亡霊の青 -2-


「ですから、私は構いませんよ」
言って余裕ありげに笑うアスの顔に、マジックは自分の勝ちを見た。
戦場だけではない、長い人生の中で常に身を置いてきた虚々実々の戦いの場で、
幾度となく見いだしてきた勝機。
……それに対して目を背けたくなったのは、初めてかもしれない。

自分の気持ちを押し殺すために、マジックは強く弟の顔を見た。
見たくないものをこそ、凝視する。そうやって今まで生きてきた。たくさん手を汚してきた。
元より血塗られた道であるから、今更引き返せるはずも、道を違えることもできるはずはない。
ルーザーも、そんなマジックの犠牲になった一人なのだから。

弟の白い首筋に顔を埋める。その肌を吸った。みずみずしく張りのある、23歳の若者の皮膚。
確かに生きているのに、生者のものではない体。

愛していた。本当に愛していた。他の誰よりも愛していたかもしれない。
あまりに近すぎて距離を見失うほどに。自らの一部であると錯覚するかのように。
つまりは甘えていたのだろう。父の死後、マジックが唯一甘えた相手だった。
だから肝心なことを何も言わなかった。言わないままに、とうとう失ってしまった。
……そしてこんな形で再会した。

狂おしくその肌を求める。
――彼はこれを望んでもいた。
先ほどの亡霊の言葉が頭をよぎる。
――私も望んでいたよ。
マジックは記憶の向こうのルーザーに呼びかけた。
おまえをどんなに抱きたかっただろう。肌を合わせ、その背に爪を立てて。

欲望が、下半身で頭をもたげはじめるのを感じる。
罪だった。これが罪でなくてなんだろうと思いながら、マジックはベルトを緩めそれを取り出す。
頭の中が白く染まりそうなのは、欲望のためではなく罪悪感のため。

他の者は抱いたのに、ルーザーだけは抱かなかった。
何故かといえばそれは……。

足を開き、それをあてがう。考える間もなく、突き通す。
「……っ」
強い抵抗に、マジックは唇をかみしめた。しかし弟の肉体に拒絶されることは、
むしろ救いでもある。そうしてわずかに心にできた余裕で、彼はさらに体を進めた。
今更引き返すことなどできるはずもなく、またマジックは確かにこれを望んでもいたのだから。

全身で弟を感じる。その熱を、マジックを包んで蠢動するその肉を。
そこに幸せなどない。25年を埋める何かを、求めれば求めるほど、すり抜けていく。
幸福はいつだって、指の隙間からこぼれていった。
マジックはうめいた。けれど今、たぎる欲望はまぎれもなく弟の体をえぐっている。
性感の波が、動くたびに押し寄せてくる。心がならずとも、肉体は開いていく。
前後の動きを繰り返すたびに、少しずつ深く飲み込まれていく。

それとともに悦楽の衝動が、間違いなくつながった部分から湧き上がってきた。罪深い悦楽が。
多くのものを踏みつけ、奪い、殺し、弟を犠牲にしても手に入れたかったもの。
幼い頃に抱いた夢は、現実の中ですり潰されていった。それでもなお求めた。
動き続ける。止まることなどできない。ルーザーをえぐることを、止められない。

より深くつながるために、両足を肩に抱え上げた。
はじけそうになる欲望をこらえ、体を打ち付ける。もっと深くを求めた。そこに許しはなくとも。
どこまでも先を求め、行けないと分かっていても突き進んできた。
世界は、本当は手に入らないと知ったのは、いつだっただろう。
手に入れたとしても、そこにはもう弟の姿はなかったから。愛していた、ルーザーを。
愛していたからこそ、抱かなかった。本当に大切なものは抱けない。壊してしまうのが怖くて。

見上げると、呆然と天井を見つめるルーザーの顔があった。
青の番人は現実から離脱した表情で、上を見つめていた。口は開き、喉が荒い息を伝える。
声は漏れてはいなかったが、そこには確かに歓びの欠片があった。わずかに上気した頬。
弟の、顔。

――だが、まだ足りない。
マジックはそう感じながら、一度目の精をほとばしらせた。

息を吐き、虚脱状態から解放されてすぐに、机の上に横たわったままの
番人を引き寄せようとする。アスはそんな乱暴なマジックの仕草に対し、始めて抵抗した。
意志によるものではなく、ほとんど反射的に。
まだ肉体の反応を受け入れられずにいる青の番人の姿は、マジックの嗜虐心をそそる。
借りものの体に偽りの心。人間を弄ぶものこそが、人間に弄ばれていることを知らない。

「もう余裕を失ったのか」
「……」
挑発するような問いかけに対しても、アスは無言だった。
神経質に寄せられた眉がかすかに震え、彼の動揺を伝える。
先刻、手にした肉体から探った記憶を元に、ハーレムをからかっていた時の様子とは対照的だった。
理由もなく相手を追い詰めようとする攻撃性は、弱さの裏返しに過ぎない。
ありふれた人間の一性質だ。
……秘石の番人が、実はその程度の存在に過ぎないことを、
果たしてあの石は分かっているのだろうかと考える。きっと分かってはいまい。
永遠に分からないだろう。あの青く輝く美しい石には。

アスがゆっくりと体を起こし、机から降りようとしたところを捕まえた。
まだふらついて定まらない足元に、マジックは自分の足を差し入れる。
そして体を、今度は机に向かうように立たせた。後ろ側から腰を掴んで、尻を割り開く。
「……あぁ」
ルーザーの姿をしたものはうめいた。
苦悩する弟の顔を見ないようにして、マジックはその中に侵入する。
二度目の挿入は易々と、あっけないほどに抵抗はなかった。
もうなじんだかのような体に、一瞬錯覚を起こしそうになる。弟も、これを待ち望んでいたのだと。

「……ん…あ、……は」
今度はゆっくりゆっくりと、相手に自分を刻み込むように動いた。
一度目よりは冷静なつもりだったが、ルーザーの喉から発せられる弟と同じ声は
マジックの理性を削っていく。
「…は、ん……、ぁ、あ……」
目の前で揺れる金の頭は、記憶の中にあるそれとまったく同じで、思い出さずにはいられない。
遠ざかっていく背中に、何度声をかけそびれたことだろう。
「う……ぁ……、はぁ……」
どこまでも罪深いことに、一度行為を成したことで背徳感は洗い流され、
今はむしろ快楽だけが勝っていた。触れ合う肌の感触が、どこまでも心地よかった。
青の一族は、一族内にのみ心の安らぎを見いだす。
倒錯的なまでに堅い結束は、離れていく者を許さず、異様な力で引き合い、結び付き合う。
こうして再びルーザーとマジックが出会ったように。

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