太陽に憧れた月の話 前編


「じゃあ、行ってきて」
そう言って送り出した。相手は軽くうなずいて、ドアを開く。
彼は、サイレンサーを付けた拳銃を片手に車から降り、まっすぐにその家の中へと入っていった。
ドアをノックする。インターフォンに向かって何かを言う。出てきた使用人の頭を、まず撃ち抜く。
ためらいなく、正確に。
そうして彼――ルーザーは家の中へと消えた。

それを見送ったミツヤはふっと笑う。これは彼の初仕事。ルーザーが初めて人を殺す現場。
だが、何の問題もないだろう。
入念に検討し、図面を頭の中にたたき込んだ。相手の生活習慣も詳しく調べ上げた。
ルーザーは熱心に射撃練習に通い――彼がガンマ団の士官学校にいることは幸運だった――、
拳銃の扱いについても完璧に学んだ。
すべてはミツヤが仕組んだこと。そしてルーザーは大人しくそれに従った。

……もちろん、彼をあなどるつもりなどないが。
ルーザー、四兄弟の次男にして、ミツヤの覇王マジックの弟。
父存命のころから、天才の誉れ高く、10歳を超えた時点でオックスブリッジから教授たちを招いて、
専門の教育を受けていたという。その論文はすでに学会でも高い評価を得、いくつもの賞を取った。
でも彼はそれらすべてを捨てた。……マジックのために。そうしてガンマ団の士官学校に入った。

侮ることなどしない、出来るはずもない。
だが……だからこそ、この素材は魅力的なのだった。
危険こそ、ミツヤが愛するもの。そうでなければ、なぜ、覇王を愛することが出来るだろうか。
マジック――それこそ、ミツヤの太陽。
未だ小さな輝きだが、天空に達した暁には、この世すべてを照らし、従わせるだろう。

そんな空想にふけっている間にも、屋敷の中には異変が起こっていた。
部屋の電気が次々と点いていき、その一部は再び消える。それで分かる。
しかし警報装置は鳴らない。あらかじめ切ってあるからだ。まったくもって、計画は順調。
物音はほとんどしない。悲鳴は聞こえない。ターゲットは2人。父親とその息子。
息子といっても、20歳は超えているが……。たぶん、彼が一番の難敵だろう。

すっと玄関のドアが開く。光の中からルーザーは出てきた。その右手にはサイレンサー付きの拳銃。
「終わりましたよ」
それだけ言って、助手席に乗り込む。返り血一つ浴びてはいない。表情には何の動揺もない。
初仕事だということを考えると、それは異様で、警戒すべきことかもしれなかったが……
ミツヤは、嬉しかった。
――想像以上だ。想像以上の素材。僕の覇王の駒。
「そう、じゃあチェックしてくるよ。君の仕事をね」
そう言って今度はミツヤが車を降りる。ルーザーがダッシュボードに置いた拳銃を手に取り、
彼の不愉快そうな視線を感じながら。

「……」
ミツヤは立ちすくんでいた。
寝室。そこは血の海だった。ここに来る途中の廊下でも、次々と使用人たちの死体が転がっていた。
例外なく一撃で額を撃ち抜かれて。……それはいい。
だが乱れたシーツを染めた血、辺りの壁になすりつけられた血はどういうことか。
……逃げようとしたのだ。そのことは、隣の部屋で倒れている男の体を発見したときに分かった。
彼は血まみれになりながら、逃げようとあがき、結果として自らの寝室を血で汚して回った。
そうして最後に、隣のウォークインクローゼットの中で息絶えた。

背中にいくつもうがたれた拳銃の穴を見つめながら、確認せずにはいられない衝動に駆られて、
ミツヤは足でその太った巨躯を蹴る。そうして、仰向かせる。
「……!」
さすがに言葉を飲み込むのに苦労した。彼の顔の下半分は……存在しなかった。

あごを撃ち抜いたのだ。下あごをきれいに取り外した。もちろん、横からの射撃によって。
そうして声をあげられなくしておいて、ゆっくりと試し撃ちしたのだ。
背中だけではない、手にも足にも、銃痕は残っている。
どんな順番で撃ったのかまでは分からなかったが……、ルーザーが試し撃ちをしたことはよく分かった。
何故か。知りたかったのだろう。どうやって人は死んでいくのか。どうしたら人は死ぬのか。
どこまでやったら死ぬのか。死に際して、人はどのような逃避行動を取るのか。
――分かるさ。
よく分かる。ミツヤだって、それは実戦の中で学んでいったことだったから。
学ぶ必要のある知識だったから。
それにしても、ルーザーのしたことは……。おかしい、異様だ、いや、異常だ。
冷静すぎる……。ただその一点において。

彼らの子供は、廊下の突き当たりで絶命していた。
左目をきれいに撃ち抜かれて。秘石眼……それを破壊されて。
父親は操れなかったが、その子供は秘石眼を、眼魔砲を使うことが出来た。
そのことも、あらかじめ調べてあった。
――やはり冷静だ。
ルーザーは危険をおかさなかった。父親はなぶり殺しにしたが、息子は初撃で殺している。
ただ額や心臓ではなく、秘石眼を撃ったというところに、彼の意志を感じ取ることができた。

――しかし、ね。
ミツヤは嘆息せずにはいられない。
別にお坊ちゃんが実験をしようが、ラットを殺すように人間を解体しようが知ったことではなかったが、
この現場は異常すぎる。これでは警察が騒がずにはいられない。
暗殺とは、こういうものではないのだ。押し込み強盗のようにと言ったではないか。
他の人間は額を撃っておきながら、息子だけは左目を撃ち抜き、
その父親はなぶり殺しにする。
それはまるで、この家になんらかの怨恨があると言っているようなものではないか。
――ああ! お坊ちゃんは押し込み強盗ってやつが何なのかを知らなかったのかな!
それは失態だった。ミツヤの失態だ。
まったくあのバカは……と悪態をつきながら、ミツヤは手にした拳銃で
息子の頭を撃っていた。その額を、それからそれ以外の部分も数発。
さらに周りにも外して何発か。……これで多少はごまかせるだろう。

父親は、どうしようもない。
もういい、怨恨に切り替えよう。どうせ彼――父親のことだが、は、手広く悪事に身を染めていた。
こんなことも、まあ、あり得ることだろう。

それでも消せない苛立ちをにじませて、戻ってきたミツヤが見たものは、
神経質そうに自分の手の匂いをかいでいるルーザーの姿だった。
「……銃は嫌だな。匂いが残る」
彼はぽつりとそう言った。
「ふうん。それが君の初仕事の感想かい?」
「そうだよ」
ルーザーは答える。何を当たり前のことを聞いているんだという顔だった。
「やっぱり眼魔砲がいいな、僕は」
「まだ君はそれを上手く扱えないだろう、ルーザー?」
「ああ。だから練習すれば済むことだろう?」
――何を当たり前のことを聞いているんだ。
無言の苛立ちが伝わってくる。
――殺してやりたい。兄さんのことさえなければ。
ルーザーはミツヤのことを、そう思っている。そんなことは分かっていた。
一番最初から分かっていた。

――まったく、こちらこそ、殺してやりたいよ。
この後の始末に頭を悩ませなければならないミツヤに対して、ルーザーのなんと呑気なことか。
銃の火薬の匂いが嫌だ? しかもそれが自分の手に付くから嫌だ?
初仕事で人一人をなぶり殺しにしておいて、気にするのがそれなのか?
ミツヤは乱暴にアクセルを踏んだ。
まったく、このお坊ちゃんは。
まだ自覚が足りない。自分がマジックの、覇王マジックの駒であるという自覚が足りない。
それをこれからミツヤが教えていかないといけないとなると……、まったく。
――正直なところ、殺してやりたい。

その気持ちは、その後も変わらなかった。

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