誰かが願ったこと 前編


その少年は光だった。

初めて会ったとき、いや前々から話には聞いていたのだが、直接会うのは初めてだった時、
その瞬間に目を奪われた。
青の一族の者なら皆が持つ金の髪の輝き。父親譲りの意志の強い真っ直ぐな瞳。
顔にはまだあどけなさが残っていたが、それすら彼の弱さというよりは可能性を感じさせた。
それも限りなく広大な。

ああ、彼なら自分を救ってくれるかもしれないと思った。
血のにじむような努力を重ねて、学問や戦闘術を修め、なんとか青の一族に認められた。
しかしその頃には充分に年を取りすぎていて、もはやエリートたちには追いつけないと分かっていた、
そんな自分を。実力はあっても、ただ血統という一点で排除されていた自分のことを。

実力、そうそれこそが人の価値を決める。だが、青の一族は疲弊していた。
血にしがみつき、血の濃さにのみこだわっていた。人工授精という特殊な、あるいは歪な手段で
血統の保持を重ねているのにもかかわらず、母親の卵子などどこから持ってきたのかすら怪しいくせに、
それだからこそ、一族の者たちは血の濃さにこだわった。……愚かなことに。
だが自分もまた、その愚かさの中に巻き込まれていると、いつの間にか分かってしまっていた。
血など愚かだとあがくこと自体がすでに、青の血という輪廻の渦に巻き込まれている。
その中でようやく足場を確保した時には、自分は同時に自分の限界も知ってしまっていた。
ちっぽけな自分。ちっぽけな存在。
単に歴史の流れの中に、結局は自分を排除した青の血の流れの中に消えていくしかない……。

……だからこそ、彼は光だった。
まだ何者でもなかったからこそ。ただ偉大な父親を持ち、一族の直系の血を引き、
両目が秘石眼であるという、ただそれだけの威光によって玉座についたからこそ……。
あるいは、彼ならば変革者になれるのではないかと。そう考えた。
実力、そう実力さえ、あとは備われば。

どうすればいいのだろうと、いろいろ考えた。彼の教育法、いかにその素質を伸ばして鍛えていくか。
また導いていくか。そして同時に、彼を愚かな道へと、自分たちと同じ旧弊した手段へと、
誘おうとする者たちをどう排除し、あるいはかいくぐっていくか。
つまらないことだ、だがつまらないことだからこそ、自分はそれに精通してもいた。
……そのような生き方しか、これまでの自分には許されてこなかったから。

それに対して、彼は生まれながらの覇王だった。光の中を歩む者。
彼の名前はマジック――僕の覇王。僕は自分の生き方をそう決めた。

いくつもの教育カリキュラムを組んだ。組織も新しく編さんし、
まずは側近から、地位は低いが身近に控える者たちから、部下たちを入れ替えていった。
もちろん、僕個人などにそんな力があったわけではない。
ただ幸いなことに、僕は彼に、マジックに気に入られる事が出来たのだ。
彼は僕のことを評価してくれた。組織の片隅に追いやられていた僕のことを。
それもまた、僕にとっては喜びだった。単に選ばれた喜び以上に、僕を選んだ彼の目の確かさを、
血に捕らわれないその高貴さを、僕は喜んだ。

だから様々な助言を行った。マジックはそれを、時には素直に受け入れ、時には逆に質問を返し、
時にはきっぱりと拒絶して、ただひたすらに任務に、自分が果たすべき責務に没頭していった。
彼と一緒にいることは楽しかった。
彼は決して傀儡などではなく、でも彼は確実に僕の敷いた道を歩んでいた。
その先に何が待っているのだろうかと、考えるだけで僕は楽しかった。……幸せだった。

そのことが他の者の嫉妬を呼ばなかったわけではない。それはまあ、当然だろう。
なにせ僕のごときものが、新しい総帥に仕えているのだ。
新しい若き総帥。それを彼らは、一族の者たちは、体のいい傀儡としか考えられなかった。
彼の父親はあまりに強大であり、厳格であると同時に慈愛に満ちた人でもあったから、
だからこそ愚かで弱い者たちはそれに嫉妬していた。
その歪んだ恩讐は一気に、年若き息子であるマジックに襲いかかろうとしてた。
それを排除するのもまた、僕の仕事であった。恨むなら僕を恨めばいい。
嫉妬するなら僕に嫉妬すればいい。そうしている間にもマジックは、着実に覇王への階段を上っていく。

いくつもの命の危険があった。僕はそれをことごとくかいくぐった。……やっとの思いで。
そのことはマジックには話さなかったけれども。そんなことに気を取られるくらいなら、
その前にやって欲しいことは山ほどあったから。
ガンマ団は……戦闘組織だ。そしてまた、一つの国でもある。
僕はそこに公平さをもたらして欲しかった。実力のある者が評価される、公平さを。
血という一言によって、歪められた階段を、正して欲しかった。
ガンマ団は戦闘組織であるからこそ、実力がその人物の評価を決める。それは、正しいことだと思った。

マジックもまた、その理念には賛成してくれた。
彼はガンマ団をより強大にすることを、そしていつかは世界をその足下に跪かせることを願っていた。
それを僕に打ち明けてくれた時の感動を、今でもはっきりと覚えている。
父親の代わりに、そして父親が出来なかったことを……。
彼は確かに偉大な父親によく似ていたが、確実に父親とは違う部分も持っていた。
ああ、だからこそ、きっと彼は父親をも超えることが出来るだろう。僕は感動に打ち震えた。

けれども、道のりはそう簡単ではない。なにしろ、マジックはあまりにも若すぎた。
彼は率直に言って世間知らずだったし、特に人付き合いというものについては不器用もいいところだった。
僕は……そのことを、なかなか上手く彼に伝えることが出来なかった。
それは多分、僕個人の感情というものが邪魔をしていたのだろう。
総帥であるからには、広く様々な人の意見を聞いた方がいい。それは分かっていたのだが……。
僕はそれ以上に……、彼には僕との理想を共有していて欲しかった。
世の中は汚くて、人間は愚かだと、僕は知りすぎていたから……。

だがとにかく、すべては時間が解決してくれるだろう。僕はそう考えていた。
問題はない、何も問題はない。
彼は若く、才能に溢れ、勇気と覇気にあふれ……そして濃い血を引いていた。
青の一族に、その血に、僕はその時初めて感謝をした。
彼に両目の秘石眼を与えた主に、僕は初めて畏敬の念を抱いた。
その血があるからこそ、彼は導かれ、伸びていくだろう。覇王への階段を上っていくだろう。
僕は……そのための踏み石でいい。歴史の角に転がる路傍の石でいい。
その時、僕は初めて自分のその運命を受け入れた。そうであることの、幸せと喜びを知った。

僕は……幸せだった……。

「あなたは邪魔なんですよ」
肩を撃ち抜かれ、激痛にのたうちながらも、僕は……懸命に手を伸ばした。
マジックに……コールをしないと。彼の危険を……教えないと……。
でもその手もまた、撃ち抜かれる。僕は苦痛にのたうち回った。

どうして逃げ切れなかったのだろう。これまでは、なんとかかいくぐってきた危険なのに。
僕はもう……若くはなかったから……。だからこそ、危険には敏感なつもりだったのに……。
額に前髪が張り付いて、視界を遮る。灰色のものが混じった黒い髪……青の一族ではない証……。

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