その少年は光だった。
初めて会ったとき、いや前々から話には聞いていたのだが、直接会うのは初めてだった時、
その瞬間に目を奪われた。
青の一族の者なら皆が持つ金の髪の輝き。父親譲りの意志の強い真っ直ぐな瞳。
顔にはまだあどけなさが残っていたが、それすら彼の弱さというよりは可能性を感じさせた。
それも限りなく広大な。
ああ、彼なら自分を救ってくれるかもしれないと思った。
血のにじむような努力を重ねて、学問や戦闘術を修め、なんとか青の一族に認められた。
しかしその頃には充分に年を取りすぎていて、もはやエリートたちには追いつけないと分かっていた、
そんな自分を。実力はあっても、ただ血統という一点で排除されていた自分のことを。
実力、そうそれこそが人の価値を決める。だが、青の一族は疲弊していた。
血にしがみつき、血の濃さにのみこだわっていた。人工授精という特殊な、あるいは歪な手段で
血統の保持を重ねているのにもかかわらず、母親の卵子などどこから持ってきたのかすら怪しいくせに、
それだからこそ、一族の者たちは血の濃さにこだわった。……愚かなことに。
だが自分もまた、その愚かさの中に巻き込まれていると、いつの間にか分かってしまっていた。
血など愚かだとあがくこと自体がすでに、青の血という輪廻の渦に巻き込まれている。
その中でようやく足場を確保した時には、自分は同時に自分の限界も知ってしまっていた。
ちっぽけな自分。ちっぽけな存在。
単に歴史の流れの中に、結局は自分を排除した青の血の流れの中に消えていくしかない……。
……だからこそ、彼は光だった。
まだ何者でもなかったからこそ。ただ偉大な父親を持ち、一族の直系の血を引き、
両目が秘石眼であるという、ただそれだけの威光によって玉座についたからこそ……。
あるいは、彼ならば変革者になれるのではないかと。そう考えた。
実力、そう実力さえ、あとは備われば。
どうすればいいのだろうと、いろいろ考えた。彼の教育法、いかにその素質を伸ばして鍛えていくか。
また導いていくか。そして同時に、彼を愚かな道へと、自分たちと同じ旧弊した手段へと、
誘おうとする者たちをどう排除し、あるいはかいくぐっていくか。
つまらないことだ、だがつまらないことだからこそ、自分はそれに精通してもいた。
……そのような生き方しか、これまでの自分には許されてこなかったから。
それに対して、彼は生まれながらの覇王だった。光の中を歩む者。
彼の名前はマジック――僕の覇王。僕は自分の生き方をそう決めた。
◆
いくつもの教育カリキュラムを組んだ。組織も新しく編さんし、
まずは側近から、地位は低いが身近に控える者たちから、部下たちを入れ替えていった。
もちろん、僕個人などにそんな力があったわけではない。
ただ幸いなことに、僕は彼に、マジックに気に入られる事が出来たのだ。
彼は僕のことを評価してくれた。組織の片隅に追いやられていた僕のことを。
それもまた、僕にとっては喜びだった。単に選ばれた喜び以上に、僕を選んだ彼の目の確かさを、
血に捕らわれないその高貴さを、僕は喜んだ。
だから様々な助言を行った。マジックはそれを、時には素直に受け入れ、時には逆に質問を返し、
時にはきっぱりと拒絶して、ただひたすらに任務に、自分が果たすべき責務に没頭していった。
彼と一緒にいることは楽しかった。
彼は決して傀儡などではなく、でも彼は確実に僕の敷いた道を歩んでいた。
その先に何が待っているのだろうかと、考えるだけで僕は楽しかった。……幸せだった。
そのことが他の者の嫉妬を呼ばなかったわけではない。それはまあ、当然だろう。
なにせ僕のごときものが、新しい総帥に仕えているのだ。
新しい若き総帥。それを彼らは、一族の者たちは、体のいい傀儡としか考えられなかった。
彼の父親はあまりに強大であり、厳格であると同時に慈愛に満ちた人でもあったから、
だからこそ愚かで弱い者たちはそれに嫉妬していた。
その歪んだ恩讐は一気に、年若き息子であるマジックに襲いかかろうとしてた。
それを排除するのもまた、僕の仕事であった。恨むなら僕を恨めばいい。
嫉妬するなら僕に嫉妬すればいい。そうしている間にもマジックは、着実に覇王への階段を上っていく。
いくつもの命の危険があった。僕はそれをことごとくかいくぐった。……やっとの思いで。
そのことはマジックには話さなかったけれども。そんなことに気を取られるくらいなら、
その前にやって欲しいことは山ほどあったから。
ガンマ団は……戦闘組織だ。そしてまた、一つの国でもある。
僕はそこに公平さをもたらして欲しかった。実力のある者が評価される、公平さを。
血という一言によって、歪められた階段を、正して欲しかった。
ガンマ団は戦闘組織であるからこそ、実力がその人物の評価を決める。それは、正しいことだと思った。
マジックもまた、その理念には賛成してくれた。
彼はガンマ団をより強大にすることを、そしていつかは世界をその足下に跪かせることを願っていた。
それを僕に打ち明けてくれた時の感動を、今でもはっきりと覚えている。
父親の代わりに、そして父親が出来なかったことを……。
彼は確かに偉大な父親によく似ていたが、確実に父親とは違う部分も持っていた。
ああ、だからこそ、きっと彼は父親をも超えることが出来るだろう。僕は感動に打ち震えた。
◆
けれども、道のりはそう簡単ではない。なにしろ、マジックはあまりにも若すぎた。
彼は率直に言って世間知らずだったし、特に人付き合いというものについては不器用もいいところだった。
僕は……そのことを、なかなか上手く彼に伝えることが出来なかった。
それは多分、僕個人の感情というものが邪魔をしていたのだろう。
総帥であるからには、広く様々な人の意見を聞いた方がいい。それは分かっていたのだが……。
僕はそれ以上に……、彼には僕との理想を共有していて欲しかった。
世の中は汚くて、人間は愚かだと、僕は知りすぎていたから……。
だがとにかく、すべては時間が解決してくれるだろう。僕はそう考えていた。
問題はない、何も問題はない。
彼は若く、才能に溢れ、勇気と覇気にあふれ……そして濃い血を引いていた。
青の一族に、その血に、僕はその時初めて感謝をした。
彼に両目の秘石眼を与えた主に、僕は初めて畏敬の念を抱いた。
その血があるからこそ、彼は導かれ、伸びていくだろう。覇王への階段を上っていくだろう。
僕は……そのための踏み石でいい。歴史の角に転がる路傍の石でいい。
その時、僕は初めて自分のその運命を受け入れた。そうであることの、幸せと喜びを知った。
僕は……幸せだった……。
「あなたは邪魔なんですよ」
肩を撃ち抜かれ、激痛にのたうちながらも、僕は……懸命に手を伸ばした。
マジックに……コールをしないと。彼の危険を……教えないと……。
でもその手もまた、撃ち抜かれる。僕は苦痛にのたうち回った。
どうして逃げ切れなかったのだろう。これまでは、なんとかかいくぐってきた危険なのに。
僕はもう……若くはなかったから……。だからこそ、危険には敏感なつもりだったのに……。
額に前髪が張り付いて、視界を遮る。灰色のものが混じった黒い髪……青の一族ではない証……。
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