間違った選択 前編


「怖くないのか、サービス」
ジャンは尋ねる。
「怖くないよ」
サービスは答えた。

彼はいつもと変わらぬ静かな仕草で、黙々と作業をこなしていた。
もっとも金の髪に透き通った青の瞳を持つ彼が磨いているのは、自らのアサルトライフル。
ただ人間を殺傷するために作られた鉄のかたまりを分解し、グリスを染みこませた布で
各部を丁寧に拭いている姿は……なんというか、異質だった。
彫像のように美しい横顔に物憂げな雰囲気をただよわせて、淡々と作業を進めていく。
似合わないことおびただしい。
もっともそれは、最初、ガンマ団の士官学校で彼――サービスの姿を見たときから、
変わらない違和感だった。――どうしてこんな人間が、こんなところにいるのだろう。

だからこそジャンは、恋に落ちた。彼があまりに美しく、純粋で、優しかったから。
敵対する青の一族の人間でありながら、サービスが見せるものはあまりにも――
懐かしい、あの島の幻影に似ていたから。そして、かつて失われたものの姿にも。

だが、どうしていいのかはよく分からなかった。
そもそもジャンがガンマ団に進入したのは、日に日に強大になっていく青の一族の力を削ぐためだった。
けれども遠くから眺めていた大きな山の姿は、近づくにつれてますますその威容と高さを見せつけ。
両眼に秘石眼を持つ総帥マジック。天才科学者ルーザー。彼らが率いるガンマ団は、
昇る朝日のように強烈な輝きを放って、ジャンという小さな一個人の前に立ちふさがった。
彼は永い時を生きた秘石の番人だったが、それは楽園とも呼ばれる小さな島の中のことで、
ましてやこのように人の思惑が入り乱れる組織など……どうしていいものか。

もっと単純に考えればよかったのかもしれないと思う。
青の一族の人間を暗殺する、あるいは秘石を奪う。それだけなら、彼にだって可能性はあった。
成功するかはともかく、成功の可能性は存在した。
けれどもそうできなかったのは……。一番殺しやすい存在がサービスという人間で、
ジャンは彼に恋をしてしまい、そして……側にいたいと願ってしまったからだろうか。
いつか別れは来るとしても、今はただ少しでも長く側にいたいと。彼のことを、守りたいと。

自分が創造主の意向に逆らっていることは自覚していたが、ガンマ団への潜入に成功していること
そのものは事実であり、これは任務の途中なのだと自分に言い聞かせることは可能だった。
そうして少しでも長く長くと物事を引き延ばして……今に至る。

とうとう士官学校を卒業し、初めての実戦の場に出た。ここはそのキャンプ地だ。

「ジャン、何を考えているんだい?」
サービスが尋ねてくる。相変わらず銃に視線を向けたまま。
「どうしたもんかなあと思ってさ」
「何が?」
――どうしたらおまえを守れるんだろう。
それは言葉にならなかった。

「……戦争なんて、嫌だなあって」
だから彼は代わりに、そう言った。それもまた、事実だった。
「そうだね」
サービスは静かに微笑む。――何を今更、とは彼は言わなかった。
「でもジャン、ベストを尽くさないと、死ぬのは私たちだよ」
カシャン、カシャンと、磨き終わったパーツを元のように組み立てていく。
訓練ではもう、何十回と繰り返した動作だ。それをサービスは機械のような正確さでなぞっていく。
真摯な横顔。それを美しいと思いながら、一方で胸が締め付けられるように痛い。

「……私はおまえが死ぬところは見たくないな」
サービスはそう言った。横目でちらりとこちらを見つめながら、優しく。
「ああ……」
その瞳が、何よりも美しいと思う。この世に存在する何よりも、サービスは綺麗だった。
そしてそんな彼が、自分の命を心配してくれることは……胸が痛い。
それは永い時を生きてなお、初めて経験する胸の痛みだった。
騙していること、それでも好きであること。双方からの痛みがジャンをさいなむ。
「怖いのかい、ジャン?」
相手はそう聞いてきた。
「怖いよ」
ジャンは答える。だがそれは戦場が怖いという意味ではなかった。

人間同士が殺意をぶつけ合い、人がモノのように死んでいく場所。それは怖いはずだった。
人間の優しく美しい部分だけを愛して創られ、育てられた楽園の守り人にとって、
戦場はもっとも忌まわしい場所のはずだった。
だがそれよりも何よりも……今のジャンには、「守れないかもしれない」ということが、怖い。

「そう……」
サービスは肯定する。あくまで優しく。そうして自分の銃の動作を確認した後、それを丁寧に置き、
こちらに手を伸ばしてきた。
「おまえのもチェックしてやるよ。銃の手入れって苦手だろ、ジャン」
ジャンは無言のまま、自分の銃を差し出した。確かに彼はそれが苦手だった。
タイを結ぶことよりも、きっと苦手だった。殺すためだけの鉄のかたまり、それはあまりにおぞましい。
格闘ならともかく――格闘なら手加減は効く、最後まで。でも銃は引き金を引いてそれでお終いだ。
いつまで経っても、好きには慣れなかった。そんなこと、軍隊では決して許されないことなのだが。
サービスは全てを知って、それでもなお、ジャンを受け入れる。
……ただ、彼が赤の番人であることだけは、知らない。

知っても受け入れてくれるのだろうか……、
手慣れた様子でジャンの銃のチェックを始めるサービスを身ながら、彼は考える。
「……」
口を開きかけたが、言葉は出てこなかった。
サービスもまた、何も言わない。彼もきっと緊張しているのだろう。初めての実戦で。
他の皆もそうだ。キャンプには静かな緊迫感がみなぎっている。
その中で淡々と自分がすべきことをしているサービスは、きっと正しい。そして強い。
そしてこの期に及んでなお迷っている自分は……間違っているのだろう。弱いのだろう。

ジャンはぼんやりと天井を見つめ、そこに吊されたランプの明かりに目をやる。
自分の無力さを思い知りながら。
自分一人の身なら、なんとでもなる。創造主に与えられたバリアの力もある。
けれども自分以外の人間は、どのように守ればいいのだろう。
どこから弾が飛んでくるか分からない戦場で。……分からない。

そのバリアの力にしても、本当に使えるのだろうかと考えた。使ってしまったら、
まず確実に赤の一族であることはばれる。今のジャンが何よりも恐れていることだった。
……サービスはきっと、自分が赤の人間だと知っても、受け入れてくれる。そう信じている。
9割以上の確率で。でも残りの1割に満たない確率が怖い。
そんな感情は、初めて知った。
人はこんなに臆病になるのかと、初めて知った。……好きだから。好きであるがゆえに。

「なあ、サービス」
言葉を発する。不安を埋めるかのように。実戦を前に、少しでも何かを言っておこうと。
失うかもしれない恐怖と引き替えに、彼は言葉を発した。
「なんだい?」
「もし負けたら、どうする?」
戦況は不利だった。二人ともそのことを知っていた。
本来、新兵がいきなり送り込まれるような場所ではないのだ。ましてや総帥の弟が。
もっとも、総帥の弟だからこそ、送り込まれたのかもしれない。言葉にせずとも、二人は思っていた。
「今から考えても仕方ないよ」
サービスは淡々と言いながら、分解した銃の部品を磨き始める。
「私たちはやるべきことをするだけだ」
それは彼の口癖でもあった。士官学校時代から。

「やるべきこと、ね」
サービスにとってのやるべきことというのは、総帥の弟にふさわしく戦うことなのだろう。
しかしジャンにとってのやるべきこととは……、なんだろうか。
サービスが死地に陥ったとき、それを守ることが……自分のすべきことなのだろうか。
分からない。だからこそ、苦しい。そして、悲しい。そんな自分が。
「今日はいつになく静かだね、ジャン」
彼はクスリと微笑んだ。
「そっかなー、そうかもなー」
ジャンは答えながら、腕を大きく伸ばして、椅子の背もたれにもたれかかる。
「おまえらしくないよ」
簡単にそんなことを言う。ジャンが何者であるかなど、知らないのに。それなのに、あっさりと。
彼の心を突く。

「んじゃあ、俺らしい本音を言ってもいい?」
ジャンは言った。わざと明るい口調で。

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