もう一人の僕を 中編


――劣化版だが。
ミツヤとルーザーは似ている。共に青の一族であり、人の命に対して普通とは違う感覚を持っている。
常人よりも頭がよく、他の面でも優れた存在である。そのことを自覚してもいる。
さらにマジックに対して尋常ならざる感情を抱いている。
ただし、ルーザーはミツヤより頭がいい。
さらに、ルーザーはマジックのためなら、自分を曲げることができる。
人を殺したいと思っても、我慢することができる。それは愛しているからだ。
ミツヤは……愛してはいない。
彼が愛しているのは、自分が見たいと思うマジックの姿でしかない。
似ているからこそ分かる。そのささやかで重大な違いが。
けれどもそこには、確かに利用価値があるのだった。

もとより本当の愛など求めてはいない。マジックを本当に愛することができるのは、兄弟である自分だけ。
ミツヤが本当に本当の意味でマジックを愛していたら、それこそルーザーは彼を殺していただろう。

だから、ルーザーはうなずいた。
「そうだね、僕も兄さんには覇王になってほしい。そのためなら、この手を汚しても構わないよ」
ミツヤは満足げに笑う。それは自分の駒を手に入れたという笑みだった。
浅はかな、でも別に構いはしない。珍しく不愉快でない、他者の自分に対する笑顔を見た。

利用価値があるということは、ルーザーが人を評価するときの最大の判断基準だった。
ミツヤは愛していないがゆえに、ルーザーが乗り越えることが出来ない壁を乗り越えられる。
ルーザーもまた、彼に利用されてやることで、
その壁――愛しているがゆえにすべきだと分かっていてもできないこと――を乗り越え、
兄の役に立つことができる。それは評価すべきことであり、利用すべきことでもあった。

またミツヤには経験があった。
経験。それこそ、天才とも評されるルーザーに唯一不足しているものでもあった。
年月を積み重ねることで身につくものは、いかな知能を持ってしても埋めることが出来ない。
ルーザーはそのことを常に、痛切に感じてもいた。

まったく、ミツヤという存在は、ルーザーにとって……適切で的確で、利用価値があり、
必要性と効率とを満たし……なによりも、もう一人の自分のように珍しい存在なのだった。
――劣化版だが。

そうして二人は訓練を開始した。
秘石眼の力の使い方、眼魔砲の撃ち方、拳銃の使い方、ハッキング、クラッキング、建物への進入方法、
相手を一時的にせよだます方法、車の運転、身を隠すこと。
ミツヤが感嘆するほどに、ルーザーは鮮やかにそれらを身につけてみせた。
当たり前だ。彼は天才ルーザーなのだから。そして、なによりも……兄を愛しているのだから。

ただ、だからこそ、このことはマジックには知られてはいけなかった。
愛しているがゆえに、知られてはならない。
「チェスをする」 それが二人の秘密の言葉になった。

そうして、やがてルーザーは実践の場にも立った。
人の命を奪うということは、想像していた以上に簡単で……なんの面白みもなかった。
そこにはなんら重さはなく、楽しさもなければ、充実もなかった。
まるでミツヤという人間のようだと、ルーザーは思った。

そうしてさらに年月は過ぎ……。時は訪れた。
「今日は実験をするよ」とミツヤは言った。
「どういう実験だ?」とルーザーは尋ねたが、ミツヤは答えなかった。
ただ、「君の兄さんのためになる、兄さんに最高に喜んでもらえることだよ」と笑ったのだった。
……あの浅はかな笑顔で。

「ふうん」
正直なところ、あまりいい気分ではなかった、今回は。
その気持ちは近頃、日ごとに増していた。正確には、人殺しを重ねるごとに。
やはり人の命を奪うということは、何らかの意味を持つことらしい、とルーザーは気づき始め、
それはどういうことだろうかと分析を始めたところだった。
そんな――気乗りしない様子の――ルーザーを見て、ミツヤは言った。
「まあ、僕にまかせてごらんよ」
あの、浅はかな笑顔で笑ったのだった。……殺してやろうかと思ったが、
もはやそれはできない自分に、ルーザーは気づいてもいた。……気づいてしまった。

――そうか、人を殺すとはこういうことか。
「なるほど」
うなずいたルーザーの仕草をどう取ったのか……。
ミツヤは満足げに、彼を野外演習場の場へといざなったのだった。

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