「暑いときに甘いものを食べたら、余計に喉が渇くよ」
「渇かなかったら?」
「渇かないアイスクリームを、作るのかい?」
「ああ」
「それはもう、アイスクリームじゃないだろう。……きっと、美味しくないよ」
軽く微笑んだ。こんな水掛け論……まったく、建設的じゃない。
でもそうして、永遠について力説しているジャンのことは……知りたい。
人ならざる彼の思考を。理解したかった。
「ジャン。おまえは私に何を与えたいんだ?」
尋ねる。真剣なまなざしで。でもきっと、微笑んでいる自分は、真面目には見えないのだろうけれど。
ジャンは相変わらず鋭い視線をこちらに向けている。……ベッドの中の彼のように。
そう連想して、サービスはさらに微笑みを深くした。
「俺はおまえに、この世でもっとも価値があるものを贈りたいんだ」
真摯な視線。真面目な顔つき。そこに愛情を感じる。深い深い愛情を。
「それが、永遠?」
「そうだ」
真剣さを通り越して、ジャンはもうほとんど、泣きそうに見えた。まるで子供のようだった。
手からアイスクリームがこぼれて落ちる。
――あ。と思った。
思わずそれに手を伸ばしそうになった。もうほとんど食べ終えられていたアイスクリーム。
溶けて形もぐちゃぐちゃになり、さらにジャンによってかみ砕かれた残りの欠片。
でもそれに……思わず、手を伸ばしそうになった。届かないと、分かり切ってはいたのだが。
「ほらな」
ジャンは言った。
「おまえは絶対に手を伸ばす。そういうヤツだから。俺は知っている」
サービスは眉を寄せる。今度は自分が泣きそうだった。
――ひどいね。
そう思った。分かっていて、引っかけたのか。自分の――サービスの、もっとも弱い部分を。
ジャンを愛する気持ちを。……それが元・赤の番人の、思考回路なのかと。
「ひどいな」
そう口にした。
「でも同じだろう」
ジャンは言う。
「おまえは大切な人間の好きなものが、壊れそうになった途端、手を伸ばそうとした」
「……」
「失われるのが惜しかった。失いたくなかった。……人が永遠を求める気持ちって、そうじゃないのか」
サービスは微笑む。悲しく。それでも精一杯のプライドで。
「ジャン。望むのは相手の永遠かい? それとも自分の永遠かい?」
「俺たちの間では、それは同じことだろう」
「……そうだね」
ジャンの視線には迷いがなく、なんの後ろめたさもなかった。
ただ彼は、真面目で真摯なだけだった。
それはいかにも、彼らしかった。
「俺はおまえを愛しているんだ」
ジャンはそう言った。残酷に。でも、本気で。
◆
「……」
背もたれに体重を預ける。口元に手をやった。タバコは持っていないが、それを吸うような仕草で。
――どうしたら、分かるのかな。
そう考えた。ジャンの思考は分かる。そこには確かに、彼なりの理が通っているのも分かる。
けれども、サービスはそれを受け入れられない。受け入れたくないのではなくて、受け入れられない。
「私たちは違うんだよ」
それを口にした。
「違うからこそ、価値があるんだ」
「分からないね」
「私は間に合わないことが分かっていても、手を伸ばした。……そのことに、価値はないのかい?」
「何が言いたいんだ、サービス」
ジャンはこちらを睨みつけてくる。サービスは首をすくめた。
「私はおまえを殺したと思いこんで――
ずっとおまえを悼んで生きてきた。その人生に価値はなかったのかな」
アイスクリームのように、はかなくて自堕落な日々だった。いずれ溶けきって――死んでしまう自分に、
望みを託して生きていた。……ジャンが奥歯をかみしめる。
彼にとってもそれは後悔の日々だったのだろう。そして今でも後悔している時間なのだろう。
「俺はもう、二度とおまえにそんな思いはさせない」
「だから、永遠を手に入れる?」
「ああ」
「それはね、目を背けているだけだよ」
「何から」
「失うことから」
「もう、失わない」
「すでに失われたものからも」
ギリリとまた、奥歯をかみしめた音がした。瞳が少し、赤い輝きを帯びているような気がした。
――怖いな。
と考える。首をすくめる。口にやっていた手を頬にまわして、傷痕をさぐる。
それは無意識の仕草だったが、ジャンには何かのメッセージに見えたらしい。
「その眼も」
彼は言った。勢い込んで。
「再生させてみせる」
「いらないよ」
秘石眼なんて、二度と要らなかった。眼を抉ったことなど、何一つ後悔していない。
例えそれが思いこみと偽りの上に築かれた傷であっても。いかにそれが醜く痛んでも。
「私はおまえを愛しているんだよ」
サービスはジャンと同じ台詞を言って、微笑んだ。もちろん、本心から。
「もう、いいじゃないか。ジャン」
――過去に囚われるのはやめよう。
そういうメッセージだったのだが、彼はまた、違う風にとったようだった。
「……確かに、あんまり建設的な話じゃなかったな」
ドサリとジャンも後ろに体重を乗せて、背もたれに倒れ込んだ。彼も疲れていたらしい。
それだけサービスが、相手を追い詰めていたということでもあるのだろう。
残念ながら、考えは変えられなかったようだけど。
「そうだね」
でも別に構わなかった。彼の考えが聞けたから。
ジャンがいかに深く傷ついて、そしてサービスを愛してくれているのか、聞くことが出来たから。
彼のことが、よりいっそう愛おしくなったから。
「でもおまえは、きっと手を伸ばす」
「さあ。どうだろうね」
「永遠を差し出されたら、きっと手を伸ばす」
「またその時に、考えるよ」
ゆっくりと微笑んだ。
◆
そしてすっかり冷えてしまった紅茶のカップを取り上げた。口に含む。苦かった。
暖かな紅茶は甘くても、冷えると苦くなってしまう。というわけで、暖かなアイスクリームは、
それはそれはもう甘い。甘すぎて食べられたものじゃない。……そんな連想をした。
でもきっと自分たちの恋は、暖かなアイスクリームだったのだと。そういうあり得ないものだったのだと。
今はもしかしたら、もう冷えて、いずれ溶けようとするアイスクリームなのかもしれないけれども。
……でも、それでもいいじゃないかと。
「好きだよ、ジャン」
サービスは微笑んだ。大好きだった。彼のことが。
「俺も好きだ。サービスのことが」
ジャンは笑う。朗らかな笑みを。さっきまでのことなど、すっかり忘れたかのように。
でももちろん、忘れてはいないだろう。それもまた、彼の一面だ。……無邪気さと残酷さは表裏一体。
本当にまるで、小さな子供のようだ。でも、大好きだった。
「キスしようか?」
彼はそう聞いてきた。
「ここでかい?」
まわりには人の目がある。
「ダメかな?」
途端に気弱になる、その表情は叱られた子犬のようだ。
「いいよ」
そっと身を乗り出す。テーブルの上に、両肘を乗せて。
ジャンもこちらに身を乗り出してきて、そうして彼らはキスを交わした。優しく触れあうようなキスを。
彼の唇は少し甘かった。アイスクリームの名残だろう。
――結局、説得できなかったな。
そう考えた。そして多分、相手も同じことを考えているだろうと。
――でもまあ、いいじゃないか。
決定権はお互いにある。自分は――サービスは絶対に手を伸ばさない。それは決まっているのだから。
アイスクリームは至って人間的な食べ物だとジャンは言う。
それならば彼はもっとアイスクリームについて学ばなければいけない。
甘さに辟易するまで、食べ続けてみればいい。……生きているのだから。
こうして目の前に今、存在しているのだから。
サービスはそれ以上に望むことなど、何もなかった。
だからきっと、永遠には手は伸ばさない。
彼が好きなのは、今こうして笑っているジャンだった。
人間になりきれない、元・赤の番人。そんな彼が大好きだった。
違うからこそ、愛していた。たぶん、赤の番人だと最初から知っていたとしても、愛していた。
例え何度生と死を繰り返しても、間違いなくサービスはまたジャンを愛する。
だからきっと、永遠には手は伸ばさない。
2007.3.6
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