もう一人の僕を 後編


そこでルーザーが見たもの、それは部下である団員たちに詰め寄られる兄の姿だった。
一兵卒たちに、総帥である兄が詰め寄られ、非難されている。
屈辱だった。
そしてその理由の一端が、ルーザーのなした行為にあるということが……分かった。

――人を殺すとはこういうことか。
ルーザーは痛切に感じた。彼は決して愚かではない。珍しく頭脳をフル回転させて
ルーザーは考えた。自分がしてきたことの意味、これから自分がするべきこと、
どうしたらいいのか、何が一番兄のためになるのか。そのためには自分の死すら変数として。
……ただ残念ながら、ここでルーザーが死ぬことは別になんの意味も持たないのだが。
まったく人の命とは軽い。

兵卒たちは詰め寄っていく。兄を追い詰めていく。
まだ幼い兄。それでも精一杯、すべてを守ろうとして努力している人を。
兄は動揺している。ゆえに逆上している。逆上して、叫んでいる。
これは危険だ。このような集団の状況は危険だった。
一発触発、何らかのバランスが崩れてしまえば、どちらかが命を失う。致命的な事態になる。
それはひどく簡単に、起こるのだった。ルーザーはそのことを知っていた。実地で。

「やっちゃいなよ」
耳元でミツヤがささやいた。

ルーザーは右手をあげた。
確実に命中させるよう引き金を引くコツは、落とすつもりで微小の力で、力を解放すること。

ゴウンッ!!!!

……彼の放った眼魔砲は、団員たちの命すべてを一瞬で奪った。
それは今までルーザーが撃った中でも、もっとも強力な眼魔砲で
……おそらくミツヤには撃てないものだった。――劣化版である彼には。

でも、ルーザーがしないならば、ミツヤがするのだろうから。
それは嫌だった。
団員たちを殺し残してしまうことも嫌だったし――それは目撃者を残すことでもある――、
結局のところ、選択肢は兵卒のほうを殺すしかないと分かっていたからでもあった。
優秀すぎるルーザーの頭脳はその結論を出した。……その結論しか出せなかった。
総帥と兵卒、兄と他人。どちらを選ぶかなど決まっている。
そしてその選択を、ミツヤが自分の前でするということは、嫌だった。許せなかった。
――兄さんを本当に愛しているのは自分だ。
そう信じているからこそ……。

だから、こちらを愕然と見ているマジックの――兄の表情は、正視に堪えなかった。
「ルーザー! 何故こんなことをしたッ
 ここにいたのは敵じゃない! ガンマ団の兵士達だったんだぞ!!」
ルーザーはそこで初めて兄のほうを向き、ゆっくりと微笑む。
「兄さんのためだよ。兄さんにとって、邪魔な奴らを排除したんだよ」
――ねえ、わかってよ。
――兄さんを本当に愛しているのは僕。僕だけなんだ。

狂気と正常の精一杯の狭間で。
ルーザーもまた、幼かった。彼には経験が足りず、知識も足りていなかった。
だからまんまと利用されてしまった。ミツヤなどに。
そのことを知ってもいたが、もうどうしようもないことも分かっていた。
ルーザーは……ひどく優秀な頭脳の持ち主であったので。
優秀さは時として、本人にとって残酷にしかならない。

……目の前で兄とミツヤが言い争っている。
それをどこか遠く、ルーザーは眺めていた。
彼は悔恨の情とはほとんど無縁の人間だったが、
もしかしたら、その時はわずかにそれに触れたかもしれない。
――人を殺すとはこういうことか。
そこには実に多くの感情があった。

……兄が泣いている。目に涙を浮かべている。
ミツヤは何も分かっていない。自分たち兄弟の気持ちなど、なにも分かってはいない。
彼が愛しているのは自分だけ。決して兄ではない。
それでも兄マジックにとって、ミツヤは大切な存在だった。
そのこともまた、ルーザーにとっては心が痛かった。
――ねえ、わかってよ。
――兄さんを本当に愛しているのは僕。僕だけなんだ。

「……。ルーザーは気に入ってもらえなかったんだね…」
――本当にバカな男だ。いつだってこいつは、僕の想像以上に愚かで。
「じゃあ彼はいらないね」
――遅い。今度こそ、殺してやる。

だがルーザーが力を解放するより、マジックが両目の秘石眼を使うほうが早かった。
それは、兄のほうが先に決めていたからだろう。彼――ミツヤを殺すと。
おそらくは、目に涙を浮かべながら絶句していた時点で。

それはミツヤなどの力よりも、先ほどルーザーがはなった眼魔砲などよりも、
はるかに強大で厳格で無慈悲で圧倒的な力で。
一瞬にして場は廃墟と化した。ミツヤの体など、跡形も残らなかった。

――彼はもう一人の僕だ。
空白と化したルーザーの心にその言葉が浮かびあがってくる。
――彼が愚かだったように、僕も愚かだった。
そして
――兄さんはそんな僕を消した。殺した。跡形もなく。

――ああ。
それはえもいわれぬ恍惚だった。
ルーザーは初めて人の死の本質に触れた。人を殺すとはどういうことかを知った。
同時に、殺されるとはどういうことかも。
それはひどく残酷で、甘美なことだと知った。

――もう一人の僕を、兄さんは殺した。
ルーザーの頬には、一筋の涙が流れていた。


2007.1.12

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