一瞬こそが永遠 -3-


裸になったキンタローは、同じく身にまとった虚飾をはぎ取られた、科学者の体を抱いた。
「好きなんだ」
すがるように耳元でささやく。ドクターはわずかに身じろぎをする。
「それ以上はおっしゃらないでください……キンタロー様……」
「どうして?」
「……あなたのお気持ちは、分かりましたから」
そう言って高松は、そっとキンタローの耳たぶを噛み、舌を差し入れた。
耳に流れ込んでくる息が熱く、頭の中が爆発しそうになる。応えてくれたのだという思いはしかし、
単純に嬉しさには結びつかなかった。顔が見えない。相手は、わざと隠しているような気がする。
けれどもキンタローもまた、高松の顔を直視する勇気が持てないのも確かだった。
先へ進めば進むほど、思いは指先からこぼれていくように不確かであやふやなものになっていく。
だからといって立ち止まることなど、できるはずもない。
あの闇の中に、再び帰るわけにはいかないように。

「んん……」
不器用に入り口を探す手に手が添えられ、導かれた。
目覚めてから後は、こうして何度もドクターに導かれてきた。
この男に先導されることは、けっして嫌な気持ちにはならないのだ。それはきっと、彼が常に
深い場所で、どこか一歩引いたスタンスを崩そうとはしなかったからだろう。
だけど今だけは、逃げて欲しくなかった。

自分の性器を相手にあてがう。ゆっくりと押し進めていく。締めつけられる感触に
キンタローは歯を食いしばり眉をしかめた。
高松の両腕が確かに体にまわされ、しっかりと抱きとめられていることが幸福だった。

「は、あ……」
耳のすぐ横で、ドクターの声がする。その中に含まれる甘さに、この人もまた
自分と同じものを感じているのだと、キンタローはより一層腰を進めた。
包まれていく、締めつけられる、とても敏感な場所を相手に委ね、全体で相手の全てを感じ取る。
「……、ん…ん……っ」
快感にはぜそうになりながら、ゆっくりと腰をスライドさせた。
するとより一層大きな波が押し寄せてきて、頭の中が真っ白になる。ここのところ抱え込んできた
沢山の悩み。そのすべてが圧倒的な悦楽の前に押し流されていく。
「んぅ、……ぅあ…、はぁ……ッ」
吼えるように息を吐いた。
「………ぁぁ…」
高松の手が首と頭の後ろにまわされ、強く抱きしめられる。
「キンタロー様……」
熱にうかされるように高松は呟いた。父ではなく自分の名を呼んでいる、その事実がキンタローに
さらなる愉悦をもたらした。
「んッ、………く、はっ」
まだ爆発してしまわないように奥歯を食いしばり、さらに奥へ奥へと目指すように動く。
前に進むしかないのなら、少しでも遠くへ。どこまでも先へ。
「…ぁ………あぁっ……」
ドクターの体がゆるやかにしなる。それとともに悦楽が押し寄せてくる。
悲しみがないとは言わない、苦しくないとも言えない。だがこの瞬間、キンタローは確かに幸せだった。
悩みを忘れ、苦しみを乗り越え、もっと先へと本能に身を委ねて進んでいくこの時間。
――「一瞬が永遠になる」
あの言葉を、今なら別の意味を持って受けとめられる気がした。
「は……、ん…あ……、は、あ……っ、はあっ」
キンタローはより激しく腰を打ち付け、純白の中に埋没し、大きな波に流され、
また自らさらなる流れを作り出ながら突き進んでいく。
そしてとうとう最後には、奥深いところで果てた。

目をつぶったまま、キンタローは手探りでドクターの顔を探る。
そこは濡れていたけれど、汗によるのかまた別の何かなのかは、分からなかった。
ただ心地よい眠気があって、目を開ける気にはならなかった。
今ならきっと、自分の身体が自分のものであることを疑わずに、眠ることが出来る気がする。
欲望はすべて外へと放出してしまったけれど、彼の体内には確かな何かが残っていた。
そして、行為の間ずっと抱きしめられていた感触が。

横たわっている若者の呼吸が一定になり、静けさを増していくのを確認してから、
高松はそっと身を起こした。激しい行為の余韻か、体中が痛かった。
自分がもう若くないことを確認させられ、一人で苦笑する。

ベッドの周りに乱雑に脱ぎ散らかされた衣服を拾い上げ、中から自分のものを選んで身につけた。
キンタローのものは軽くたたんで枕元に置く。

それからあらためて、眠っている青年の顔を見た。起きている時は消えることがない眉間のシワが、
少なくとも今は消えていることを確認して安堵した。
また涙が頬を伝うのを感じる。
キンタローに顔を見られないようにしたのは、このためだった。
乱暴に引き寄せられ仰向けに押し倒された時、思い出したのはやはりルーザーのことであり、
自分がキンタローにルーザーを見て苦悩しているように、この青年もまた背負わされた重みに苦しみ、
そこから半ば逃避するように高松に感情をぶつけてきたことへの、嬉しさと悲しさだった。
――だけど彼の感情は、雛が初めて見たものを親と思い込むのと同じだ。
まだ狭い世界しか知らない幼子が、自分を守ってくれる存在を盲目的に慕う。
それが全ていつわりだとは言わないが、やはりこれを愛だというのは可笑しいだろう。
キンタローも、いつかきっとそのことに気が付く。多分、そう遠くない未来に。

本当は嬉しかった。ルーザーの面影を遺す子供に愛されることが、嬉しくないわけがない。
だけど、それはやはり許されないことだ。高松はいつわりの愛でも構いはしないが、
この若者の未来を奪う権利はない。――あの島で、分かったのだ。
ルーザーの姿をしたものに撃たれたことで、高松は初めて自分の罪を自覚した。
あの25年間も、自分の手が汚れたものであることは忘れないでいたつもりだったのだが、
胸を抉る痛みがむしろ、肉体的なものよりも精神的なものが大きいと気付いた瞬間、
ああ自分は本当に酷いことをしたのだと……。
だからもう、過ちを繰り返す気にはなれなかった。

起こさないように注意しながら、キンタローの頬に手を触れる。
グンマのことを、マジックの息子でもルーザーの代理でもなく、一人の人間として愛すると決めた時も、
いつか手放す時がくるだろうとは思っていたけれど。キンタローの場合、別れはもっと早いだろう。
自分が寂しいなどという感情を抱く人間だとは正直なところ思いたくなかったのだが、
この事実は純粋に寂しかった。長く生きすぎたとは、こういう感覚なのだろうか。
――別ればかりを繰り返していく。
そのことを、いつかこの生まれたばかりのような若者も知るのだろうかと考える。

未だ一瞬の中を生きている、このまばゆい若者も――。いつか永遠を知るのだろうか。


2004.9.14

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