――劣化版だが。
ミツヤとルーザーは似ている。共に青の一族であり、人の命に対して普通とは違う感覚を持っている。
常人よりも頭がよく、他の面でも優れた存在である。そのことを自覚してもいる。
さらにマジックに対して尋常ならざる感情を抱いている。
ただし、ルーザーはミツヤより頭がいい。
さらに、ルーザーはマジックのためなら、自分を曲げることができる。
人を殺したいと思っても、我慢することができる。それは愛しているからだ。
ミツヤは……愛してはいない。
彼が愛しているのは、自分が見たいと思うマジックの姿でしかない。
似ているからこそ分かる。そのささやかで重大な違いが。
けれどもそこには、確かに利用価値があるのだった。
もとより本当の愛など求めてはいない。マジックを本当に愛することができるのは、兄弟である自分だけ。
ミツヤが本当に本当の意味でマジックを愛していたら、それこそルーザーは彼を殺していただろう。
だから、ルーザーはうなずいた。
「そうだね、僕も兄さんには覇王になってほしい。そのためなら、この手を汚しても構わないよ」
ミツヤは満足げに笑う。それは自分の駒を手に入れたという笑みだった。
浅はかな、でも別に構いはしない。珍しく不愉快でない、他者の自分に対する笑顔を見た。
利用価値があるということは、ルーザーが人を評価するときの最大の判断基準だった。
ミツヤは愛していないがゆえに、ルーザーが乗り越えることが出来ない壁を乗り越えられる。
ルーザーもまた、彼に利用されてやることで、
その壁――愛しているがゆえにすべきだと分かっていてもできないこと――を乗り越え、
兄の役に立つことができる。それは評価すべきことであり、利用すべきことでもあった。
またミツヤには経験があった。
経験。それこそ、天才とも評されるルーザーに唯一不足しているものでもあった。
年月を積み重ねることで身につくものは、いかな知能を持ってしても埋めることが出来ない。
ルーザーはそのことを常に、痛切に感じてもいた。
まったく、ミツヤという存在は、ルーザーにとって……適切で的確で、利用価値があり、
必要性と効率とを満たし……なによりも、もう一人の自分のように珍しい存在なのだった。
――劣化版だが。
◆
そうして二人は訓練を開始した。
秘石眼の力の使い方、眼魔砲の撃ち方、拳銃の使い方、ハッキング、クラッキング、建物への進入方法、
相手を一時的にせよだます方法、車の運転、身を隠すこと。
ミツヤが感嘆するほどに、ルーザーは鮮やかにそれらを身につけてみせた。
当たり前だ。彼は天才ルーザーなのだから。そして、なによりも……兄を愛しているのだから。
ただ、だからこそ、このことはマジックには知られてはいけなかった。
愛しているがゆえに、知られてはならない。
「チェスをする」 それが二人の秘密の言葉になった。
そうして、やがてルーザーは実践の場にも立った。
人の命を奪うということは、想像していた以上に簡単で……なんの面白みもなかった。
そこにはなんら重さはなく、楽しさもなければ、充実もなかった。
まるでミツヤという人間のようだと、ルーザーは思った。
◆
そうしてさらに年月は過ぎ……。時は訪れた。
「今日は実験をするよ」とミツヤは言った。
「どういう実験だ?」とルーザーは尋ねたが、ミツヤは答えなかった。
ただ、「君の兄さんのためになる、兄さんに最高に喜んでもらえることだよ」と笑ったのだった。
……あの浅はかな笑顔で。
「ふうん」
正直なところ、あまりいい気分ではなかった、今回は。
その気持ちは近頃、日ごとに増していた。正確には、人殺しを重ねるごとに。
やはり人の命を奪うということは、何らかの意味を持つことらしい、とルーザーは気づき始め、
それはどういうことだろうかと分析を始めたところだった。
そんな――気乗りしない様子の――ルーザーを見て、ミツヤは言った。
「まあ、僕にまかせてごらんよ」
あの、浅はかな笑顔で笑ったのだった。……殺してやろうかと思ったが、
もはやそれはできない自分に、ルーザーは気づいてもいた。……気づいてしまった。
――そうか、人を殺すとはこういうことか。
「なるほど」
うなずいたルーザーの仕草をどう取ったのか……。
ミツヤは満足げに、彼を野外演習場の場へといざなったのだった。
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