黄金の庭 中編


それほどすごいことではない。珍しくないというべきか。
幾何学に模様を作ろうとするなら、ごく当たり前に出てくる形だ。けれどもその素直さが、愛おしい。
変に凝らず、ただ数字の自然に身を任せて作られた形。黄金比。それは五芒星の中にもある。
ルーザーはサービスの肩を抱き寄せる。弟は自然に身を預けてくる。
このようにして、彼は自然と身を任せたのだろう。数という自然に。
素直な弟。ルーザーはその頬に口付けする。
「とても綺麗だよ」
そうささやいた。
「ありがとうございます。兄さんにそう言ってもらえるのが、一番嬉しい」
サービスは笑う。くすぐったそうに。

中央には星の形をした、赤と青のインパチェンス。
そのまわりに、一つ一つの花が大きい、球根のベゴニアが四つの螺旋を描いて伸びていく。色は黄色。
その先には三角の薄青のワスレナグサがおかれ、さらに外側にはバラの苗木。
立方体に形作られた、つるバラの木。色は薄く、ほとんど白に近い赤や黄色や紫。
出来るだけ様々な色を使って、けれどもきちんと調和するように。
ルーザーの頭脳は、使われている植物の種類が、あえて自分が最初にあげたもので
揃えられていることまで見抜いていた。

とても美しい庭。だが……。
「一番ね……」
ルーザーの呟きに、サービスの肩がぴくりと動いた。彼も自分の失言に気がついたらしい。
「ハーレムやマジック兄さんは、なんて言ったんだい?」
「……ええと」
誤魔化そうとする。それもまた、この末弟のすることなら愛おしかったが、許しはしない。
肩を抱く手に力を込める。ひときわ強く抱き寄せて、ルーザーはサービスの耳元にささやいた。
「サービス」
彼の名前を。

「……別に、大したことじゃないんですよ」
弟は困ったように微笑む。彼が困っているのは自分のためではなく、兄たちのためだった。
それも分かる。だから、知らなくてはと思う。ルーザーという人間には、あまりないことだが。
「ハーレムはそう、何か破壊衝動が刺激されるらしいです。こういうものを見ていると」
サービスはくすくす笑った。
「子供の頃から変わりませんね」
「……まったくだね」
だがこれが父の庭なら、ハーレムは踏みつぶしたりはしないだろう。
噴水に飛び込み、彫像にいたずら書きをしても、整えられた花壇を踏みつぶすことはしなかった。
そのあたりに植えられた花なら蹴散らしていたが。
彼は――ハーレムは、ああ見えても、線引きははっきりしている。
やっていいことといけないことの区別は、ぎりぎりのところで分かっている。線の内側と外側。

「甘えなんですよ」
サービスは言う。
「そうだろね」
ルーザーも認める。
「ハーレムは実際に壊したりはしません」
「当たり前だ」
そんなことをしたら、絶対に許さない。……ただ、それならせめて黙っていろと思う。
――美しい庭だから、壊したい。
それが士官学校にも行かず、戦場に出ると言い張っている、
つまりもう一人前だと認めたがられている、人間の言うことだろうか。
ルーザーはため息をついた。

「兄さん。そんなに怒らないで下さい」
「おまえに怒っているわけじゃないよ」
「それでもです」
サービスは頬にキスをする。優しいキスを。ルーザーをなだめるための、心を込めたキスを。
……ハーレムのために。
その事実には心が苛ついたが、一方で確かに彼のキスには心をなだめる魔法があった。
優しいからだろう。その感触も、彼の心も。

「それで、マジック兄さんは?」
「……別に、何も」
「相談はしたんだろう?」
庭を大きくいじるのに、長兄の許可を取らないはずはなかった。
「あまり金はかけるなって言ってましたけどね」
「兄さんらしくないね」
そんな俗っぽい、微細なことにこだわるなんて。
「たぶん……、気に入らなかったんじゃないかな」
そこで初めて、サービスの口調は明確にかげった。
「何が?」
「なんていうか、青の一族の人間が庭いじりをするなんて」
「分からないね」

サービスは自分の肩にまわされている、ルーザーの左手に自分の左手をからませる。
あまえるように、すがるように、そっと握ってくる。
「父さんだって庭には、いろいろとこだわっていたよ」
「でも、自分で図面を引いたりはしなかったでしょう。庭師に指図はしても」
「うん……そうだね」
「僕は一から自分で作ってみたかったから。それは確かに、ちょっと……」
「なに?」
弟は自分から首を預けてきた。傾けて、そっとルーザーの肩にのせる。
「青の一族らしくなかったかもしれない」
彼はそのことを後悔しているらしかった。

「愚かなことだよ」
ルーザーは言う。
「マジック兄さんらしくもない」
「そうかな……僕は、マジック兄さんらしいと思ったけれど」
「見解の相違だね」
ルーザーとサービスの、ではなく、サービスとマジックの。……青の一族というものに対する。
兄――マジックが、それ――"一族らしさ"――にこだわっていることは知っていた。
けれども、もしルーザーが庭の図面を引きたいというならば、
マジックはそれを「一族らしくない」とは言わないだろう。ルーザーにだって、そのくらいは分かる。
……20年近く兄弟をしているのだから。
その間、マジックは決してルーザーを「一族らしくない」とは言わなかった。
士官学校に行って軍人になろうとしているサービスよりも、幼い頃からひたすら学問に打ち込み、
人との関わりを極力絶とうとするルーザーのほうが、よっぽど一族らしさからは外れていると思うのだが。

つまり、問題は別のところにあるのだろう。そこまでは分かるが、そこから先は……。
……あまり、考えたくないことだった。確かに。
分からないと簡単に言ってしまえばいいのだろうが、それをするにはあまりにも……距離が近い。
同じ兄弟なのだから。

「サービス」
「はい」
「僕はおまえを愛しているよ」
「ええ。ありがとう、ルーザー兄さん」
「……マジック兄さんも、きっとおまえを愛しているよ」
「……分かっています」
ルーザーに言えるのは、それだけだった。
代わりに彼は、弟の頬にキスを返した。先ほど、サービスがハーレムのためにキスをしたように、
今度はルーザーがマジックのために、キスを。……あまり、しないことだが。
このルーザーが、誰かのために何かをするだなんて。
でもそれがマジック兄さんとサービスのことならば。ルーザーは何かをしたかった。
それはやはり、とても珍しいことなのだった。

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