アイスクリームと永遠との相関 後編


「暑いときに甘いものを食べたら、余計に喉が渇くよ」
「渇かなかったら?」
「渇かないアイスクリームを、作るのかい?」
「ああ」
「それはもう、アイスクリームじゃないだろう。……きっと、美味しくないよ」
軽く微笑んだ。こんな水掛け論……まったく、建設的じゃない。
でもそうして、永遠について力説しているジャンのことは……知りたい。
人ならざる彼の思考を。理解したかった。

「ジャン。おまえは私に何を与えたいんだ?」
尋ねる。真剣なまなざしで。でもきっと、微笑んでいる自分は、真面目には見えないのだろうけれど。
ジャンは相変わらず鋭い視線をこちらに向けている。……ベッドの中の彼のように。
そう連想して、サービスはさらに微笑みを深くした。
「俺はおまえに、この世でもっとも価値があるものを贈りたいんだ」
真摯な視線。真面目な顔つき。そこに愛情を感じる。深い深い愛情を。
「それが、永遠?」
「そうだ」
真剣さを通り越して、ジャンはもうほとんど、泣きそうに見えた。まるで子供のようだった。

手からアイスクリームがこぼれて落ちる。
――あ。と思った。
思わずそれに手を伸ばしそうになった。もうほとんど食べ終えられていたアイスクリーム。
溶けて形もぐちゃぐちゃになり、さらにジャンによってかみ砕かれた残りの欠片。
でもそれに……思わず、手を伸ばしそうになった。届かないと、分かり切ってはいたのだが。

「ほらな」
ジャンは言った。
「おまえは絶対に手を伸ばす。そういうヤツだから。俺は知っている」
サービスは眉を寄せる。今度は自分が泣きそうだった。
――ひどいね。
そう思った。分かっていて、引っかけたのか。自分の――サービスの、もっとも弱い部分を。
ジャンを愛する気持ちを。……それが元・赤の番人の、思考回路なのかと。
「ひどいな」
そう口にした。

「でも同じだろう」
ジャンは言う。
「おまえは大切な人間の好きなものが、壊れそうになった途端、手を伸ばそうとした」
「……」
「失われるのが惜しかった。失いたくなかった。……人が永遠を求める気持ちって、そうじゃないのか」
サービスは微笑む。悲しく。それでも精一杯のプライドで。
「ジャン。望むのは相手の永遠かい? それとも自分の永遠かい?」
「俺たちの間では、それは同じことだろう」
「……そうだね」
ジャンの視線には迷いがなく、なんの後ろめたさもなかった。
ただ彼は、真面目で真摯なだけだった。
それはいかにも、彼らしかった。
「俺はおまえを愛しているんだ」
ジャンはそう言った。残酷に。でも、本気で。

「……」
背もたれに体重を預ける。口元に手をやった。タバコは持っていないが、それを吸うような仕草で。
――どうしたら、分かるのかな。
そう考えた。ジャンの思考は分かる。そこには確かに、彼なりの理が通っているのも分かる。
けれども、サービスはそれを受け入れられない。受け入れたくないのではなくて、受け入れられない。

「私たちは違うんだよ」
それを口にした。
「違うからこそ、価値があるんだ」
「分からないね」
「私は間に合わないことが分かっていても、手を伸ばした。……そのことに、価値はないのかい?」
「何が言いたいんだ、サービス」
ジャンはこちらを睨みつけてくる。サービスは首をすくめた。
「私はおまえを殺したと思いこんで――
 ずっとおまえを悼んで生きてきた。その人生に価値はなかったのかな」
アイスクリームのように、はかなくて自堕落な日々だった。いずれ溶けきって――死んでしまう自分に、
望みを託して生きていた。……ジャンが奥歯をかみしめる。
彼にとってもそれは後悔の日々だったのだろう。そして今でも後悔している時間なのだろう。

「俺はもう、二度とおまえにそんな思いはさせない」
「だから、永遠を手に入れる?」
「ああ」
「それはね、目を背けているだけだよ」
「何から」
「失うことから」
「もう、失わない」
「すでに失われたものからも」
ギリリとまた、奥歯をかみしめた音がした。瞳が少し、赤い輝きを帯びているような気がした。
――怖いな。
と考える。首をすくめる。口にやっていた手を頬にまわして、傷痕をさぐる。
それは無意識の仕草だったが、ジャンには何かのメッセージに見えたらしい。

「その眼も」
彼は言った。勢い込んで。
「再生させてみせる」
「いらないよ」
秘石眼なんて、二度と要らなかった。眼を抉ったことなど、何一つ後悔していない。
例えそれが思いこみと偽りの上に築かれた傷であっても。いかにそれが醜く痛んでも。
「私はおまえを愛しているんだよ」
サービスはジャンと同じ台詞を言って、微笑んだ。もちろん、本心から。
「もう、いいじゃないか。ジャン」
――過去に囚われるのはやめよう。
そういうメッセージだったのだが、彼はまた、違う風にとったようだった。

「……確かに、あんまり建設的な話じゃなかったな」
ドサリとジャンも後ろに体重を乗せて、背もたれに倒れ込んだ。彼も疲れていたらしい。
それだけサービスが、相手を追い詰めていたということでもあるのだろう。
残念ながら、考えは変えられなかったようだけど。
「そうだね」
でも別に構わなかった。彼の考えが聞けたから。
ジャンがいかに深く傷ついて、そしてサービスを愛してくれているのか、聞くことが出来たから。
彼のことが、よりいっそう愛おしくなったから。

「でもおまえは、きっと手を伸ばす」
「さあ。どうだろうね」
「永遠を差し出されたら、きっと手を伸ばす」
「またその時に、考えるよ」
ゆっくりと微笑んだ。

そしてすっかり冷えてしまった紅茶のカップを取り上げた。口に含む。苦かった。
暖かな紅茶は甘くても、冷えると苦くなってしまう。というわけで、暖かなアイスクリームは、
それはそれはもう甘い。甘すぎて食べられたものじゃない。……そんな連想をした。
でもきっと自分たちの恋は、暖かなアイスクリームだったのだと。そういうあり得ないものだったのだと。
今はもしかしたら、もう冷えて、いずれ溶けようとするアイスクリームなのかもしれないけれども。
……でも、それでもいいじゃないかと。

「好きだよ、ジャン」
サービスは微笑んだ。大好きだった。彼のことが。
「俺も好きだ。サービスのことが」
ジャンは笑う。朗らかな笑みを。さっきまでのことなど、すっかり忘れたかのように。
でももちろん、忘れてはいないだろう。それもまた、彼の一面だ。……無邪気さと残酷さは表裏一体。
本当にまるで、小さな子供のようだ。でも、大好きだった。

「キスしようか?」
彼はそう聞いてきた。
「ここでかい?」
まわりには人の目がある。
「ダメかな?」
途端に気弱になる、その表情は叱られた子犬のようだ。
「いいよ」
そっと身を乗り出す。テーブルの上に、両肘を乗せて。

ジャンもこちらに身を乗り出してきて、そうして彼らはキスを交わした。優しく触れあうようなキスを。
彼の唇は少し甘かった。アイスクリームの名残だろう。
――結局、説得できなかったな。
そう考えた。そして多分、相手も同じことを考えているだろうと。
――でもまあ、いいじゃないか。
決定権はお互いにある。自分は――サービスは絶対に手を伸ばさない。それは決まっているのだから。

アイスクリームは至って人間的な食べ物だとジャンは言う。
それならば彼はもっとアイスクリームについて学ばなければいけない。
甘さに辟易するまで、食べ続けてみればいい。……生きているのだから。
こうして目の前に今、存在しているのだから。

サービスはそれ以上に望むことなど、何もなかった。
だからきっと、永遠には手は伸ばさない。

彼が好きなのは、今こうして笑っているジャンだった。
人間になりきれない、元・赤の番人。そんな彼が大好きだった。
違うからこそ、愛していた。たぶん、赤の番人だと最初から知っていたとしても、愛していた。
例え何度生と死を繰り返しても、間違いなくサービスはまたジャンを愛する。

だからきっと、永遠には手は伸ばさない。


2007.3.6

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