「怖くないのか、サービス」
ジャンは尋ねる。
「怖くないよ」
サービスは答えた。
彼はいつもと変わらぬ静かな仕草で、黙々と作業をこなしていた。
もっとも金の髪に透き通った青の瞳を持つ彼が磨いているのは、自らのアサルトライフル。
ただ人間を殺傷するために作られた鉄のかたまりを分解し、グリスを染みこませた布で
各部を丁寧に拭いている姿は……なんというか、異質だった。
彫像のように美しい横顔に物憂げな雰囲気をただよわせて、淡々と作業を進めていく。
似合わないことおびただしい。
もっともそれは、最初、ガンマ団の士官学校で彼――サービスの姿を見たときから、
変わらない違和感だった。――どうしてこんな人間が、こんなところにいるのだろう。
だからこそジャンは、恋に落ちた。彼があまりに美しく、純粋で、優しかったから。
敵対する青の一族の人間でありながら、サービスが見せるものはあまりにも――
懐かしい、あの島の幻影に似ていたから。そして、かつて失われたものの姿にも。
だが、どうしていいのかはよく分からなかった。
そもそもジャンがガンマ団に進入したのは、日に日に強大になっていく青の一族の力を削ぐためだった。
けれども遠くから眺めていた大きな山の姿は、近づくにつれてますますその威容と高さを見せつけ。
両眼に秘石眼を持つ総帥マジック。天才科学者ルーザー。彼らが率いるガンマ団は、
昇る朝日のように強烈な輝きを放って、ジャンという小さな一個人の前に立ちふさがった。
彼は永い時を生きた秘石の番人だったが、それは楽園とも呼ばれる小さな島の中のことで、
ましてやこのように人の思惑が入り乱れる組織など……どうしていいものか。
もっと単純に考えればよかったのかもしれないと思う。
青の一族の人間を暗殺する、あるいは秘石を奪う。それだけなら、彼にだって可能性はあった。
成功するかはともかく、成功の可能性は存在した。
けれどもそうできなかったのは……。一番殺しやすい存在がサービスという人間で、
ジャンは彼に恋をしてしまい、そして……側にいたいと願ってしまったからだろうか。
いつか別れは来るとしても、今はただ少しでも長く側にいたいと。彼のことを、守りたいと。
自分が創造主の意向に逆らっていることは自覚していたが、ガンマ団への潜入に成功していること
そのものは事実であり、これは任務の途中なのだと自分に言い聞かせることは可能だった。
そうして少しでも長く長くと物事を引き延ばして……今に至る。
とうとう士官学校を卒業し、初めての実戦の場に出た。ここはそのキャンプ地だ。
◆
「ジャン、何を考えているんだい?」
サービスが尋ねてくる。相変わらず銃に視線を向けたまま。
「どうしたもんかなあと思ってさ」
「何が?」
――どうしたらおまえを守れるんだろう。
それは言葉にならなかった。
「……戦争なんて、嫌だなあって」
だから彼は代わりに、そう言った。それもまた、事実だった。
「そうだね」
サービスは静かに微笑む。――何を今更、とは彼は言わなかった。
「でもジャン、ベストを尽くさないと、死ぬのは私たちだよ」
カシャン、カシャンと、磨き終わったパーツを元のように組み立てていく。
訓練ではもう、何十回と繰り返した動作だ。それをサービスは機械のような正確さでなぞっていく。
真摯な横顔。それを美しいと思いながら、一方で胸が締め付けられるように痛い。
「……私はおまえが死ぬところは見たくないな」
サービスはそう言った。横目でちらりとこちらを見つめながら、優しく。
「ああ……」
その瞳が、何よりも美しいと思う。この世に存在する何よりも、サービスは綺麗だった。
そしてそんな彼が、自分の命を心配してくれることは……胸が痛い。
それは永い時を生きてなお、初めて経験する胸の痛みだった。
騙していること、それでも好きであること。双方からの痛みがジャンをさいなむ。
「怖いのかい、ジャン?」
相手はそう聞いてきた。
「怖いよ」
ジャンは答える。だがそれは戦場が怖いという意味ではなかった。
人間同士が殺意をぶつけ合い、人がモノのように死んでいく場所。それは怖いはずだった。
人間の優しく美しい部分だけを愛して創られ、育てられた楽園の守り人にとって、
戦場はもっとも忌まわしい場所のはずだった。
だがそれよりも何よりも……今のジャンには、「守れないかもしれない」ということが、怖い。
「そう……」
サービスは肯定する。あくまで優しく。そうして自分の銃の動作を確認した後、それを丁寧に置き、
こちらに手を伸ばしてきた。
「おまえのもチェックしてやるよ。銃の手入れって苦手だろ、ジャン」
ジャンは無言のまま、自分の銃を差し出した。確かに彼はそれが苦手だった。
タイを結ぶことよりも、きっと苦手だった。殺すためだけの鉄のかたまり、それはあまりにおぞましい。
格闘ならともかく――格闘なら手加減は効く、最後まで。でも銃は引き金を引いてそれでお終いだ。
いつまで経っても、好きには慣れなかった。そんなこと、軍隊では決して許されないことなのだが。
サービスは全てを知って、それでもなお、ジャンを受け入れる。
……ただ、彼が赤の番人であることだけは、知らない。
知っても受け入れてくれるのだろうか……、
手慣れた様子でジャンの銃のチェックを始めるサービスを身ながら、彼は考える。
「……」
口を開きかけたが、言葉は出てこなかった。
サービスもまた、何も言わない。彼もきっと緊張しているのだろう。初めての実戦で。
他の皆もそうだ。キャンプには静かな緊迫感がみなぎっている。
その中で淡々と自分がすべきことをしているサービスは、きっと正しい。そして強い。
そしてこの期に及んでなお迷っている自分は……間違っているのだろう。弱いのだろう。
ジャンはぼんやりと天井を見つめ、そこに吊されたランプの明かりに目をやる。
自分の無力さを思い知りながら。
自分一人の身なら、なんとでもなる。創造主に与えられたバリアの力もある。
けれども自分以外の人間は、どのように守ればいいのだろう。
どこから弾が飛んでくるか分からない戦場で。……分からない。
そのバリアの力にしても、本当に使えるのだろうかと考えた。使ってしまったら、
まず確実に赤の一族であることはばれる。今のジャンが何よりも恐れていることだった。
……サービスはきっと、自分が赤の人間だと知っても、受け入れてくれる。そう信じている。
9割以上の確率で。でも残りの1割に満たない確率が怖い。
そんな感情は、初めて知った。
人はこんなに臆病になるのかと、初めて知った。……好きだから。好きであるがゆえに。
「なあ、サービス」
言葉を発する。不安を埋めるかのように。実戦を前に、少しでも何かを言っておこうと。
失うかもしれない恐怖と引き替えに、彼は言葉を発した。
「なんだい?」
「もし負けたら、どうする?」
戦況は不利だった。二人ともそのことを知っていた。
本来、新兵がいきなり送り込まれるような場所ではないのだ。ましてや総帥の弟が。
もっとも、総帥の弟だからこそ、送り込まれたのかもしれない。言葉にせずとも、二人は思っていた。
「今から考えても仕方ないよ」
サービスは淡々と言いながら、分解した銃の部品を磨き始める。
「私たちはやるべきことをするだけだ」
それは彼の口癖でもあった。士官学校時代から。
「やるべきこと、ね」
サービスにとってのやるべきことというのは、総帥の弟にふさわしく戦うことなのだろう。
しかしジャンにとってのやるべきこととは……、なんだろうか。
サービスが死地に陥ったとき、それを守ることが……自分のすべきことなのだろうか。
分からない。だからこそ、苦しい。そして、悲しい。そんな自分が。
「今日はいつになく静かだね、ジャン」
彼はクスリと微笑んだ。
「そっかなー、そうかもなー」
ジャンは答えながら、腕を大きく伸ばして、椅子の背もたれにもたれかかる。
「おまえらしくないよ」
簡単にそんなことを言う。ジャンが何者であるかなど、知らないのに。それなのに、あっさりと。
彼の心を突く。
「んじゃあ、俺らしい本音を言ってもいい?」
ジャンは言った。わざと明るい口調で。
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