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ここにもう一人、若者がいた。彼の名前はミツヤ。
青の一族の傍系。でも、それ以外はきっと僕と同じ……。
知っていた、分かっていた、彼がどんな目でマジックを見ているのかを。
だってそれは僕と同じだったから。彼に憧れ、彼を愛した。マジックを……自分の覇王だと……。
「どうして……?」
僕は尋ねる。
「君と僕は……同じじゃないか……」
「いいえ、違います」
ミツヤは微笑んで言う。
「マジックの側には、僕だけでいい」
「……そう」
僕は……分かってしまった……。長く生きてきたから。そういう人間もいることを、知っていた。
独占欲、愛着、それとも、なんていうのかな。……狂気、いや……。
「ふふふっ」
僕は笑った。肩からの出血は激しく、もう自分が助からないことは知っていた。
だからこそ、僕は笑った。
「ミツヤくん。君はマジックくんのことが好きなんだね」
「ええ、そうですよ」
美しい微笑み。そういう笑みを持った青の一族もいる。彼らは大抵、例外なく残酷だ。
残酷というか、彼らには命の価値が分からないらしい。何かが欠落している……そんな血の徒花。
青の血の……それもまた、一側面だ。
「それは、ただの愛情じゃなくて……愛なんだね」
僕は……おかしかった。そう、それは確かに僕には持てない感情だった。
年を取りすぎていたからかもしれないし、あるいは僕が青の一族ではなかったからかもしれない。
僕にはちゃんと、妻がいた……。もう亡くなってしまっていたけど。そのことは、幸いだった。この場合。
「君は、マジックくんのことが……好きなんだ」
ごふっと笑った口から、血の泡が吹き出す。
もうあんまり喋れないことは分かっていた。最後に何を言うべきか……僕はそれだけを考えていた。
ミツヤは、優秀な若者だった。しかし傍系ゆえに、一族から排除されかかってもいた。
そこを救ったのはマジックだ。彼を自分の補佐官として選んだ。……僕を選んだように。
そしてミツヤはマジックの家に行って、彼の家族の中に溶け込んでいた。
同じ青の血を引いているからこそ、出来たことだ。
それは確かに僕には出来ないことだった。僕は、だからこそ彼が、僕にはないものを持って、
共にマジックを支えてくれると……そんな未来を描いていたのだけれど。……愚かしいことに。
血が僕を裏切った。青の血が。とうとう、最後まで。
青の血ゆえにミツヤはマジックを愛し、青の血ゆえにミツヤは平然と僕を排除しにかかった。
青の血が……血が……。ああ、もう、止まらない……。流れ出る血が、止まらない……。
僕は……何も言うことが出来ないままに、倒れていった……。
胸を何かが貫く。眼魔砲……。青の力……。
僕の……覇王……。
◆
ミツヤはマジックに報告をする。
「マジック、悪い知らせだよ。書記官が亡くなった。……たぶん、暗殺されたんだろうね」
「……誰にだ?」
マジックは尋ねる。瞳に怒りをたぎらせて。
「さあ……おそらく、一族のものだろうね。彼の胸には眼魔砲の跡が残っていたから」
「クソッ」
ダンと執務机に拳が打ち付けられる。
「……ラッコンか?」
「あるいはね」
ミツヤはうなずいた。神妙な顔で。そこには悲しみをたたえて。
確かに彼は悲しかったから。自分の前にあのような人間がマジックの側に存在したことは。
マジックは瞳を、その秘石眼をぎらつかせながら、壁をにらんでいた。
これでまた、彼は叔父を排除する意志を固めただろう。……すべてはミツヤの計算通り。
あの男は最後まで役に立ってくれた。そのことだけは、評価してもいい。
でも……ダメなんだ、彼では。ミツヤはそう考えた。
一族ではないから、ではない。実力が足りなかったから、でもない。
とにかく、彼は危険だった。ミツヤにとって。ただ目の前にいるだけで、腹立たしかった。
利用価値は確かにあったのだけど、それ以上に感情が逆撫でされた。
彼を見る度に膨れあがっていく何かがあった。
それが何なのかは、他ならぬ彼が答えを出してくれた。
――「君は、マジックくんのことが……好きなんだ」
そう、ミツヤはマジックのことが好きだ。彼を愛している。他の誰よりも。他の何よりも。
マジックはミツヤの覇王。ミツヤだけの覇王。
あの男ではダメだ。マジックの寵愛を受けるのは、この僕――ミツヤ一人でいい。
……そう、気づいた。あの彼が、教えてくれた。
マジックの側にいるだけで、膨れあがっていくこの感情。それに彼が名前を与えてくれた。
これは"愛"だと。
怒りに震えるマジックを横目で見ながら、ミツヤは微笑む。この上なく美しくて優しい微笑みを。
若き覇王の怒りを受けて、体の中を流れる青の血がうごめくのを感じる。
それはとても幸せな感覚だった。ぞくぞくするような快感だった。
「マジック――君は僕の覇王なんだよ」
ミツヤはささやく。
「だから邪魔者は排除しないとね」
「……ああ」
「僕たちの行く道を、誰にも邪魔させたりはしないよ」
「そうだな」
マジックはうなずく。その言葉の正しい意味を知らないままに。
年若きガンマ団の総帥マジック。
彼は光の道を歩んでいた。どこかで誰かが願ったとおりに。
だが光が強ければ強いほど、その闇もまた濃いことを……マジックはまだ、知らなかった。
2007.1.31
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