それほどすごいことではない。珍しくないというべきか。
幾何学に模様を作ろうとするなら、ごく当たり前に出てくる形だ。けれどもその素直さが、愛おしい。
変に凝らず、ただ数字の自然に身を任せて作られた形。黄金比。それは五芒星の中にもある。
ルーザーはサービスの肩を抱き寄せる。弟は自然に身を預けてくる。
このようにして、彼は自然と身を任せたのだろう。数という自然に。
素直な弟。ルーザーはその頬に口付けする。
「とても綺麗だよ」
そうささやいた。
「ありがとうございます。兄さんにそう言ってもらえるのが、一番嬉しい」
サービスは笑う。くすぐったそうに。
中央には星の形をした、赤と青のインパチェンス。
そのまわりに、一つ一つの花が大きい、球根のベゴニアが四つの螺旋を描いて伸びていく。色は黄色。
その先には三角の薄青のワスレナグサがおかれ、さらに外側にはバラの苗木。
立方体に形作られた、つるバラの木。色は薄く、ほとんど白に近い赤や黄色や紫。
出来るだけ様々な色を使って、けれどもきちんと調和するように。
ルーザーの頭脳は、使われている植物の種類が、あえて自分が最初にあげたもので
揃えられていることまで見抜いていた。
◆
とても美しい庭。だが……。
「一番ね……」
ルーザーの呟きに、サービスの肩がぴくりと動いた。彼も自分の失言に気がついたらしい。
「ハーレムやマジック兄さんは、なんて言ったんだい?」
「……ええと」
誤魔化そうとする。それもまた、この末弟のすることなら愛おしかったが、許しはしない。
肩を抱く手に力を込める。ひときわ強く抱き寄せて、ルーザーはサービスの耳元にささやいた。
「サービス」
彼の名前を。
「……別に、大したことじゃないんですよ」
弟は困ったように微笑む。彼が困っているのは自分のためではなく、兄たちのためだった。
それも分かる。だから、知らなくてはと思う。ルーザーという人間には、あまりないことだが。
「ハーレムはそう、何か破壊衝動が刺激されるらしいです。こういうものを見ていると」
サービスはくすくす笑った。
「子供の頃から変わりませんね」
「……まったくだね」
だがこれが父の庭なら、ハーレムは踏みつぶしたりはしないだろう。
噴水に飛び込み、彫像にいたずら書きをしても、整えられた花壇を踏みつぶすことはしなかった。
そのあたりに植えられた花なら蹴散らしていたが。
彼は――ハーレムは、ああ見えても、線引きははっきりしている。
やっていいことといけないことの区別は、ぎりぎりのところで分かっている。線の内側と外側。
「甘えなんですよ」
サービスは言う。
「そうだろね」
ルーザーも認める。
「ハーレムは実際に壊したりはしません」
「当たり前だ」
そんなことをしたら、絶対に許さない。……ただ、それならせめて黙っていろと思う。
――美しい庭だから、壊したい。
それが士官学校にも行かず、戦場に出ると言い張っている、
つまりもう一人前だと認めたがられている、人間の言うことだろうか。
ルーザーはため息をついた。
「兄さん。そんなに怒らないで下さい」
「おまえに怒っているわけじゃないよ」
「それでもです」
サービスは頬にキスをする。優しいキスを。ルーザーをなだめるための、心を込めたキスを。
……ハーレムのために。
その事実には心が苛ついたが、一方で確かに彼のキスには心をなだめる魔法があった。
優しいからだろう。その感触も、彼の心も。
「それで、マジック兄さんは?」
「……別に、何も」
「相談はしたんだろう?」
庭を大きくいじるのに、長兄の許可を取らないはずはなかった。
「あまり金はかけるなって言ってましたけどね」
「兄さんらしくないね」
そんな俗っぽい、微細なことにこだわるなんて。
「たぶん……、気に入らなかったんじゃないかな」
そこで初めて、サービスの口調は明確にかげった。
「何が?」
「なんていうか、青の一族の人間が庭いじりをするなんて」
「分からないね」
サービスは自分の肩にまわされている、ルーザーの左手に自分の左手をからませる。
あまえるように、すがるように、そっと握ってくる。
「父さんだって庭には、いろいろとこだわっていたよ」
「でも、自分で図面を引いたりはしなかったでしょう。庭師に指図はしても」
「うん……そうだね」
「僕は一から自分で作ってみたかったから。それは確かに、ちょっと……」
「なに?」
弟は自分から首を預けてきた。傾けて、そっとルーザーの肩にのせる。
「青の一族らしくなかったかもしれない」
彼はそのことを後悔しているらしかった。
「愚かなことだよ」
ルーザーは言う。
「マジック兄さんらしくもない」
「そうかな……僕は、マジック兄さんらしいと思ったけれど」
「見解の相違だね」
ルーザーとサービスの、ではなく、サービスとマジックの。……青の一族というものに対する。
兄――マジックが、それ――"一族らしさ"――にこだわっていることは知っていた。
けれども、もしルーザーが庭の図面を引きたいというならば、
マジックはそれを「一族らしくない」とは言わないだろう。ルーザーにだって、そのくらいは分かる。
……20年近く兄弟をしているのだから。
その間、マジックは決してルーザーを「一族らしくない」とは言わなかった。
士官学校に行って軍人になろうとしているサービスよりも、幼い頃からひたすら学問に打ち込み、
人との関わりを極力絶とうとするルーザーのほうが、よっぽど一族らしさからは外れていると思うのだが。
つまり、問題は別のところにあるのだろう。そこまでは分かるが、そこから先は……。
……あまり、考えたくないことだった。確かに。
分からないと簡単に言ってしまえばいいのだろうが、それをするにはあまりにも……距離が近い。
同じ兄弟なのだから。
「サービス」
「はい」
「僕はおまえを愛しているよ」
「ええ。ありがとう、ルーザー兄さん」
「……マジック兄さんも、きっとおまえを愛しているよ」
「……分かっています」
ルーザーに言えるのは、それだけだった。
代わりに彼は、弟の頬にキスを返した。先ほど、サービスがハーレムのためにキスをしたように、
今度はルーザーがマジックのために、キスを。……あまり、しないことだが。
このルーザーが、誰かのために何かをするだなんて。
でもそれがマジック兄さんとサービスのことならば。ルーザーは何かをしたかった。
それはやはり、とても珍しいことなのだった。
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