亡霊の青 -3-


「……ふ…、……ぁあ……ぅ」
いつの間にか、動きは止められなくなっていた。
むせぶ声に引きずられるようにして、マジックは性の衝動に没頭していく。
後ろから犯しているので顔が見えないことが、かえって相手が誰であるのかを錯覚させた。
前後に揺すられる頭が、去りゆく弟の姿と重なって、なお狂おしく求めた。
幸福は、指の間からこぼれてしまうからこそ、何度でも掴み続けるのだった。
そんな人生だ。いつだって奪い、奪われ、後には何も残らない。それでも求め続ける。

「…く……あ…は、ん……っ」
ルーザーの背に覆い被さるようにして、マジックは腰を打ち付けた。
離れていく体をつなぎ止めようとするかのように、折り重なって動き続ける。
弟の声はますます高く、脳内に響いて理性がはじけそうになる。
辛いものをこらえるかのように奥歯を噛みしめた裏で、意識が少しずつ薄れていった。
ただ肉体の感覚にのみ身をまかせて、限界へと突き進んでいく。
今だけは全てを忘れて弟を感じていたかった。きっとまたすぐに、別れは来るだろうから。
「…あ…、う……あッ」
目の前の体が痙攣する。ルーザーも――アスも、意識を飛翔させようとしていた。
兄の腕の中で肉体がもがき、口がきつく締めつける。

「………ああッ」
白く遠ざかる意識の影で……自分を呼ぶ弟の声が聞こえたような気がした。
――「兄さん」
それはたぶん、記憶が聞かせた幻聴だろう。

衣服を直したマジックは、元通り椅子に腰掛けて窓の外を眺めていた。
その後ろで、番人が体を起こす気配がする。振り向く気にはなれなかったが。

「貴方は……秘石に逆らう気ですか」
「何故そんなことを聞く?」
アスの声はもう、ルーザーのそれには聞こえなかった。
同じ声帯から発せられた声でも、発音が違う、抑揚が違う。違いばかりが、耳に付く。

「いえ……」
ちらりと振り返ると、アスはめまいでも起こしたかのように、額を抑えていた。
「ただ……私は……」
ノイズが入ったテープのように、途切れ途切れに言葉を発する。
その様子をマジックは、揺さぶりが効いたのだとしか思わなかった。
欲望をはじけさせたことで、逆に心は冷えている。彼はそういう人間だった。
抱くことで情を抱いてはいけない。それもまた、総帥として生きる上で身につけてきた習慣だ。

「……私は青の一族だ」
マジックはそれだけを答えとして言った。
番人からの返答はなく、彼はまた窓の外を眺める。生気に満ちた南の島。
だがここで出会ったのは亡霊だった。一人は黒髪の男で、もう一人は最愛の弟。
どちらも25年前に死んだはずの……。これが楽園であるのならば、天国とはつまり墓場だ。
壊したいとしか思わなかった。粉々に砕けて、海に消えてしまえばいい。
マジックには――青の一族には、そのための力があった。秘石眼という力が。
与えられた力は使う。創造主の意に添うかなど問題ではない。

「青の番人。おまえは、弟は私に褒めてもらいたかったのだと言ったな」
マジックはゆっくりと振り向いた。
「……ええ」
だいぶ落ち着きを取り戻したらしい番人は、服を身につけ元のように静かに起立していた。
どこか所在のない様子で。だが彼はたぶん、それ以外の立ち方を知らないのだろう。
「そんなことは知っていたよ」
息を吐く。溜息というほどのものではなかった。
この程度のことで嘆くには、あまりにも歳を取りすぎてしまった。
目の前にいる青の番人も……、自分よりずっと年下の愚かな子供としか思えない。
秘石はおそらく、そのような人間の心境など、想像だにしていないだろう。
「私たちは、おまえ達が考えているほど何も知らないわけではない」
あまりに遠くまできてしまった。秘石がもはや過去の亡霊としか思えぬほど、遠くに。

マジックは、不愉快そうに顔をしかめたアスが、何かから逃げ出すかのように
足早に靴音を荒げて部屋から出て行くのを見送った。
番人は行動を始める気なのだと、察知する。
赤の一族と、青の一族の裏切り者を殺し、この島を破壊し尽くすために。

自分は何がしたかったのだろうと考えても、答えは出ず。
ただ目の前には青の一族の長としてすべきことだけが残された。
それが愛する息子――だと思っていたもの――を殺すことであっても。
マジックは息を吐いた。今度は明確に溜息だった。

すべてが終わって、秘石をもう一度手にしたなら、自分はそれをどうするのだろうと考える。
破壊してしまうことができるだろうか。あの青く美しい石を。絶大な力を秘めた石を。
思い切れないのはなぜだろう。頭の中から、秘石の青が離れない。
本当の亡霊は、弟でも青の番人でもなく、あの石だとマジックは思う。亡霊の青。

椅子から立ち上がる。
番人は自らの愚かさゆえに敗れるだろう。だがマジックは、一緒に滅んでやることなどできない。
守りたいのは一族だけ。それは今も昔も変わらなかった。
その一族すらばらばらに引き裂かれていても……今更他の生き方などできるはずもない。

ただ……弟の姿をしたものを、放っておくこともまた、できなかった。
一度は後悔のうちに失ってしまったものだから、今度は見届けなくてはと思う。
哀れな弟、哀れな青の番人。亡霊に取り憑かれてしまった、哀れな者たち。
……その中に、自分も含まれているのだろうかと考えながら。

マジックは、出口に向かって歩み出す。


2004.10.26

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