昔の話 前編


今となっては昔の話。ハーレムが初めて戦場に出たころの、遠い記憶。

久方ぶりに帰ってきた屋敷は、相変わらず穏やかな静けさに満ちていた。
つい先日初陣を果たしたハーレムにとっては、なおさら別世界に思える。それが嬉しかった。
父と同じように、この平穏を守るために自分は戦うのだと改めて決意する。
子供の頃から抱いていた夢、まだ手にはつかめていないと分かってはいても、
精一杯背筋を伸ばし胸を張って屋敷の門をくぐる。……父と同じように。

でも、彼のそんな虚勢は玄関ホールを入った途端に崩れ去った。
そこで待っていたのは双子の弟。
「ハーレム! 久しぶりだね」
読んでいた本をかたわらに置いて椅子から立ち上がり、心持ち早足で歩み寄ってくる。
「無事でよかった」
天使の微笑みとも表される笑顔を浮かべ、真っ直ぐに抱きついてきて頬にキスをした。
その体を抱きしめ返しながら、背中に回した手に
一つにまとめられた髪が触れて、あ、こいつ髪が伸びたなと思う。

「ケッ、俺がそう簡単に死んでたまるかよ」
「それは確かに」
相変わらず笑顔のままで、サービスは肯定した。けどすぐにその表情には微妙な影が差す。
「……でも、戦場は何が起こるか分からない所だから。
 あの父さんだって、戦死してしまうなんて思いもしなかったけど……」
そんな弟の頭を兄はポンと叩く。
「一々考えることが辛気くせえよな、おまえ」
「ぼくは用心深いんだよ」
言い返す顔はまだ子供っぽい。もっともハーレムだって、子供扱いされることの方が多い歳だが。

「戦場ってどんなところ?」
「別に、そんなに大したもんじゃねーよ。せっまい箱に押し込められて移動して、
 敵を待ちながら塹壕掘ったり柵作ったり……。地味だぜぇ。訓練ばっか多いしな」
実際の戦場はそんなものだった。想像していた派手な銃撃戦など戦争の極々一部に過ぎず、
まして若すぎる彼はいざ戦闘となっても弾薬を運ばされたり、援護に回されることが多い。
「あーあ、早く指揮官になって好き勝手やりてーぜ」
「指揮官が勝手だと、部下が困るだろ……」
「……テメーはホントーに頭堅えんだよっ」
背中をバンと突き飛ばして、「それよりおまえの話を聞かせろよ」と話を変えた。

「士官学校に入ったってことは、おまえもいつか戦場に行くんだろ?
 それともルーザー兄貴みたいに学者にでもなって後方勤務すんのかよ」
その方がいんだろうなと漠然と思う。
こいつに人殺しなんて出来るのか?というのが、率直な気持ちだった。

「いや、ぼくにはあまりそっち方面の素質はないみたいだ。
 ガンマ団で学者をするなら、結局何をしても最後は軍事技術に行き着くだろ。
 それを考えるとあんまり、ね。
 医学は悪くないかなと思ったんだけど……ぼくよりもっと向いている友人がいた」
「でもよォ……」
さらに言いつのろうとしたが、サービスはきっぱりと首を振る。
「ルーザー兄さんもそっちを勧めてくれたんだけどね」
苦手な人物と同意見だと言われて、ハーレムは思わず口ごもる。

サービスはそれには気が付かない様子で、一方的に話を続けた。
それはそれで弟らしいので、ハーレムは黙って聞いてやる。
「やっぱりぼくにそんな才能はないよ。それに……
 前線に立つのはこの家に生まれた者の義務だから」
義務か。まあ確かに家業だから義務と言えなくもないが、
そんな風に考えたことのなかったハーレムには、少し意外な言葉だった。
それと共にこのどこまでも生真面目な弟のことが、余計に心配になる。
過度の真面目さは、戦場であまりいい方向には働かないというのが、
ハーレムが実体験から学んだ教訓だった。

「あんま難しく考えんな、弟よぉ」
くしゃくしゃと頭を撫でると、「やめてくれ、髪の毛が乱れる」と抗議される。
「男がそんなこと気にするんじゃねーよ」と言うと、
「ハーレムと違って、ぼくのは一旦絡まるとほどくのが大変なんだから」と返された。
確かに弟の髪は絹糸のように細く、少し風に吹かれただけでさらさらと流れる。
どんなにまとめようとしても収まらず、無理矢理一つにくくるしかない自分の髪とは正反対だった。
双子なのになあと考えていると、「双子なのにね」と隣で声がして、思わず顔がほころぶ。

「でもね、本当にガンマ団の士官学校にいると意識せずにはいられないんだよ。
 みんなぼくを総帥の弟として見るから、成績は良くて当然、悪いとすぐ何か言われる。
 行動は常に注目されているのに、みんないつも遠巻きにしていて仲間には入れてくれない」
愚痴をこぼしつつも、そんな同級生達を恨むふうでもなく、サービスは静かに笑っていた。
その横顔を見ながら、俺には真似できないなと思う。
「面倒くせえなあ、それ。俺は行かなくて正解だったぜ」
「そうだね、ハーレムなら成績なんて気にもせずに、きっと毎日喧嘩だ」
弟は、今度は声をあげて笑う。さらにつけ加えた。
「ああ、それ以前に授業になんて出ないかな」

「……。おまえもさりげにいい性格してるよな」
俺が心配するほどでもなく、こいつは案外上手くやっていくのかもしれないなと思った。
幼い頃からずっと相手をしてきたから知っているが、この外見に似合わずサービスは格闘でも
標準以上、それどころかハーレムが知っている中でもかなり強い部類に属する。

――それに、いざとなれば秘石眼もあるしな。
ハーレム自身、あの力には戦場で何度も助けられていた。
父から受け継いだ瞳に秘められた一族だけの特別な力、それは彼の誇りでもあった。
屋敷の廊下を歩きながら、横に並んだ弟の顔をちらりと見る。
ハーレムは左目、サービスは右目。対称的であることは、なんだか嬉しかった。

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