アイスクリームは至って人間的な食べ物だと、ジャンは言う。
サービスはそんなアイスクリームを今日も楽しむジャンの姿を見ながら、紅茶を楽しんでいた。
ここは遠い異国の街角のカフェ。道路に張り出したテラス席は、まだ肌寒いこともあって、人影は少ない。
かと思いきや、意外と人々はコートやジャケットに身を固めて、早い春の香りを楽しんでいる。
そんなこの国が、サービスは好きだった。
しかしアイスクリームなど食べているのは、さすがにこの男だけだが。
アッサムの紅茶に口をつける。美味しい。この国にしては。
もっとも最近では、この国でも紅茶専門店が流行り、
一方海を隔てた隣国ではコーヒーカフェが流行っているという。
……人々はお互いに、自分にないものに憧れるのだろうか。
そんな空想を弄ぶ。……まるで、ジャンとサービスのようだと。
「よく飽きないな」
ぼそりとそう言った。まだ昨日の疲れが抜けていないせいか、全身がけだるい。
今日は昼まで寝ていたし、そのままずっとホテル内で過ごしていてもよかったのだが、
ジャンが外出しようと言い張った。
彼としてはどうしても、一日一度は外の空気を吸わなければ、体が保たないらしい。
――勝手にしろ。
と言ったら、激しく嘆かれた。「ひどい」だの「冷たい」だの「ずるい」だの。
どれも私らしくて、非常に結構じゃないかと思った――そして実際に言った――のだが、
結局……こうして付き合ってしまっている。何故だろう。いつも不思議でならない。
「え、何が?」
「アイスクリーム」
「うん。飽きないね。いつまででも、こうしていたい」
そんな心底幸せそうな顔で言われても……と思う。
「まあ、寒いからいいかもね」
「へ?」
「寒いからアイスクリームがなかなか溶けない」
言いつつ、暖かな紅茶を一口すする。
「おお、なるほど」
ジャンはぱちりと指を鳴らした。
――本当におめでたいな、おまえは。
そう思うのだが、そんなジャンがどうしようもなく好きなのだった。
そんな自分もおめでたいのかもしれない。素直に認める。なにせ、体がけだるいから。
「じゃあゆっくり舐めよう」
こちらを意味ありげな視線で眺めて、ジャンはアイスクリームに舌をのばす。
「ああ、そう」
うなずいて上品に紅茶のカップを傾ける。
「……ちぇ」
なにが「ちぇ」なのかと思ったが、考えることは頭が拒否した。まだ昼だ。
ホテル内で遅いブランチをとって、食後は街角のカフェで、それが二人の合意だった。
「もう少し建設的な話をしないか」
とりあえず、そう提案した。
「うん、いいよ」
ジャンもうなずく。
「……」
しばらくの沈黙が流れた。お互いに、相手が何か言い出すのを待って。
「馬鹿」
とりあえず、それを言った。
「それのどこが建設的なんだッ」
「おまえが何か話を振れ」
「そんなこと言われてもなー」
子供っぽい顔で、頬をふくらませる。手にはアイスクリームを持って。まだ10代の顔で。
しかし騙されない。こいつはこれでも、数えられない程の年月を生きてきた男なのだ。
そうして何食わぬ顔で、まだ10代だった自分に友人として近寄ってきた男なのだ。
……敵の一族の番人でありながら。
「でも、愛している」
「へ?」
「おまえが馬鹿でも、私は愛している」
「えええッ」
「どうだ。建設的な話だろう」
「……」
ジャンはぽかんとした顔をする。サービスはそれを見て、クスクス笑う。
楽しかった。こういう午後もいいかもなと、ちょっとだけ気分が上向く。
サービスの気分はいつだって、こうして猫のように気まぐれに変化する。そんな自分が、好きだった。
◆
「あ、ありがとう」
ロボットのようにうなずいたジャンに、冷たい視線を送る。
「……もうちょっと気の利いたことは言えないのか」
「手厳しいな……」
彼はうーんと考え込んだ。いたって真面目な顔で。
「じゃあ、こんな話はどうだろ。アイスクリームと永遠との相関について」
「……興味深いね」
サービスは緑の机に、片肘をついて手の甲に顎をのせる。首を少し傾けて。
「アイスクリームと永遠って似ていると思うんだ」
ジャンは至って真面目な顔だった。
――永遠。それは彼がこのところ、ずっと追い求めているテーマだった。
研究の課題としても、思考をもてあそぶ題材としても、そしてサービスを説得する材料としても。
「どんな風に?」
紅茶のカップを置く。頭を研ぎ澄ませる。臨戦態勢を整える。
「人はどうして、こういう冷たい菓子が好きなんだと思う?」
「贅沢品だからだろう」
「そうだ。ずっと昔、すぐに溶けてしまう氷を夏までどうやったら保存するか、人類は工夫を凝らした」
――その人類の中に、おまえは含まれていない。
冷たい思考は、そう考える。決して口には出さないけれども。
「あるいは高山の奥から万年雪を切り出して、それを砂漠にまで運んだ」
――おまえにその人間の気持ちが本当に分かるのだろうか。
それは奴隷の労働だった。危険を冒したのは商人達だった。
そして実際に雪を口にするのは王侯貴族のみだった。
――分かっているのだろうか。
サービスは目を伏せる。ジャンの話は美しすぎる。いや別に美しいのは構わない。
それも確かに一面の事実だ。
ただ……もう片方にある人の営みを、その実態を、彼は本当に分かっているのだろうかと。
――まあ、私に言われたくないだろうな。
自嘲する。
「何故だと思う?」
彼は尋ねた。
「憧れたからだろうな。ないものだから、欲しかった」
真夏の氷。砂漠の雪。そこには価値が生まれる。
「それと永遠って、似ていないか?」
「……似ているかもしれないね」
「人間は、自然を曲げることが好きなんだよ」
ジャンの黒い瞳がこちらを見ている。タバコが吸いたいなとふと考えた。
「おまえもそうだろう? サービス」
考えを見抜かれたようで、はっとする。タバコも確かに、そうだから。こんなことをするのは、人間だけ。
「贅沢品は、好きだよ」
そう答えた。静かに。
「でも永遠は嫌いだ」
瞳で瞳を見つめ返す。静かに、視線に力を込めて。
それは普段、サービスがジャンを黙らせるためにしている拒絶の視線ではなく、対峙する視線。
正面から受け止める視線だった。格闘訓練の時のように。相手の動きを、思考を読もうとする。
「私が何を望むかは、私が決める」
「俺に決定権はないのか?」
「問題はそんなことじゃない」
――愛しているから。もちろん決定権はおまえにもあるよ。
軽く首を振った。髪が風にながれる。
「ジャン、すべての人間がアイスクリームを好きなわけじゃないんだよ」
「分からないね」
「全ての人間が――人類が、真夏に氷を食べたいと願うわけじゃない」
「でもこういう菓子は世界中にあるぞ」
「大多数が望むことと、全てが望むことは同じではないよ。現に私は今、アイスクリームを食べていない」
「それは、これに魅力が足りないからだろう」
……ジャンは、そんなことを言い出した。
そうして片手に持ったままの――肌寒いとはいえ、さすがにかなり溶けていた――アイスクリームを、
一口で大きくかじる。
「暑い夏の日、喉が渇いているとき、
目の前に最高のアイスクリームがあったら、きっとおまえは手を伸ばす」
「伸ばさない」
断言する。……サービスは別に、アイスクリームが嫌いではなかった。
暑いとき、喉が渇いているとき、たしかに冷たいものは欲しくなるだろう。
だがきっと、自分は意地でも手を伸ばさないだろう。
「いや、絶対に食べるね」
ジャンはそう断言して、さらにアイスクリームをかじった。もう全て食べ終えてしまうつもりのようだ。
……魅力がなくなったからだろう。
サービスが拒んだから。そのアイスクリームは、ジャンにとっても魅力がなくなった。
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