黄金の庭 後編


サービスはそっと微笑む。優しい笑みを浮かべる。
美しい弟。長く伸ばした優美な金の髪、切れ長で夕日を受けて輝く瑠璃色の瞳。赤みがかった薄い唇。
瞳は寂しそうに、唇は優しく。彼は微笑む。
ルーザーはそれが愛おしかった。そんな弟が愛おしかった。

一旦肩から手を離し、あらためて彼の体をこちらに引き寄せる。今度は正面から向かい合わせに。
そうして唇に口付けをした。サービスは拒まない。むしろ、そっと唇を開く。
舌で舌を迎え入れる。兄の舌を。優しく絡ませ合う。
静かなキス。

「ねえ、サービス」
口を離して、ルーザーはささやいた。
「士官学校になんか、いかなくてもいいんだよ」
「……」
弟は困ったように微笑む。
「おまえは、おまえのやりたいことをすればいいんだ。外国にでも、どこにでも、行けばいい」
彼の学力ならば、世界のどこへ行っても通用するはずだった。
ルーザーが教え込んだ――なにせ、それが彼なりの優しさだったので――1を聞けば10を教えた、
そしてサービスはそのすべてを受け取った、この頭脳があれば。
士官学校になど……、率直に言って才能の無駄遣いだと思った。
例えばこの庭を造ることもそう。立派な才能なのに。……評価されない。それは、不幸なことだ。

瞳をそらそうとするサービスの頬を、両手ではさみこんで捕まえて、ルーザーは顔を覗き込む。
「くだらないよ。軍隊なんて」
ルーザーが今やっている研究もそうだった。軍事機密の名の下に、発表できないことばかり。
別に世界に評価されたいとは思わないが、隠さなければならない研究成果など、
所詮は大したものではないのだ。本当に価値あるものは、誰にも真似など出来ない。
けれどもルーザーが今やっている研究は、真似できるものばかりだ。量産できることばかりだ。
……別に構わないけれど。それは自分が選んだ道だけれど。
サービスには……もっと、別の生き方があるはずだった。
「ええ、でも……」
弟は優しく微笑んだ。
「僕は士官学校に行きます」
それだけはきっぱりと。
けれども、あくまで優しく。愛を込めて。

「……」
ルーザーは眉を寄せる。不愉快だった。
彼――サービスの優しさも愛情も分かったが、不愉快だった。
弟の顔。その後ろに広がる美しい庭。……破壊したいと思った。左眼の力で、跡形もなく。

……ああ、ハーレムの気持ちはこういうことなのだろうかと、少し分かった気がした。
この美しい庭がサービスの優しさの形ならば、評価されずともひっそり咲き誇る才能ならば、
そんなもの吹き飛ばしてしまえばいい。そうすれば、この弟は自由になれるのではないかと……。
ルーザーの思考は飛躍した。
彼はそれが飛躍していることを知っていたが、それはきっと正しいことも知っていた。

父の庭。それをサービスが甦らせてくれたことは嬉しかったけれども。
父の庭。なにもそこに囚われることはないのだ。
自分たちとは違って……。マジックやルーザーには守るものがあったけれども、
この弟たちは、自由に生きればいいのに。ハーレムのように。自由に。

「兄さん」
困ったように、はにかんだように、サービスは微笑んだ。
そうして自ら唇を寄せてきた。優しいキスを、その兄の唇に。そして激しく、情熱的に。
自ら顔を寄せ、両手でルーザーの顎を包み込むようにして、深い口付けを。

――ずるいね。
そう思った。キスで誤魔化すつもりかい?と。この僕を。このルーザーを。

けれどもその感触はあまりにも深く、優しく、そして甘く。
ルーザーは……悲しかった、そして嬉しかった、彼にはそんな複雑な感情は分からなかったけれども、
分からなかっただけに、それに溺れずにはいられなかった。サービスという愛情に。
いつしか彼もキスを返していた。深く、きつく、問い詰めるように。
けれども、どこまで問い詰めても、迫っても、サービスの口付けは甘くて優しいのだった。
ルーザーは目を閉じる。そしてこの訳の分からない感情に、身をゆだねる。

美しい庭。破壊してしまいたい。でも嬉しかった。愛している。手放したい。けれど、愛している。
断片はいくつも浮かんで、形をなさない。黄金比のように、とらえどころがない。
人類は確かにそれを美しいと知ってはいるが、近似値は求められても、それは数にならないのだった。
比率であって、割りきれる数ではないのだった。兄弟の力関係のように。
たしかに存在はするのだけれども、捕まえられない。形にするには、2つでなければならない。
二辺か、一対か……それとも、二人か。でも美しい。それに溺れずにはいられない。

夕日は庭を照らす。もうすぐ、この美しい庭は闇に沈んでしまうだろう。
けれども、ちゃんとそこに存在する。黄金の比で形作られた、花と緑の庭は。

――ルーザーは知らない。
今から5年と経たないうちに、この美しい弟はその右眼を抉り、代わりに自由を得ることを。
青の束縛から解き放たれることを。……しかし彼は、それを決して幸福だとは思わなかったことを。

夕日に照らされた黄金の庭。
兄弟はそこで口付けを交わす。甘く優しく、少し悲しくて、深い愛に満ちたキスを。
お互いの優しい感情を、絡ませ合いながら。


2007.3.5

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