それはよく晴れた春の日。
青空の下でサービスは、士官学校の敷地の隅にあるベンチに一人、腰掛けていた。
「こんな所で、何をしているんです?」
「人間観察だよ。高松」
背後から現れた気配に対し、振り向くこともなくそう答える。
視線の先には、20mほど離れた所で
クラスメイト達と楽しそうに話し込んでいる、ジャンの姿があった。
彼は満面の笑みを浮かべて、大げさな身振りで何事かを語っている。
「ああ。相変わらずですねえ、あの男は」
「座ったら?」と自分の横を指さしたサービスに対し、
「用事がありますから」と高松は首を横に振って、立ったまま言葉を継いだ。
「声をかけてあげないんですか?」
「うん。いいんだ」
「きっと、喜んで尻尾を振って飛んでくるでしょうに」
「楽しそうだし、放っておこうよ」
何かを期待しているような高松の口調に、この友人も相変わらずだなと苦笑する。
「そんなにジャンのことが面白い?」
「それはどちらかというと、私があなたに聞きたい質問なんですけどね、サービス」
「そうかな……? そうかもしれないね」
視線を向こう側へと固定したまま、素直にうなずく優等生の様子に、
今度は高松がわずかにだが苦笑いをした。
「あなた達、案外いい組み合わせなのかもしれませんね」
「それは心外だな」
「ええ、気持ちは分かりますけど」
「お前だってみんなからは、私たちの同類だと思われているよ」
「それは心外ですねえ」
二人は同時に小さな笑い声をあげる。
そうしながらサービスは、変わらずジャンの方を眺めていた。
彼はいつでも笑顔だなと思う。逆に高松の屈託のない笑みは、滅多に見られない。
「楽しそうだね」
特に深い意味はなく、そう感想を口にした。
「胡散臭いですけどね」
ところが返ってきた高松の言葉は予想外で、思わずサービスは友の顔を見る。
「どうしたんだ、いきなり?」
「……」
相手は視線をそらす。そんな言葉を口にした自分に舌打ちしたい様子だったが、
思いもしないことを言ったからではなくて、思わず本心を吐露してしまった人間のそれだった。
「いえね、大したことではないんですよ」
気を取り直したように高松は言葉を続けた。
「ただまあ、ああいうジャンの様子を見ていると、どうしても違和感が消えなくて」
「そうかな?」
サービスは首をかしげた。高松の言葉を疑うつもりはなかったが、
彼の感じたようにはサービスは思うことが出来なかった。ただ、否定もしない。
そうなのかもしれないなと思う。そうではないのかもしれないとも。
「私には、よく分からないよ」
クラスメイト達と楽しげに会話しているジャンの横顔を眺めながら、呟く。
その声には何故か少しの寂しさがやどっていた。
「……まあ、気のせいかもしれません」
高松は両手をポケットに突っ込んで、きびすを返した。
「私はもう行きますよ。明日の準備をしなくちゃいけない」
「ああ、頑張って」
まだ半分以上意識をジャンの方に取られながら、軽く手を挙げたサービスに対し、
友はもう一度ジャンの方を、そしてサービスの顔を意味ありげに見やってから、去っていった。
その高松の仕草は、どういうわけかやけにサービスの心を逆撫でした。
先ほどジャンのことを胡散臭いと言われた時よりも、ずっと。
「……」
高松の後ろ姿に向かって顔をしかめてみせる。
「言いたいことがあるなら、言えばいいのに」
吐き捨てたつもりだったが、弱い声だった。サービスは強い感情表現が苦手だ。
子供の頃からずっと、いい子でいるために抑えつけてきた何かがあるのかもしれない。
「……」
小さく溜息を吐いて、ジャンの方に視線を戻す。
彼は一所懸命になって、相手に対して何かを説明している様子だった。
きっと昨日のテレビの内容だとか、今朝見つけた鳥の巣のことだとか、
つまらない、ささやかな、だけど確かな幸せを、いつものように満面の笑みで語っているのだろう。
サービスは頬杖をついて微笑む。そんなジャンが好きだった。
そして少し寂しかった。理由は分からないけれど。
こちらに来て話してくれないかなと思う。彼らではなくサービスに、その話を聞かせて欲しかった。
級友達は笑っている。話の内容ではなく、懸命なジャンの様子を面白がっている顔だった。
私なら、もっと別の態度で話を聞くのになと思う。
いや、サービスだって高松だって、ジャンのことはよく茶化すし笑うのだけど。
でも彼らとは確実に何かが違うのだと、そう言いたかった。
願いを叶えるのは、そんなに難しい事ではない。ここからでも声をかければ、
ジャンはきっとすぐに彼らを放り出して、こちらに、サービスの方に来てくれる。
だけど何故か今日に限って、それはしたくなかった。
さっきの高松の顔が、まだ脳裏にちらついている。
それなら自分があちらへ行って、話に混じってみようかと考えた。
けれども、きっとサービスが加わった途端、
あのクラスメイト達は曖昧な笑みを浮かべて立ち去っていってしまうだろう。
そういうものなのだと、すでにサービスにも分かり始めていた。
理由は自分が総帥の弟であるということ、だけではない気がする。
この悩みを兄ルーザーに話しても「別に必要ないだろう?」と返され、
ハーレムに話せば絶対にからかいの種にされるだろう。
マジックには、話すつもりにすらなれなかった。
総帥として日々過酷な状況に立ち向かっている長兄には、
とてもこんなちっぽけな悩みは話せない。それをいえば、次兄のルーザーにだって。
また、戦場に飛び出していってしまったハーレムにだって。
考えれば考える程、自分一人だけが置き去りにされているような焦りを感じる。
「……」
サービスは再度溜息をついた。遠くからはジャン達の笑い声が聞こえる。
ここはあまりに平和すぎる。守られた場所。双子のハーレムはもう戦地にいるというのに。
一兵卒からスタートしたハーレムと、士官学校にいるサービス。
今は遅れを取っていても後々追いつけるはずなのだが、確信することはできなかった。
だって、どう考えてもハーレムの方が、軍人には向いている。
かといってサービスは、科学者の道を選ぶこともできなかった。
彼が研究したいのは文学や絵画の世界で、それはガンマ団の求める科学ではなかったから。
――そう、つまりは居場所がない。
眉をひそめる。嫌なことに気が付いてしまったなと思う。
向いていなくても、サービスにはこの道しかないのだから。
無意識のうちに、右の眼に手をやっていた。
「……」
不愉快さと寂しさが、心につのる。
「……ジャン」
小さく呼んでみた。もちろん向こうまではとても届かない声で。
「ジャン」
もう一度、まだ小さな声で。
「……ッ」
三度目は声にならなかった。
理由は、喉から息を吐き出そうとしたちょうどその時、彼がこちらを振り向いたからだ。
距離はあったはずなのに、ぴたりと目が合ってジャンは瞳を細める。
サービスはその瞬間、自分の右眼がズキンと痛んだ気がした。
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