昔の話 後編


リビングルームの扉を開ける。
室内には飲み物と簡単な軽食が用意されていたものの、他に人影はなく、
マジックもルーザーもまだ帰ってはいないようだった。
「仕事が忙しいらしくて……」そう説明しながら、「ここで待っていようよ」と
サービスは音も立てず行儀良く椅子に腰を下ろす。
ハーレムは逆にドカッと座って背もたれに両手を投げ出した。
その様子を見て、弟はまた微笑む。

「とはいえ友達も出来たんだよ」
「さっき言ってた自分より医学に向いているって奴か?」
「あ、ちゃんと聞いていたんだね」
「……おまえな」
喧嘩を売っているのか天然なのか。後者であるはずなのだが、時々自信が持てなくなる。

「そう、その彼ともう一人。いつも三人でトップ争いをしている仲間なんだ」
そして追求する前に、いつもこうして煙に巻かれてしまう。
まあそれもいいかと思ってしまう自分の方にも問題はあるのだろう。
「今度、紹介するよ。今のハーレムにはあんまり同年代の友達っていないだろ?」
「余計なお世話だよッ。俺は一匹狼が楽しいんだからな!」
言いながら舌を出してみせる。
とはいえ、たまにはそれも悪くないなと思った。
どうこういいつつなんでもそつなくこなすこの弟とトップを争うくらいなのだから、
どちらも優秀で、たしかに面白い人間ではあるのだろう。
いずれは自分とも肩を並べて戦うのかもしれない。

それは抜きにしても、サービスが親しくしているというだけでも興味があった。
ガキの頃は、俺よりこいつのほうが友達は少なかったはずだしなと思う。
そんなサービスが、同級生達との距離を感じるという中で、
特別に親しくしている相手なのだから、きっといい奴らなんだろう。

「一人は高松っていう名前で、科学者志望なんだ。
 本当に頭はいいよ。ちょっと性格は問題だけど……。
 ルーザー兄さんとはもう面識があって、気に入られているみたいだ」
「げ」
"頭がいい"と"ルーザー兄貴"、苦手なキーワードが二つも出てきた。
「きっと俺とは合わねーぞ、そいつ」
「そんなことないさ」
兄の反応をあっさりスルーして、弟は説明を続ける。
「もう一人はジャンっていって……」

サービスはそこでふと考え込んだ。
離れていた時間の埋め合わせをするように、ひたすら一方的に喋り続けていた彼が
急に沈黙したので、ハーレムは思わずペースを狂わされる。
「なんだよ。そいつも秀才タイプのお坊ちゃんか?」
「いや全然、そんなのじゃないよ。明るいし気さくだし、ちょっとお調子者なところがあって
 でも物知りで。高松も知らないようなことをさらっと言ったりね。ただ……」
首をかしげる。言葉を探しているようにも、そんな自分に困っているようにも見えた。
「それだけじゃないんだ。……でも、言葉で説明するのは難しいな」

「なんだァ?」
兄の戸惑いを無視して、サービスは真剣な表情で考え込み始める。
「不思議なんだよ。彼と一緒にいると、ずっと前から知っていたような、
 そうじゃなくて逆に、今まで全然見たことのないタイプにも思えて……」
いつの間にか、表情からは完全に笑みが消えていた。
「……ああ、やっぱり上手く言えない」

だが、ハーレムにはそんなサービスの反応こそ、今まで見たことがないものだった。
何事にも冷めたこの弟が、誰かを表するのにこんな顔をしたことがあっただろうか。
幼い頃、親しくしていた近所の友達が遠くに引っ越していく時だって、
顔をくしゃくしゃにして泣くハーレムの横で、サービスはただ黙って遠ざかっていく車を見送り、
翌日からはけろりと何事もなかったような顔をしていた。……そんな弟だった。

もどかしげに頭を振って、サービスはふっと息を吐くように呟く。
「とにかく、ジャンは特別なんだ」
説明することを諦めた、それだけに本心そのものといった言葉だった。
ハーレムは驚きよりもむしろ、奇妙な不気味さを感じてしまう。
「気持ちワリーぞ、おまえのその言葉」
「そうかな……。そうかもね」
言葉とは裏腹にサービスの顔に浮かんだのは、はっきりとした照れ。
幼い頃からもう数え切れないくらい人形みたいだと言われて、本人は気にしていたけれど、
実際のところサービスは完璧という言葉がなによりも似合う
整いすぎるほどに整った容貌をした少年だった。
表情もそれに合わせたかのように静かで。いつも捕らえどころがなくて。
でも今の彼はまるで人間のように笑っている。普通のハイティーンに見える。
こいつってこんなヤツだったか?とハーレムはまじまじと弟の顔を見た。

喜ぶべきことなんだろう、人形みたいだなんてやっぱりどう考えても褒め言葉じゃない。
だけど、似合わない。今、"人間らしくなった"弟を目にした率直な思いはそれだった。
ますます気味が悪かった。サービスが、ではない。
彼を取り巻く環境の変化が、じわりじわりとハーレムを不安にさせる。

本来は逆のはずだ。ハーレムは自分こそ実戦の場に出てどう変わってしまうのか、
大きな期待とはち切れんばかりの意欲の裏で、正直ほんの少しの不安も持っていた。
だがどんなに自分が変わってしまっても、他の兄たちの庇護の元、
定められたレールそのままに士官学校に進んだ弟は、いつまでも変わらずにいるのだと、
自分が帰るべき場所で待っていてくれるのだと思っていた。
……違うのだろうか?

「俺が戦場で泥にまみれている間に、楽しそうにやってんじゃねーか、弟よォ」
自身の気持ちを振り払うために、わざと意地悪い表情を作って笑ってみせる。
「ハーレムが自分で選んだことだろっ」
すっと表情をいつもの"人形"に戻して、弟は兄をにらみ返す。
本気で怒っているのか、心の中では苦笑しているのか、やっぱり分からない。
だが、それでこそ俺の弟だと安心した。

きっと大丈夫なんだよなと自分に言い聞かせる。
そりゃいつまでも一緒ではいられないけれど、
俺達はこれからもずっと同じ道を歩いていけるよな、と。

ただそれ以来、ジャンという名前はずっと心にひっかかっていた。
後に顔を合わせることがあって、そのひっかかりはハーレムの心にますます深く埋まった。
予感の正体を知ったのは、取り返しの付かない事が起こってしまってからだった。
……でも、それはまた別の話だ。

その夜、久しぶりにそろった四兄弟はマジック手製の料理を食べながら、楽しく語らい合った。
相変わらず他者には理解できない次元で仲のいいルーザーとサービスは、
二人だけの世界を築きつつも、むしろそれが他の二人にとっては安心を呼ぶものでもあり。
やたらと兄弟揃っての家族写真を撮りたがり、スキンシップを図りたがる長兄に対しては
他の三人が一致団結して拒否の姿勢を貫きながら、まあスナップくらいは撮らせてあげて。
ハーレムはつい誇張して自分の戦果を自慢しては、兄たちにあっさり見抜かれて笑われつつも。

幸せだった。
今はもう昔の話。
確かにあの時間は存在したけれど。
今はもう、昔の話。


2004.5.16

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