飛べない小鳥 -4-


引き抜かれる、そしてまた、突き上げられる。ゆっくり、ゆっくりと。相手の体に負担をかけず、
しかし最大限に快楽は与える、それだけの動きで。この人は決して快楽に溺れない。
その果実をむさぼったりはしない。
すべてを計算して、ただ手をさしのべ、それが落ちてくるのを待つのだ。あるいは、堕ちるのを。
「…………」
声を抑える、懸命に。それだけが出来る抵抗だと思うから。だが本当にそうだろうか。
沈黙は思考を内部へと向かわせる。彼は否応なく、対面せずにはいられなくなる。
自分と兄、それがこすり合う内側へと。
「ねぇ、ハーレム」
ルーザーは優しく言った。
「ちゃんと僕の言うことを聞いて、いい子になりなよ」
――そうすれば。
聞こえるか聞こえないかの狭間で声がする。
「もっと気持ちよくしてあげるから」
「……はぅ、あっ」
ピンと指先で性器が弾かれた。固く尖ったそれは、思わず液をほとばしらせる。
達するほどではなかったが、間違いなくあふれ出した快楽の滴は、したたり落ちて自らを濡らした。
その一方で、後ろの穴はきつく兄の体を締め付けた。
「ふふ……いいね」
ルーザーは笑う。余裕ありげに……まだ。ハーレムはもう限界なのに。今にも崩れ落ちそうなのに。

そうしないのは何故だろう。たぶん、ただの意地だろう。泣き叫び、止めてくれと懇願すれば、
きっと兄は行為を終わりにする。それはハーレムのためを思ってではなく、
そのような相手を犯すことは、この人にとって何の面白みもないからだ。
ルーザーという人間は、そのような相手のことはただ軽蔑し、触れるのも穢らわしく思う。
そういう人なのだ。……分かってはいるのだが、なぜそうしないのか。出来ないのか。
「……ぅう……あぁ」
どうしてただ犯され、尻の穴から苦痛と全身をあわ立てるような蜜を送り込まれ、
ただむせび啼くことしか出来ないのだろう。まるで小さな小鳥のように。かごの中の鳥のように。
飼い主のために啼いて、ただ生きながらえる。飛び立つことは、永遠に出来ない。
「う……ぁあッ」
それを考えた途端、恐怖に苛まれた。頭の中が灼熱し、パニックに陥る。
必死で暴れ、逃げ出そうとする。兄の性器を引き抜こうとして、自らもがく。
無様に四肢をはわせて、シーツの上をかき乱す。

そこをさらに突き上げられた。――逃げられない。
「ああッ」
情けなく声を張り上げた。許してくれと叫ばなかったのは、最後の意地だろう。
ハーレムは懸命に逃れようとする。そんなこと、出来るはずはないのに。
「ダメだよ、ハーレム」
そうささやいてくる相手から、逃げることなど永遠に出来ない気がした。
「落ち着きなよ」
頭をなでられる。それもまた屈辱で、けれども心のどこかは反応した。安堵した。
意識は決して認めたがらなかったが。ハーレムの堅い毛を細くて長い指が繊細に梳き、
それを一つに縛っていた紐を解く。髪が流れ落ちて、一部は汗で顔にはりついた。
「こうしている方が、僕は好きだな」
相変わらずゆるゆると腰を進めながら、ルーザーは言う。朗らかに。
「ほら、ご覧よ、ハーレム」
そう言って、くいと頭をつかまれ向かされた。その視線の先にあるものを見て、彼は恐怖した。

「うあああッ」
紅い小鳥。飛び立てない小鳥。
ハーレムが奪ってきたはずの、ガラスの鳥が、ベッドサイドに置かれていた。いつの間にか。
いや最初からそこにあったのだろう。ハーレムをベッドに追い立てていった時に、兄は同時に
この鳥も掴んでいて、そこに置いたのだろう。最初から。何もかも計算ずくで。
「ははっ」
ルーザーは楽しげに笑う。勝ち誇ったかのように。
腰の動きが激しさを増した。もう痛みのことなど気にせず、乱暴に突き動かされる。
それでもこれまでの行為で充分に解きほぐされたそれは、
ゆるゆるとただ兄の動きを受け入れることしかできない。そうしてまた、快楽に溺れていく。
それでも決して溺れきることなく、だからといって逃れることも出来ず。瞳はただ紅い鳥を見つめて。
瞳孔が見開き、汗は額を流れ、瞳からは涙があふれ、口からは声が漏れる。
「う……あぁ……んんッ……」
指で性器をしごかれる。相も変わらず、絶妙の力加減で。むき身の卵をなでるかのようにそっと、
けれども形を微妙に歪ませるかのような容赦のなさで。竿をさすり、亀頭を弾く。

「ふ……ぅ……ああっ」
「……うん」
何かを分かったかのように、ルーザーはうなずいた。あるいはそれは幻聴だったのかもしれない。
ハーレムの頭はもうほとんど真っ白で、ただ送り込まれる快楽に
身を任せることしか出来なかったから。その点では確かに兄に従順に、
けれども決して最後の一線は越えずに。
突き上げられる。幾度も幾度も。そして自分は決して逃れることは出来ない。そこから。
……兄の手からも。おそらく自分は精をほとばしらせてしまうだろう。この人と同時に。
達してしまう。そこから逃れることは……決して、できない。

「ぅああっ」
抑えようと食いしばったはずの歯は脆く、その隙間から声は漏れた。
力を緩めて抵抗しようとしたはずの体は硬く、相手を締め付けた。
そうして彼は達した。手の中で、兄の手の中で精をほとばしらせながら、同時に自分の体内でも
相手の精を受けながら。すべてはかの人の思惑通りに。
……視線はただ、飛べない小鳥を見つめながら。

枕に顔をうずめる。もう沢山だった。何も考えないようにしようと思った。
けれども兄は、ルーザーという人は、どこまでもそれを許してはくれないのだった。
頭をなでられる。抵抗する気力もおきない。ハーレムが願うことはただ、飽きた兄が
この部屋から出て行ってくれることだけだった。
「ハーレム」
静かな声が振ってくる。もう怒ってはいないようだった。……怒る、何に。
反射的にそう考えて、あの小鳥のことを思い出した。また――忘れようとしていた。

「答えをあげるよ」
兄は言う。
――どうしてそれを取ってきたのかも思い出せない。
衣擦れの音がして、兄が脱ぎ捨てた服から何かを取り出す気配がした。
「僕から全てを奪うつもりなら、これを落としていてはいけないね」
ぼんやりと見上げた視線の先に、カードが差し出される。白に透かし彫りがなされた、小さなカード。
そう、あの箱に、リビングに置かれたあの箱に添えられていたもの。

――ルーザー兄さんへ。
この小鳥を愛する貴方に捧げます。――

サービスの字で書かれた言葉。

「ああ……」
ハーレムは嘆息する。認めたくない現実。だからそれを奪おうとした。兄の言葉は正しい。
箱を破り、小鳥を取り出して、無意識に窓から投げ捨てようとしていた。兄の危惧は正しかった。
――捨てるべきだった。
それでもそう思った。この鳥は、窓から放すべきだった。例え一直線に墜落して、
粉々にくだけるとしても。その中に蓄えた芳香を放つ液体を、辺りにまき散らして果てるとしても。

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