引き抜かれる、そしてまた、突き上げられる。ゆっくり、ゆっくりと。相手の体に負担をかけず、
しかし最大限に快楽は与える、それだけの動きで。この人は決して快楽に溺れない。
その果実をむさぼったりはしない。
すべてを計算して、ただ手をさしのべ、それが落ちてくるのを待つのだ。あるいは、堕ちるのを。
「…………」
声を抑える、懸命に。それだけが出来る抵抗だと思うから。だが本当にそうだろうか。
沈黙は思考を内部へと向かわせる。彼は否応なく、対面せずにはいられなくなる。
自分と兄、それがこすり合う内側へと。
「ねぇ、ハーレム」
ルーザーは優しく言った。
「ちゃんと僕の言うことを聞いて、いい子になりなよ」
――そうすれば。
聞こえるか聞こえないかの狭間で声がする。
「もっと気持ちよくしてあげるから」
「……はぅ、あっ」
ピンと指先で性器が弾かれた。固く尖ったそれは、思わず液をほとばしらせる。
達するほどではなかったが、間違いなくあふれ出した快楽の滴は、したたり落ちて自らを濡らした。
その一方で、後ろの穴はきつく兄の体を締め付けた。
「ふふ……いいね」
ルーザーは笑う。余裕ありげに……まだ。ハーレムはもう限界なのに。今にも崩れ落ちそうなのに。
そうしないのは何故だろう。たぶん、ただの意地だろう。泣き叫び、止めてくれと懇願すれば、
きっと兄は行為を終わりにする。それはハーレムのためを思ってではなく、
そのような相手を犯すことは、この人にとって何の面白みもないからだ。
ルーザーという人間は、そのような相手のことはただ軽蔑し、触れるのも穢らわしく思う。
そういう人なのだ。……分かってはいるのだが、なぜそうしないのか。出来ないのか。
「……ぅう……あぁ」
どうしてただ犯され、尻の穴から苦痛と全身をあわ立てるような蜜を送り込まれ、
ただむせび啼くことしか出来ないのだろう。まるで小さな小鳥のように。かごの中の鳥のように。
飼い主のために啼いて、ただ生きながらえる。飛び立つことは、永遠に出来ない。
「う……ぁあッ」
それを考えた途端、恐怖に苛まれた。頭の中が灼熱し、パニックに陥る。
必死で暴れ、逃げ出そうとする。兄の性器を引き抜こうとして、自らもがく。
無様に四肢をはわせて、シーツの上をかき乱す。
そこをさらに突き上げられた。――逃げられない。
「ああッ」
情けなく声を張り上げた。許してくれと叫ばなかったのは、最後の意地だろう。
ハーレムは懸命に逃れようとする。そんなこと、出来るはずはないのに。
「ダメだよ、ハーレム」
そうささやいてくる相手から、逃げることなど永遠に出来ない気がした。
「落ち着きなよ」
頭をなでられる。それもまた屈辱で、けれども心のどこかは反応した。安堵した。
意識は決して認めたがらなかったが。ハーレムの堅い毛を細くて長い指が繊細に梳き、
それを一つに縛っていた紐を解く。髪が流れ落ちて、一部は汗で顔にはりついた。
「こうしている方が、僕は好きだな」
相変わらずゆるゆると腰を進めながら、ルーザーは言う。朗らかに。
「ほら、ご覧よ、ハーレム」
そう言って、くいと頭をつかまれ向かされた。その視線の先にあるものを見て、彼は恐怖した。
「うあああッ」
紅い小鳥。飛び立てない小鳥。
ハーレムが奪ってきたはずの、ガラスの鳥が、ベッドサイドに置かれていた。いつの間にか。
いや最初からそこにあったのだろう。ハーレムをベッドに追い立てていった時に、兄は同時に
この鳥も掴んでいて、そこに置いたのだろう。最初から。何もかも計算ずくで。
「ははっ」
ルーザーは楽しげに笑う。勝ち誇ったかのように。
腰の動きが激しさを増した。もう痛みのことなど気にせず、乱暴に突き動かされる。
それでもこれまでの行為で充分に解きほぐされたそれは、
ゆるゆるとただ兄の動きを受け入れることしかできない。そうしてまた、快楽に溺れていく。
それでも決して溺れきることなく、だからといって逃れることも出来ず。瞳はただ紅い鳥を見つめて。
瞳孔が見開き、汗は額を流れ、瞳からは涙があふれ、口からは声が漏れる。
「う……あぁ……んんッ……」
指で性器をしごかれる。相も変わらず、絶妙の力加減で。むき身の卵をなでるかのようにそっと、
けれども形を微妙に歪ませるかのような容赦のなさで。竿をさすり、亀頭を弾く。
「ふ……ぅ……ああっ」
「……うん」
何かを分かったかのように、ルーザーはうなずいた。あるいはそれは幻聴だったのかもしれない。
ハーレムの頭はもうほとんど真っ白で、ただ送り込まれる快楽に
身を任せることしか出来なかったから。その点では確かに兄に従順に、
けれども決して最後の一線は越えずに。
突き上げられる。幾度も幾度も。そして自分は決して逃れることは出来ない。そこから。
……兄の手からも。おそらく自分は精をほとばしらせてしまうだろう。この人と同時に。
達してしまう。そこから逃れることは……決して、できない。
「ぅああっ」
抑えようと食いしばったはずの歯は脆く、その隙間から声は漏れた。
力を緩めて抵抗しようとしたはずの体は硬く、相手を締め付けた。
そうして彼は達した。手の中で、兄の手の中で精をほとばしらせながら、同時に自分の体内でも
相手の精を受けながら。すべてはかの人の思惑通りに。
……視線はただ、飛べない小鳥を見つめながら。
◆
枕に顔をうずめる。もう沢山だった。何も考えないようにしようと思った。
けれども兄は、ルーザーという人は、どこまでもそれを許してはくれないのだった。
頭をなでられる。抵抗する気力もおきない。ハーレムが願うことはただ、飽きた兄が
この部屋から出て行ってくれることだけだった。
「ハーレム」
静かな声が振ってくる。もう怒ってはいないようだった。……怒る、何に。
反射的にそう考えて、あの小鳥のことを思い出した。また――忘れようとしていた。
「答えをあげるよ」
兄は言う。
――どうしてそれを取ってきたのかも思い出せない。
衣擦れの音がして、兄が脱ぎ捨てた服から何かを取り出す気配がした。
「僕から全てを奪うつもりなら、これを落としていてはいけないね」
ぼんやりと見上げた視線の先に、カードが差し出される。白に透かし彫りがなされた、小さなカード。
そう、あの箱に、リビングに置かれたあの箱に添えられていたもの。
――ルーザー兄さんへ。
この小鳥を愛する貴方に捧げます。――
サービスの字で書かれた言葉。
「ああ……」
ハーレムは嘆息する。認めたくない現実。だからそれを奪おうとした。兄の言葉は正しい。
箱を破り、小鳥を取り出して、無意識に窓から投げ捨てようとしていた。兄の危惧は正しかった。
――捨てるべきだった。
それでもそう思った。この鳥は、窓から放すべきだった。例え一直線に墜落して、
粉々にくだけるとしても。その中に蓄えた芳香を放つ液体を、辺りにまき散らして果てるとしても。
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