命であった頃は、いつもそうして歩いていたように。
それはルーザーが兄を立てる仕草であると同時に、
この人見知りで世間に対してまるで免疫のない弟が、兄に頼る姿でもあった。
……子供の頃から。まだ双子が生まれる前から、二人はこの距離で歩いてきたのだ。

そうして玄関へと続く階段を上る。無意識のうちに、今まで何度も上ってきた階段を。
そしてドアをノックする。すぐに扉は開かれ、玄関をくぐると中から双子が走り出してきた。
「あ、お帰り、兄貴ぃ!」
「お帰りなさい、兄さん」
満面の笑みを浮かべた、ハーレムとサービス。
また、まぶたの裏が熱くなる。マジックはその場に膝を付いて、二人を抱き留めた。
昔から、何度もこうしてきたように。父の代わりに、留守中に不安がる弟たちを抱きしめてきたように。
そう、昔といっても、今からたかだか数年前の話だ……。

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