サービスはそっと微笑む。優しい笑みを浮かべる。
美しい弟。長く伸ばした優美な金の髪、切れ長で夕日を受けて輝く瑠璃色の瞳。赤みがかった薄い唇。
瞳は寂しそうに、唇は優しく。彼は微笑む。
ルーザーはそれが愛おしかった。そんな弟が愛おしかった。
一旦肩から手を離し、あらためて彼の体をこちらに引き寄せる。今度は正面から向かい合わせに。
そうして唇に口付けをした。サービスは拒まない。むしろ、そっと唇を開く。
舌で舌を迎え入れる。兄の舌を。優しく絡ませ合う。
静かなキス。
◆
「ねえ、サービス」
口を離して、ルーザーはささやいた。
「士官学校になんか、いかなくてもいいんだよ」
「……」
弟は困ったように微笑む。
「おまえは、おまえのやりたいことをすればいいんだ。外国にでも、どこにでも、行けばいい」
彼の学力ならば、世界のどこへ行っても通用するはずだった。
ルーザーが教え込んだ――なにせ、それが彼なりの優しさだったので――1を聞けば10を教えた、
そしてサービスはそのすべてを受け取った、この頭脳があれば。
士官学校になど……、率直に言って才能の無駄遣いだと思った。
例えばこの庭を造ることもそう。立派な才能なのに。……評価されない。それは、不幸なことだ。
瞳をそらそうとするサービスの頬を、両手ではさみこんで捕まえて、ルーザーは顔を覗き込む。
「くだらないよ。軍隊なんて」
ルーザーが今やっている研究もそうだった。軍事機密の名の下に、発表できないことばかり。
別に世界に評価されたいとは思わないが、隠さなければならない研究成果など、
所詮は大したものではないのだ。本当に価値あるものは、誰にも真似など出来ない。
けれどもルーザーが今やっている研究は、真似できるものばかりだ。量産できることばかりだ。
……別に構わないけれど。それは自分が選んだ道だけれど。
サービスには……もっと、別の生き方があるはずだった。
「ええ、でも……」
弟は優しく微笑んだ。
「僕は士官学校に行きます」
それだけはきっぱりと。
けれども、あくまで優しく。愛を込めて。
「……」
ルーザーは眉を寄せる。不愉快だった。
彼――サービスの優しさも愛情も分かったが、不愉快だった。
弟の顔。その後ろに広がる美しい庭。……破壊したいと思った。左眼の力で、跡形もなく。
……ああ、ハーレムの気持ちはこういうことなのだろうかと、少し分かった気がした。
この美しい庭がサービスの優しさの形ならば、評価されずともひっそり咲き誇る才能ならば、
そんなもの吹き飛ばしてしまえばいい。そうすれば、この弟は自由になれるのではないかと……。
ルーザーの思考は飛躍した。
彼はそれが飛躍していることを知っていたが、それはきっと正しいことも知っていた。
父の庭。それをサービスが甦らせてくれたことは嬉しかったけれども。
父の庭。なにもそこに囚われることはないのだ。
自分たちとは違って……。マジックやルーザーには守るものがあったけれども、
この弟たちは、自由に生きればいいのに。ハーレムのように。自由に。
「兄さん」
困ったように、はにかんだように、サービスは微笑んだ。
そうして自ら唇を寄せてきた。優しいキスを、その兄の唇に。そして激しく、情熱的に。
自ら顔を寄せ、両手でルーザーの顎を包み込むようにして、深い口付けを。
――ずるいね。
そう思った。キスで誤魔化すつもりかい?と。この僕を。このルーザーを。
けれどもその感触はあまりにも深く、優しく、そして甘く。
ルーザーは……悲しかった、そして嬉しかった、彼にはそんな複雑な感情は分からなかったけれども、
分からなかっただけに、それに溺れずにはいられなかった。サービスという愛情に。
いつしか彼もキスを返していた。深く、きつく、問い詰めるように。
けれども、どこまで問い詰めても、迫っても、サービスの口付けは甘くて優しいのだった。
ルーザーは目を閉じる。そしてこの訳の分からない感情に、身をゆだねる。
美しい庭。破壊してしまいたい。でも嬉しかった。愛している。手放したい。けれど、愛している。
断片はいくつも浮かんで、形をなさない。黄金比のように、とらえどころがない。
人類は確かにそれを美しいと知ってはいるが、近似値は求められても、それは数にならないのだった。
比率であって、割りきれる数ではないのだった。兄弟の力関係のように。
たしかに存在はするのだけれども、捕まえられない。形にするには、2つでなければならない。
二辺か、一対か……それとも、二人か。でも美しい。それに溺れずにはいられない。
夕日は庭を照らす。もうすぐ、この美しい庭は闇に沈んでしまうだろう。
けれども、ちゃんとそこに存在する。黄金の比で形作られた、花と緑の庭は。
――ルーザーは知らない。
今から5年と経たないうちに、この美しい弟はその右眼を抉り、代わりに自由を得ることを。
青の束縛から解き放たれることを。……しかし彼は、それを決して幸福だとは思わなかったことを。
夕日に照らされた黄金の庭。
兄弟はそこで口付けを交わす。甘く優しく、少し悲しくて、深い愛に満ちたキスを。
お互いの優しい感情を、絡ませ合いながら。
2007.3.5
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