黄金の庭 前編


中心には十の角を持つ星を配置し、その周囲には螺旋の渦が広がっていく。
さらにその先には三角形。そして四角形。
最後にそれはモザイクになり、一つの大きな長方形へと収束する。
構成するものは芝生の緑と、色とりどりの花。

「ねえ、兄さん」
週末、自室でルーザーが本を読んでいると、サービスがやってきて尋ねた。
「初夏に咲く、背の低い花を付ける観葉植物ってなんでしょうか?」
「メジャーなものなら、そうだね。ベゴニア、インパチェンス、ワスレナグサ……」
ルーザーは数でも数えるように、名前を挙げていく。視線は本に置いたまま。
「図書室に図鑑があるよ。Dの棚の下から二段目。右から4冊目」
「ありがとうございます」
「待って」
彼はそこで初めて視線をあげ、弟の顔を見て微笑んだ。
「何をするつもりなのか、当ててみようか?」
「ええ」
サービスも微笑む。

「数はどれくらい必要かな?」
「さあ……それもこれから数えるんです」
「じゃあ、庭だね」
「はい」
それだけだった。

すでに見た花の種類を知りたいなら、まず色や形を言うはずだ。今は4月の終わり、初夏には早い。
これから誰かに贈る花を決めるとしても、早い。それならば植えるのだろう。とはいえ断定は出来ない。
なので数を聞いた。どれくらいか。
数えるくらい多いのに、サービスがルーザーに尋ねる前に人数を計算していないことはありえない。
それに多人数に配るとすれば何かの祝いやパーティだろうが、そこで土付きの花は普通、贈らない。
数えられないくらい植えるつもりならば、それはきっと庭を形作るためだ。
それもすでにある場所に植えるのではなく、新たに作る。これから数えるとは、そういうことだ。
その程度のやり取りは、すぐに成立した。ルーザーとサービスの間ならば。

「毛氈花壇?」
「そう言うんですか?」
「あるいは平面幾何学式庭園」
「ええ、それです」
「あの中央の芝生をかい?」
庭の中央にある芝生。屋敷の中央の庭。
「兄さんは何でも分かるんですね」
「単純な推理だよ」
それでもルーザーは満足だった。打てば響くように答えるサービスの言葉は、とても心地いい。
弟はいたって理性的な人間なのだ。ルーザーがまた、そうであるように。
もっとも他の人々はあまりそのことを知らないらしいが。

「今はちょっと時間に余裕があるし……それに、もうちょっとしたら忙しくなるから」
忙しくなるとは、士官学校に入るという意味だった。
もうすぐローティーンを終わろうとするこの弟は、軍人になるのだという。それも前線に立つ将校に。
……そのようなことを、する必要はどこにもないと思うのだが。
「父さんの庭を甦らせてみようと思って」
ルーザーはその言葉に目を閉ざした。心のどこか奥底が揺さぶられる。
それはあまり、ないことだった。ルーザーには、あまり、ないことだ。
「そう」
それだけを呟いた。
「よく覚えていたね」
「僕は大好きでしたから。あの庭が」
父が亡くなったとき、サービスはまだ7歳だった。充分な年齢だったとも言えるし、
充分に幼かったとも言える。庭の形を覚えているには。

父が生きていた頃、四兄弟の屋敷の庭は色とりどりの花で飾られていた。
生け垣や木立や噴水の他に、芝生の上に図形を描いて、それを花で形作る。
ルーザーのいう"平面幾何学式庭園"だ。俗にフランス式庭園とも呼ばれる。
ただし、これは作るのにも維持にもとても手間がかかる。
ゆえに父の死後は、消えてしまった。だれも指示する人間がいなくなったせいもあるし、
使用人達を必要最小限にして解雇してしまったからでもある。それにもまた、様々な理由があった。
ともあれ、消えてしまった。ただ一面の芝生になった。それが事実だ。

「ふうん……」
様々な感慨を込めて、ルーザーは再び吐息をもらした。
「頑張ってみますよ」
「そう」
「楽しみにしていてくださいね」
「うん……そうだね」
本にしおりをはさんで、ぱたりと閉じる。
「ねえ、サービス」
「なんでしょう、兄さん」

「褒美は?」
ルーザーは微笑む。優しい笑みを。
「はい」
弟は当然のように兄の頬にキスをした。当てたご褒美。何をするつもりなのか、見抜いた褒賞。
キスは何度も繰り返し。頬に、それから唇の端に。額に。相手がもういいと言うまで。そんなルールで。
ルーザーは目を閉じてそれを受ける。皮膚感覚だけで、弟のキスを楽しむ。その唇の感触を味わう。
最後にサービスは軽く、兄の唇に唇を触れさせて、そこでルーザーは目を開けた。
「ありがとう」
「いえ、それは僕の言葉ですよ。兄さん」
兄弟は見つめ合って、微笑んだ。彼らはそれだけで、通じ合えたから。お互いに相手を、"愛している"と。

そうしてこの庭園は完成した。
一からサービスが自分で図面を引き、図鑑を調べて花を取り寄せ、いくつも並べて検討し、
庭師を呼び寄せて指示を出して、作り上げたのだ。
ルーザーは週末、家に帰るごとに、少しずつ出来上がっていくこの庭園が楽しみだった。
家の裏側。窓辺に立つとすぐに分かる、庭の中央に。今まではただ一面の芝生だったところが、
糸が張られ、土が掘り返されて、花が植えられ、水がまかれた。そしてしばしの時間が流れた。
ただそれだけのこと。でも、そこにどれだけの手間暇がかかっているのか。

ゆっくりとその成果を味わう。
「五芒星が二つだね」
まずそれを指摘した。
「ええ。一つだけだと、ちょっと……魔術的なので」
「うん。俗っぽいよ」
だから中央は五芒星を二つ重ねた形。十芒星とでも言うのだろうか。
ただし色は赤と青の花――インパチェンスで塗り分けているので、
やはり五芒星が二つ重なった形というべきだろう。

「どうして十にしたのかな?」
八や七ではなく。ルーザーにはそういう部分が気にかかる。
「そうですね。やっぱり僕は五芒星が好きだったのかな。中央は星の形にしようって決めていたし」
「うん……」
うなずいて、周囲の螺旋に目をやった。
「あれはどうやって描いたんだい?」
「正方形を組み合わせたんです。この芝生自体が長方形だから、最後には四角に落ち着けないとと」
サービスは指で周囲を指し、それから螺旋をなぞるかのように、指をまわす。
その仕草も、優美で綺麗だった。
「まず芝生をさいの目に区切って、正方形を二つならべて、その横にもう一つ正方形を置いて……
 だんだん大きくしていったんです」
「フィボナッチ数列だね」
「はい?」
「辺の長さが、1,1,2,3,5,8と増えていかなかったかい?」
「ああ、そうです」
「うん……」

前の二つの数字の和が、その次の数になる数式。1+1は2、1+2は3、2+3は5。
そうやって正方形を並べていく。一辺が1の正方形を2つ並べた横に、一辺が2の正方形を置く。
そしてその横には、一辺が3の正方形を。次は5を。螺旋状に、どこまでも並べていくことができる。
黄金四角形と呼ばれる図形だ。ルーザーには一目見て分かった。
なぜなら、その縦横比は、黄金比と呼ばれる比率になるから。数学のごく初歩の初歩だ。
そうして配置した正方形の角をつないでいくと、巻き貝のように美しい自然の螺旋が表れる。
すぐに分かった。これは黄金と呼ばれる形だと。

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