中心には十の角を持つ星を配置し、その周囲には螺旋の渦が広がっていく。
さらにその先には三角形。そして四角形。
最後にそれはモザイクになり、一つの大きな長方形へと収束する。
構成するものは芝生の緑と、色とりどりの花。
◆
「ねえ、兄さん」
週末、自室でルーザーが本を読んでいると、サービスがやってきて尋ねた。
「初夏に咲く、背の低い花を付ける観葉植物ってなんでしょうか?」
「メジャーなものなら、そうだね。ベゴニア、インパチェンス、ワスレナグサ……」
ルーザーは数でも数えるように、名前を挙げていく。視線は本に置いたまま。
「図書室に図鑑があるよ。Dの棚の下から二段目。右から4冊目」
「ありがとうございます」
「待って」
彼はそこで初めて視線をあげ、弟の顔を見て微笑んだ。
「何をするつもりなのか、当ててみようか?」
「ええ」
サービスも微笑む。
「数はどれくらい必要かな?」
「さあ……それもこれから数えるんです」
「じゃあ、庭だね」
「はい」
それだけだった。
すでに見た花の種類を知りたいなら、まず色や形を言うはずだ。今は4月の終わり、初夏には早い。
これから誰かに贈る花を決めるとしても、早い。それならば植えるのだろう。とはいえ断定は出来ない。
なので数を聞いた。どれくらいか。
数えるくらい多いのに、サービスがルーザーに尋ねる前に人数を計算していないことはありえない。
それに多人数に配るとすれば何かの祝いやパーティだろうが、そこで土付きの花は普通、贈らない。
数えられないくらい植えるつもりならば、それはきっと庭を形作るためだ。
それもすでにある場所に植えるのではなく、新たに作る。これから数えるとは、そういうことだ。
その程度のやり取りは、すぐに成立した。ルーザーとサービスの間ならば。
「毛氈花壇?」
「そう言うんですか?」
「あるいは平面幾何学式庭園」
「ええ、それです」
「あの中央の芝生をかい?」
庭の中央にある芝生。屋敷の中央の庭。
「兄さんは何でも分かるんですね」
「単純な推理だよ」
それでもルーザーは満足だった。打てば響くように答えるサービスの言葉は、とても心地いい。
弟はいたって理性的な人間なのだ。ルーザーがまた、そうであるように。
もっとも他の人々はあまりそのことを知らないらしいが。
「今はちょっと時間に余裕があるし……それに、もうちょっとしたら忙しくなるから」
忙しくなるとは、士官学校に入るという意味だった。
もうすぐローティーンを終わろうとするこの弟は、軍人になるのだという。それも前線に立つ将校に。
……そのようなことを、する必要はどこにもないと思うのだが。
「父さんの庭を甦らせてみようと思って」
ルーザーはその言葉に目を閉ざした。心のどこか奥底が揺さぶられる。
それはあまり、ないことだった。ルーザーには、あまり、ないことだ。
「そう」
それだけを呟いた。
「よく覚えていたね」
「僕は大好きでしたから。あの庭が」
父が亡くなったとき、サービスはまだ7歳だった。充分な年齢だったとも言えるし、
充分に幼かったとも言える。庭の形を覚えているには。
父が生きていた頃、四兄弟の屋敷の庭は色とりどりの花で飾られていた。
生け垣や木立や噴水の他に、芝生の上に図形を描いて、それを花で形作る。
ルーザーのいう"平面幾何学式庭園"だ。俗にフランス式庭園とも呼ばれる。
ただし、これは作るのにも維持にもとても手間がかかる。
ゆえに父の死後は、消えてしまった。だれも指示する人間がいなくなったせいもあるし、
使用人達を必要最小限にして解雇してしまったからでもある。それにもまた、様々な理由があった。
ともあれ、消えてしまった。ただ一面の芝生になった。それが事実だ。
「ふうん……」
様々な感慨を込めて、ルーザーは再び吐息をもらした。
「頑張ってみますよ」
「そう」
「楽しみにしていてくださいね」
「うん……そうだね」
本にしおりをはさんで、ぱたりと閉じる。
「ねえ、サービス」
「なんでしょう、兄さん」
「褒美は?」
ルーザーは微笑む。優しい笑みを。
「はい」
弟は当然のように兄の頬にキスをした。当てたご褒美。何をするつもりなのか、見抜いた褒賞。
キスは何度も繰り返し。頬に、それから唇の端に。額に。相手がもういいと言うまで。そんなルールで。
ルーザーは目を閉じてそれを受ける。皮膚感覚だけで、弟のキスを楽しむ。その唇の感触を味わう。
最後にサービスは軽く、兄の唇に唇を触れさせて、そこでルーザーは目を開けた。
「ありがとう」
「いえ、それは僕の言葉ですよ。兄さん」
兄弟は見つめ合って、微笑んだ。彼らはそれだけで、通じ合えたから。お互いに相手を、"愛している"と。
◆
そうしてこの庭園は完成した。
一からサービスが自分で図面を引き、図鑑を調べて花を取り寄せ、いくつも並べて検討し、
庭師を呼び寄せて指示を出して、作り上げたのだ。
ルーザーは週末、家に帰るごとに、少しずつ出来上がっていくこの庭園が楽しみだった。
家の裏側。窓辺に立つとすぐに分かる、庭の中央に。今まではただ一面の芝生だったところが、
糸が張られ、土が掘り返されて、花が植えられ、水がまかれた。そしてしばしの時間が流れた。
ただそれだけのこと。でも、そこにどれだけの手間暇がかかっているのか。
ゆっくりとその成果を味わう。
「五芒星が二つだね」
まずそれを指摘した。
「ええ。一つだけだと、ちょっと……魔術的なので」
「うん。俗っぽいよ」
だから中央は五芒星を二つ重ねた形。十芒星とでも言うのだろうか。
ただし色は赤と青の花――インパチェンスで塗り分けているので、
やはり五芒星が二つ重なった形というべきだろう。
「どうして十にしたのかな?」
八や七ではなく。ルーザーにはそういう部分が気にかかる。
「そうですね。やっぱり僕は五芒星が好きだったのかな。中央は星の形にしようって決めていたし」
「うん……」
うなずいて、周囲の螺旋に目をやった。
「あれはどうやって描いたんだい?」
「正方形を組み合わせたんです。この芝生自体が長方形だから、最後には四角に落ち着けないとと」
サービスは指で周囲を指し、それから螺旋をなぞるかのように、指をまわす。
その仕草も、優美で綺麗だった。
「まず芝生をさいの目に区切って、正方形を二つならべて、その横にもう一つ正方形を置いて……
だんだん大きくしていったんです」
「フィボナッチ数列だね」
「はい?」
「辺の長さが、1,1,2,3,5,8と増えていかなかったかい?」
「ああ、そうです」
「うん……」
前の二つの数字の和が、その次の数になる数式。1+1は2、1+2は3、2+3は5。
そうやって正方形を並べていく。一辺が1の正方形を2つ並べた横に、一辺が2の正方形を置く。
そしてその横には、一辺が3の正方形を。次は5を。螺旋状に、どこまでも並べていくことができる。
黄金四角形と呼ばれる図形だ。ルーザーには一目見て分かった。
なぜなら、その縦横比は、黄金比と呼ばれる比率になるから。数学のごく初歩の初歩だ。
そうして配置した正方形の角をつないでいくと、巻き貝のように美しい自然の螺旋が表れる。
すぐに分かった。これは黄金と呼ばれる形だと。
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