「そちらへ歩け」
光を溜めたままの手で、部屋の奥が指し示される。そちらには……ベッドがある。
考えて、頭が冷えた。考えたくない現実。だが、兄の言葉が追い打ちをかける。
「そして、服を脱げ」
「てめえ……ッ」
怒りにまかせて殴りかかろうとしたところに、青の光が示される。
「僕はためらわない。右手を吹き飛ばしてやろうか。そうすれば二度と戦場には立てない。
その方が、案外マジック兄さんも安心するかもしれない」
そんなこと思ってもいないくせに、この兄は本気でそれを企んでいた。
憎々しげに睨みつけてくる瞳と、それでも皮肉げに吊り上げられた唇が、物語っていた。
「犯してやるよ、おまえを。僕はこれでもおまえのことを愛しているんだから。ねえ、ハーレム。
……おまえにとってはそれこそが、この世でもっとも忌まわしいことだろう?」
よく分かっていた。兄は弟のことをよく理解していた。
そのくせ、弟のことを思おうなんて、これっぽっちも考えてはいないのだった。
「それに僕も知りたいことがあるんだ」
真っ直ぐにハーレムを見つめたまま、ルーザーは笑む。悪魔の微笑みを。
もう一人の双子の弟、サービスには決して見せることのない、忌々しい笑みを。
「どうして僕はおまえを愛さずにはいられないのか」
ルーザーは立ちすくむハーレムに歩み寄った。その頬を捕まえ、キスするかのように唇をよせる。
「こんなにも大嫌いなのに、ねえ、ハーレム?」
「近寄るな……ッ」
おぞましさに襲われながら、振りほどこうとして逃げた足を、引っかけられて、転ばされた。
無様にはいつくばりながら、ハーレムはがく然とした。この自分が、いとも簡単に翻弄されている。
「ほら、さっさと行きなよ、ハーレム」
ルーザーは軽く、ハーレムを足で蹴った。そのことにまた、血が凍る。
それが兄のすることなのか。弟に対して。他の兄弟、マジックやサービスには決してしないだろうに。
また彼らの前では、こんな姿は決して見せないだろうに。……この悪魔は。
だが足は持ち主の意志に反して、のろのろと立ち上がる。一歩一歩、歩いていく。
理由は分からないままに。ただ、全身を本能的な恐怖が貫いていた。
幼い頃から、ルーザーがハーレムにずっと、仕込んできたものだ。遅効性の毒のように、じわじわと
精神をむしばむかのように、浸し続けてきたものだった。
――おまえは僕には逆らえない。
今日もそうだ。まず一度、ハーレムは叩きのめされ、また二度目には簡単に転ばされた。
この人の強さ、恐ろしさの本質は、どうして自分が負けたのかを相手に悟らせないことだ。
今でもハーレムは、どうして自分が叩きのめされたのか、分からない。
時間を作ったことが敗因なのは分かる。それにしても、あの流れるような一連の動きは、
例え万全の体制で迎え撃ったとしても、防ぎ切れたかどうか分からない。
ルーザーの動きにはまったく癖というものがなく、ためらいもなく、ゆえに隙も存在しなかった。
そして何より、この人は決して相手に万全の体制を取らせるということを、許さないだろう。
戦う前からすでに負け、そして戦ってなお負ける。何もかもが完璧で、だからこそ、恐ろしい。
気がつくと目の前には、ベッドの白いシーツがあった。
ハーレムはそれを呆然と見下ろす。その後ろから、兄が身体を抱きしめてくる。
優しく、そっと、上着の隙間から手を入れ、薄いTシャツの上から乳首をまさぐる。
「……っ」
嫌がって暴れたところを、膝の後ろを蹴られ、さらに尻の上、腰の下を突かれて重心を失い、
ベッドの上に転がり落ちた。これで三度目だ。なにもかもが、いいように弄ばれている。
ますます恐怖に我を失っていくハーレムに、悪魔が覆い被さってくる。
上着を引き抜かれ、ベルトが外される。そんなはずはないのに、必死で抵抗しているはずなのに、
その自分の動きがまるで、相手を助けようとしているとしか思えない。そのような巧みさで。
「……嫌だ」
ハーレムはようやくそれを叫んだ。
「止めろ、この」
――悪魔。
それを言おうとして、身体が凍り付く。ジーンズの留め金が外され、進入してきた指が性器を触った。
「固くなっているよ」
くすくすと笑われる。羞恥心で頭が熱くなり、ますます何も考えられなくなる。
その隙に乱暴にズボンを引き下げられた。覆いを外された欲望があふれ出し、
かの人の手の中で暴れ出す。それをまた、弄ばれる。絶妙の力加減で、さすり、こすられる。
「やめ……ッ」
「嫌だね」
先ほど自分が行った言葉を、真逆の意味で、まったく違うイントネーションで返された。
どこまでもどこまでも、ルーザーは容赦なくハーレムを追い詰めていく。
彼の抵抗する気持ちを、ことごとくへし折っていく。いつものように。
あらわになった菊座に指が進入してきて、ハーレムは跳ねた。
「なんだ」
ルーザーは軽く言う。微笑むように、しかし嘲笑するのではなく、あくまで楽しげに。
「初めてじゃないんだね、ハーレム」
「バカ野郎……」
しかしその言葉は否定できない。
「軍隊の末端になんか入るからだ。悪い遊びなんか覚えて……。
このことを知ったら、マジック兄さんは悲しむな」
「……」
「心配しなくても、、言わないよ」
――だからこのことも、決して口外するんじゃないよ。
ハーレムの耳元で、ルーザーはそうささやいた。
◆
兄が弟の体内に侵入してくる。
「は……うぁ」
確かに初めてではなかったが、何度しても慣れるということがない異物感に、ハーレムはうめいた。
「ほら、力を抜いて」
言葉は優しく、指は巧みに敏感な場所、脇腹をこすり、肩甲骨の縁をなぞって首筋をすべる。
マッサージするかのように、柔らかく解きほぐしながら。
これがこの人でなければ、悪魔のようなこの兄でなければ、素直に溺れただろう。
そう思わずにはいられないほど、ルーザーの性技は巧みだった。
進入してくる早さも、体内を突く角度も、引き抜く呼吸も、
そして同時に指や口を使って相手を愛撫する動きも、何もかもが完璧の一言に集約される。
すでに様々な相手とこの行為を試してきたハーレムだからこそ、それが分かった。
どんな歴戦の強者も、この人のようには――完璧でなかった。
でもそのことが――おぞましかった。
完璧ではないからこそ、自分は様々な相手と行為し、そしてなお足りないことに餓えた。
けれども、完璧な愛撫を受けて分かったことは、完璧でないからこそ、
自分は相手を愛したのだということだった。
例え一夜限りでも、ハーレムは常に行為に溺れ、そして燃えた。
愚かなことだと分かっていても、自分の若さを浪費した。
でも今は……。
「はぁ……、う……ぁ……」
必死で声を上げないように、一度叫んでしまったら、
矯声はきっと止めどなく溢れるだろうと分かっていたから、精一杯意志の力を振り絞って
声を抑えながら、ハーレムはなお、自分が行為に溺れられないことを知っていた。
今ならルーザー兄貴の言葉の意味が分かる。――なぜ、大嫌いなのに、愛さずにはいられないのか。
こんなにも嫌いなのに、おぞましいのに、不快なのに、さらに愛欲の泉は果てしがない。
後ろから突き上げられ、固く尖って暴れる自分の性器が、それを証明していた。
「……うあ…、……あ」
額には汗がにじみ、口の中には唾液が溢れる。尻から這い登ってくる快感の刺激。
だがなお足りない。溺れることが出来ない。それが苦しい。いっそどちらかであれば、救われるのに。
歓楽に負けて溺れきってしまうか、それともただ痛みだけを甘受するか。
けれどもどちらにもなれない。
「う……ああ……」
「情けない声を出すんじゃないよ」
後ろからささやかれて、自分が瞳に涙を溜めていることに気がついた。
ルーザーの声もわずかに湿り気を帯びている。
兄もまた、感じている。快楽を。弟の体が与える快楽を。
――ああ、でもそれすら、おぞましい。
自分が相手に快感を与えているだなんて。こんな形で奉仕しているだなんて。
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