一瞬こそが永遠 -2-


キンタローは溜息をつく。なんだかひどく疲れてしまった。
仮眠室の扉を開けて、窓には遮光カーテンが引かれた薄暗い空間に入り、白衣を脱ぐ。
ワイシャツの襟を緩めながら簡素なパイプベッドに寝転がり、大きく息を吐いた。
先ほどまではあんなに疲れていたのに、いざ寝る体勢になると妙に目が冴えてしまう。
まるで、体が眠りに落ちることを拒絶しているかのようだった。
たしかに今眠っても、あまりいい夢は見られないだろうが……。
それだけではなく、意識を失うことへの怖さもある。
目覚めた時、まだこの身体は自分のものだろうかという恐れ。

その時、カチャと仮眠室のドアが開く音がした。
足音が近づいてくる。一歩、二歩……。キンタローはまぶたの上に腕を置いたまま、それを数えていた。
「キンタロー様」
ささやくような微かな声が振ってくる。
「なんだ、高松」
キンタローは内面の嬉しさをあえて隠して、ぶっきらぼうに答えた。

どういうわけか、キンタローはこの相手にだけは遠慮することなく感情をぶつけることが出来る。
逆に言えば、他の人間との間では、まだ距離感がつかめない。どこか一歩引いて遠慮してしまう。
従兄弟達は向こうからその境界を踏み越えてやってきてくれるが、
高松の場合は踏み越える必要すらなかった。
「お疲れですか?」
「ああ」
手が伸びてきて額を触る。冷たい手だった。
「少し熱があるみたいですねえ。あとで医務室にいらしてください。薬を処方します」
「うん……」
この人は、自分にとってなんだろうと考える。唯一遠慮せずにいられる相手。
初めて涙を流してくれた人。もう一人の父にも等しく、だが決してそれだけではない。

「なあ、高松」
「はい?」
ベッドが軋んで、高松が腰掛けたことが分かった。自分のすぐ横に相手がいる感覚がして、
心がまた波打つ。額から離れようとする手を、キンタローは掴んだ。
「離れないでくれ」
「……離れませんよ」
言葉は優しい。「ずっとおそばにつかえます」、南国の島での誓いが胸に響く。
――この方はルーザー様の息子ですから。
やはり、そうなのだろうか。

「それは俺がルーザーの子供だからか?」
声が少し震えていた。まったくどうしてしまったんだろうと思う。
「そんなことは……」
ドクターの声も、やはり少し揺れている。だからこの人もまた、迷っているのだと分かってしまった。
キンタローは掴んだ手に力を込める。
「高松」
「はい、キンタロー様」
「俺はあなたのことが好きだ」
息を飲む気配がする。相手が何かを言うより早く、キンタローは言葉を続けた。
「でも、それはあなたが父の弟子だったからじゃない」
目を開くと、カーテンの隙間から差し込むわずかな光の中で、
困ったように目元を歪めたドクターの姿が映った。泣きそうな顔に見えたのは、気のせいだろうか。
「俺はあなたのことが好きなんだ」

「……キンタロー様」
高松はもう片方の手で、そっとキンタローの髪を撫でる。
「それは誤解です」
「誤解?」
「ええ。あなたはご自身の感情を誤解していらっしゃる」
「違う!」
がばっと体を起こす。力を込めて相手の肩を掴んだ。
「どうして信じてくれないんだ。それとも、ドクターは俺のことが嫌いなのか?」
「いいえ、そんなことは……」
言いながら高松は視線をそらす。それがますますキンタローを追い詰めた。
先ほどからずっと掴んでいた右手をぐいと引き、あっけないほど簡単に体勢を崩した相手を
ベッドの上に押し倒す。まだ以前ほどの長さには伸びていない黒髪が、シーツの上に散らばった。

――南の島で傷を負ってから、ドクターは一度髪を短くした。そしてまた伸ばし始めている。
キンタローが短い髪型のままでいることを決めたのとは対照的に、
この人は以前の姿に戻ろうとしている。――戻って欲しくない。置いていかないでくれ。

散った黒髪のすぐそばに、平手を振り下ろす。高松はその衝撃に対して微かに肩を反応させたが、
あくまでもどこか茫洋とした表情で、キンタローの顔を見つめ返していた。
その唇に口づけする。
相手はまったく抵抗しようとはしなかった。高松はむしろ、泣き出しそうな顔で弱々しく微笑んだ。
だが、その笑顔はキンタローを幸福にはしない。足りないという思いだけが湧き上がってくる。
届いていない。自分の気持ちが届いていない。もっともっと、証明しなくては。

もどかしい手つきで、高松のネクタイをほどく。タイの結び方も、この男が教えてくれた。
シュルリと引き抜いたタイを放り出し、その下のワイシャツのボタンに手をかける。
視界の中で自分の手が震えているのを見ながら、それでも一つ一つ確実に外していく。
「キンタロー様……」
高松は呻いた。何か苦しいものに耐えているような声だった。
キンタローにはそれが、相手も同じく自分と肌を合わせることを望みながら、心の中の葛藤ゆえに
行動にうつせないでいるのだと感じ取れた。それが決して錯覚でないことも、同時に分かった。
どのような葛藤なのか、どのような理由なのか、知りたい気持ちはあったが、
一方でもはやこれ以上悩むことなどクソ食らえだという激情もある。
なによりも高松は抵抗しない。それが答のすべてであるように思えた。

はだけた胸に舌を這わせながら、すでに先ほど緩めていた自分のシャツも
片手でボタンを外していく。もう片方の手はもどかしく相手のベルトをほどいていた。
体は何をどうすればいいのか知っていた。一つになりたいという思いが内側から溢れ出していた。
それこそが自分が彼を愛している証明だと、キンタローは信じている。
服を脱がされていく途中で高松はわずかに身じろぎをしたが、
それは脱がそうとするキンタローの動きを助けるためのものだった。

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