「そうか。じゃあ抱いてあげよう」
ルーザーは淡々とうなずく。
「……え?」
「それが君の望みなのだろう?」
ルーザーはすっと近くにある適当な研究机を指さした。そちらへ行けという指示だ。
「説明が、いるのかな」
動く様子のない学生相手に、彼は首をかしげる。
その様子は、普段の研究上において周りがルーザーの思考に追いつけないでいる時、
分からないことこそが不可解だと言いたげに立ち止まる様と、寸分違わなかった。
「そのような感情、あるいは願望は、研究を進める上で邪魔になる。
だから私は障害を排除しようとしている。……これ以上の説明が必要かい?」
「いえ……」
分からなかった。もちろん、分からなかった。
だがこれ以上を求めることは、確実にルーザーの機嫌を損ねる。
なによりも、理由は理解しきれずとも、与えられるものはまぎれもなく望んだものであること、
それだけは嫌という程に理解出来てしまい、高松はその誘惑に耐えられなかった。
彼は壊れそうな思いで、ルーザーが指さした場所に立った。
ルーザー はさらに下がれというように、指先を動かす。
だからもっと後ずさると、机にもたれかかるような格好になった。
相手がうなずいたことで、それが正解だったことが分かる。
そしてルーザーは、高松に向かって歩み寄り、ゆっくりとその手を伸ばしてきた。
緊張に震えていると、頬を触られた。それにピクリと反応すると、次は指で顎を掴まれる。
ルーザーの視線は相変わらずまっすぐに高松を捕らえ、しかしそれは機械を見る目よりも冷たく、
人間を見る目より関心があったとしても、実験対象への興味以上のものではない。
改めてそのことを確認してしまい、ごくりと唾を飲み込むと、
顎を固定していた手はあっさりと離れて、今度は高松の上着のボタンを外し始めた。
自分の胸骨に沿って動く力強い手を感じ、呼吸が荒くなる。
ほんの少し怖くもあった。ルーザーの行動は予測がつかない。
自分に何を求めているのかも分からない。指は優しくもなく無関心なわけでもない。
何か意に染まない反応をしてしまったら、即座に殴打されるのではないか、
あるいはもっと悪いことに、行為をやめて捨て置かれるのではないか、
そんな恐怖があり、またその恐れが高松をいっそう敏感にした。
「…………あっ」
上着がはだけられ、その下に着ていた薄いシャツに手が掛かり、
爪先がほんのわずかに肌に触れたことで、思わず声をあげてしまう。
ルーザーはその声に軽く首をかしげて、またボタンを外し始めた。
思わず自分でやりますと、あるいはルーザー様の服をと手を伸ばすと、
彼はすぐに眉間にしわを寄せる。
「じっとしていなさい」
それだけで、高松の手にはまったく力が入らなくなった。
暗闇の中で期待と恐れにはちきれそうになりながら、高松はただひたすら相手に身を任せる。
シャツのボタンが開くと、衣服は乱暴に肩から後ろへと追いやられて、
何か暖かいものが肌に触れた。
「……ッ!」
とっさに声をあげないように唇を噛みしめたのは、幸福だけではなく
恐怖も同時に感じてしまった事への、驚きが入り交じった後ろめたさからだった。
ルーザーの指がまた頬をなぞる。彼の舌は高松の胸を舐めていく。
愛撫というほど細やかではない。ひたすらまっすぐに、筋肉に沿って動いていくだけだ。
舌が動くのは、その先が乾いて口腔から水分を補充する時だけ。
「…………ぁ、……ぁぁ、ぁ、んッ…………」
だが緊張に尖りきった若い体には、それだけでも充分な刺激だった。
とうとう抑えきれずに声が漏れる。
叱られるかと思ったが、ルーザーは何も言わずに行為を続けた。
それだけで高松の中では嬉しさが恐怖を上回り、体はさらに火照る。
下半身の熱はすでに頂点に達して、はち切れそうだった。
「………ぁ…ん」
舌が離れる。寂しさに体がうずいた。精一杯の哀願を込めて見守る高松の前で、
ルーザーは自分の白衣と着衣を手早く脱いでいく。
脱いだ服は横の机の上にそっと置いた。しわが付くのが嫌なのだろうなとふと考える。
自分があのように横たえられることなどないだろうとも。
この人にとっては、本当に人とモノに区別などないのだとも。
高松自身の服はまだ前をはだけられた状態で肩から落とされ、
体の背後で両腕に絡みついたままだった。もちろんだから腕を動かすことも出来なかった。
目の前で上半身裸のルーザーが、闇の中にその見事な肉体を晒しているというのに
手を伸ばすことさえも許されない。
「……」
だから高松は声を出すことすら怖くて、吐息だけで喘いだ。
「面白いね」
乱れきっている自分が恥ずかしくなるような、いつもと同じ穏やかな声がする。
「どうして欲しいのか、言ってみるかい?」
「あ……」
下半身は焼けるように熱く、はだけられた胸は火照って乳首は尖り、口の中には唾液が溢れて
頭の中はすっかりのぼせ上がっている。もしも許されるなら、目からは涙をこぼしたかった。
それほどなのに、声は出せない。ただひたすらに相手を失望させるのが怖くて。
「言わなくていいのかな?」
目の前の人は残酷なほどの無表情で首をかしげる。
高松の醜態など、まるで見えてはいないようだった。
少し悔しくて、また悲しくて、そのような幼い気持ちだけが恐怖に勝つ。
「ルーザー様が、欲しいです……」
陳腐だと思ったけれど、その言葉には彼の万感の思いが込められていた。
もうこれで拒絶されたのなら仕方ないと、きっとその時自分は死んでしまうだろうけれど
それでも仕方ないと、泣きそうな頭で考えていた。
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