それだけが真実 中編


「初めて殺した相手は、おっさんだったな」
「どんな手段で殺した?」
「普通にマシンガンだよ。目が合った、撃った、それで倒れた」
「ふうん」
興味深い話だった。
「どう感じた?」
「あっけねえなって」
「……だろうね」
ルーザーも、そう思った。でも多分、ハーレムとは違う。ルーザーはそのことをつまらないと感じた。
でもきっと、ハーレムは違う。
「人間ってあっけなく死ぬんだな。兄貴」
「そうだよ」
「本当に簡単だったぜ」
「でもそれは、おまえが望んだことだ」
それは大切なことだった。

「分かっているよ」
ハーレムは言う。淡々と。その口調は重く、真摯で、確かに彼の成長を感じさせた。
……それでも16歳は、まだまだ子供だが。
ルーザーは自分のことを棚に上げて、そう思う。彼自身は16歳の時には、ガンマ団の研究所で、
もう並の大人以上の地位に就き、仕事をしていた。人も、とっくに殺していた。
でもそれはすべて、自分が望んだことだった。だからそれは、大切なことなのだった。
「おまえは望むものを手に入れたんだ」
兄は言う。弟と同じく、真摯な口調で。
「何かを手に入れるためには、同時に必ず何かを失わなければならない」
「そうなのかな」
シュッとタバコを水につけて消す音がする。
……この噴水の水で消したのかと思うと、頭に血が上りそうになる。
しかし膨大な水の量と、一瞬の消火で汚染される分量と、
すぐに流れていく水量を計算して、なんとか抑えた。
その理由の一つには、乾いたハンカチにそのまま吸い殻は包めなかったのだろうという推測も含まれる。
それはルーザーの過失だった。だからこそ、彼はその結果を受け入れた。

ライターを点火する音。新しいタバコに火を点けて、ハーレムは話し続ける。
「そしたら次に、敵の仲間がやってきてな。今度はこっちが撃たれた」
「当たったのか?」
「肩をかすめた」
「傷はどれくらいだった」
「さあな」
そう言うなら、大した傷ではなかったのだろう。
それを知って、安堵している自分にルーザーは気がついた。……ちょっとがく然とする。
「……」
何故だろう。思わず考え込んでしまった。

「その後は?」
「身を伏せて、また撃ち返したよ。それでさらに二人殺したかな」
「いい判断だ」
自分自身の経験に照らし合わせて、ルーザーは言う。
初陣でそこまで冷静に行動できる人間はあまりいない。……ちなみにこの場合、
ルーザーはそもそも"人間"の範疇に含まれない。その程度のことは、知っていた。
「兄貴らしいな」
「なにが?」
「『いい判断だ』ってその言葉」
「……なにか、不満かい?」
「さあな、何でだろうな」
ハーレムにも、何か言いたいことがあるらしい。しかしそれを言葉に出来ないのだろう。
考え込んでいるらしい弟の姿を、斜め後ろに感じながら、ルーザーは庭の木々の緑に目をやった。
平和な風景。しかしそれは、多くの血の上に築かれている。……父の代から。その前から。
ずっと。自分たちの一族は、そうやって生きてきたのだ。

「兄貴は俺が、人を殺してどう思ったかが、知りたかったんだろう?」
「うん。そうだね」
「空しかったよ」
「そう……」
"空しかった"と"つまらなかった"。それは似ているようで大きく違う。
ルーザーにはそういう善悪だの感情の機微だのは分からないが、この場合は分かった。
自分がハーレムの言葉に、なんら共感できないという事実を持って。
けれど……。
「そう感じるのは、大切なことだ」
兄である彼はそう、口にした。共感は出来ないが、共感できないということには、意味があるのだ。
ルーザーとハーレムは違う。そのことは苛立たしくもあるが、やはり、違う方がいい。
自分のようであることは……たぶん、幸せなことではない。ルーザーは、そう思っていた。
自分自身を不幸だと思ったことはないが、それはルーザーがルーザーだからで、
彼以外の人間にとっては、ルーザーのようであることは不幸なのだ。……と、思う。
あまり、理解はされないだろうが。

「兄貴が言うんなら、そうだろうな」
「へえ」
――珍しことを言うんだね、そう思った。
「でも、珍しいな」
「何が」
「ルーザー兄貴がまともなことを言うなんて」
「……」
思わず秘石眼が光る。――まともじゃないのはおまえだし、おまえにまともなことを言うだとかで、
感心される筋合いはない。そもそも、おまえの論理は矛盾している。……やっぱり、撃ち殺したい。
しかしきっとマジック兄さんは悲しむだろう。マジック兄さんはハーレムを溺愛している。
そう思って、心を落ち着ける。懸命に。……このルーザーにそんなことをさせるなんて。
ああまったく、この弟は。……貴重だ。……しかしやっぱり、殺したい。

「ハーレム」
ルーザーは息を吸った。
「な、なんだよ」
「言葉が矛盾している」
「あ?」
「僕が言うならそうだろうなと言った矢先に、僕がまともなことを言うなんて意外だと言う。それは矛盾だ」
「はあ」
呆れかえった口調。呆れかえりたいのはこちらだと思う。
「その説明を求める」
ルーザーは言った。あえて教師のような口調で。

「な、なんで?」
「当たり前だろう」
「そんなこと、どうでもいいだろッ。俺が馬鹿なのも、矛盾しているのも、当たり前だろ!?」
「その認識は正しい。しかし僕には、僕への評価について、論理的整合性を求める権利がある」
「やっぱりアンタって、さっぱり分かんねー!」
「僕にはおまえが分からない」
兄弟は言い合う。90度に背を向けて。この角度にも意味がある。
180度では声が届きにくいし――何せ間には噴水がある――眼魔砲で撃つとき噴水ごと壊してしまう。
それはちょっと、マジックもサービスも悲しむ。360度では元に戻ってしまうし、270度では同じことだ。
そして45度では近すぎるし、135度では中途半端なのだ。
――いや、135度なら、つまり全周の約3分の1強というのは、悪くなかったかなと、ルーザーは考えた。
しかしやっぱり、それではちょっと遠い気がした。この場合。
今日はそんな気分だったのだ。135度ではなく、90度。……気分を角度で計るのはおかしいだろうか。

サービスなら、「おかしくないですよ」と当たり前のように言うだろうし、
マジック兄さんなら笑って、「いいんじゃないか、ルーザー」という。
そしてハーレムは……。
「絶対におかしいッ」
このように叫ぶだろう。うるさい男だ。
「アンタは変だッ」
砂利を蹴る音がする。何もそこまで暴れることはないだろうと思う。

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