誰かが願ったこと 後編


ここにもう一人、若者がいた。彼の名前はミツヤ。
青の一族の傍系。でも、それ以外はきっと僕と同じ……。
知っていた、分かっていた、彼がどんな目でマジックを見ているのかを。
だってそれは僕と同じだったから。彼に憧れ、彼を愛した。マジックを……自分の覇王だと……。

「どうして……?」
僕は尋ねる。
「君と僕は……同じじゃないか……」
「いいえ、違います」
ミツヤは微笑んで言う。
「マジックの側には、僕だけでいい」
「……そう」
僕は……分かってしまった……。長く生きてきたから。そういう人間もいることを、知っていた。
独占欲、愛着、それとも、なんていうのかな。……狂気、いや……。
「ふふふっ」
僕は笑った。肩からの出血は激しく、もう自分が助からないことは知っていた。
だからこそ、僕は笑った。
「ミツヤくん。君はマジックくんのことが好きなんだね」
「ええ、そうですよ」
美しい微笑み。そういう笑みを持った青の一族もいる。彼らは大抵、例外なく残酷だ。
残酷というか、彼らには命の価値が分からないらしい。何かが欠落している……そんな血の徒花。
青の血の……それもまた、一側面だ。

「それは、ただの愛情じゃなくて……愛なんだね」
僕は……おかしかった。そう、それは確かに僕には持てない感情だった。
年を取りすぎていたからかもしれないし、あるいは僕が青の一族ではなかったからかもしれない。
僕にはちゃんと、妻がいた……。もう亡くなってしまっていたけど。そのことは、幸いだった。この場合。
「君は、マジックくんのことが……好きなんだ」
ごふっと笑った口から、血の泡が吹き出す。
もうあんまり喋れないことは分かっていた。最後に何を言うべきか……僕はそれだけを考えていた。

ミツヤは、優秀な若者だった。しかし傍系ゆえに、一族から排除されかかってもいた。
そこを救ったのはマジックだ。彼を自分の補佐官として選んだ。……僕を選んだように。
そしてミツヤはマジックの家に行って、彼の家族の中に溶け込んでいた。
同じ青の血を引いているからこそ、出来たことだ。
それは確かに僕には出来ないことだった。僕は、だからこそ彼が、僕にはないものを持って、
共にマジックを支えてくれると……そんな未来を描いていたのだけれど。……愚かしいことに。

血が僕を裏切った。青の血が。とうとう、最後まで。
青の血ゆえにミツヤはマジックを愛し、青の血ゆえにミツヤは平然と僕を排除しにかかった。
青の血が……血が……。ああ、もう、止まらない……。流れ出る血が、止まらない……。

僕は……何も言うことが出来ないままに、倒れていった……。
胸を何かが貫く。眼魔砲……。青の力……。
僕の……覇王……。

ミツヤはマジックに報告をする。
「マジック、悪い知らせだよ。書記官が亡くなった。……たぶん、暗殺されたんだろうね」
「……誰にだ?」
マジックは尋ねる。瞳に怒りをたぎらせて。
「さあ……おそらく、一族のものだろうね。彼の胸には眼魔砲の跡が残っていたから」
「クソッ」
ダンと執務机に拳が打ち付けられる。
「……ラッコンか?」
「あるいはね」
ミツヤはうなずいた。神妙な顔で。そこには悲しみをたたえて。
確かに彼は悲しかったから。自分の前にあのような人間がマジックの側に存在したことは。

マジックは瞳を、その秘石眼をぎらつかせながら、壁をにらんでいた。
これでまた、彼は叔父を排除する意志を固めただろう。……すべてはミツヤの計算通り。
あの男は最後まで役に立ってくれた。そのことだけは、評価してもいい。

でも……ダメなんだ、彼では。ミツヤはそう考えた。
一族ではないから、ではない。実力が足りなかったから、でもない。
とにかく、彼は危険だった。ミツヤにとって。ただ目の前にいるだけで、腹立たしかった。
利用価値は確かにあったのだけど、それ以上に感情が逆撫でされた。
彼を見る度に膨れあがっていく何かがあった。
それが何なのかは、他ならぬ彼が答えを出してくれた。

――「君は、マジックくんのことが……好きなんだ」

そう、ミツヤはマジックのことが好きだ。彼を愛している。他の誰よりも。他の何よりも。
マジックはミツヤの覇王。ミツヤだけの覇王。
あの男ではダメだ。マジックの寵愛を受けるのは、この僕――ミツヤ一人でいい。
……そう、気づいた。あの彼が、教えてくれた。
マジックの側にいるだけで、膨れあがっていくこの感情。それに彼が名前を与えてくれた。
これは"愛"だと。

怒りに震えるマジックを横目で見ながら、ミツヤは微笑む。この上なく美しくて優しい微笑みを。
若き覇王の怒りを受けて、体の中を流れる青の血がうごめくのを感じる。
それはとても幸せな感覚だった。ぞくぞくするような快感だった。

「マジック――君は僕の覇王なんだよ」
ミツヤはささやく。
「だから邪魔者は排除しないとね」
「……ああ」
「僕たちの行く道を、誰にも邪魔させたりはしないよ」
「そうだな」
マジックはうなずく。その言葉の正しい意味を知らないままに。

年若きガンマ団の総帥マジック。
彼は光の道を歩んでいた。どこかで誰かが願ったとおりに。
だが光が強ければ強いほど、その闇もまた濃いことを……マジックはまだ、知らなかった。


2007.1.31

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