街の見廻りから戻った沖田は、心戦組屯所の庭にたたずむ長身の人影を見つけた。
腰に刀を帯びることもなく、平然とこの人斬り集団の中に存在する彼は、
異色の雰囲気を辺りに払いつつ、それでも一人静かに軒先を眺めている。
「何見ているの、ススムくん?」
沖田は少女のような笑みを浮かべて男に近づき、そう尋ねた。
「ソージか……」
山崎はいつもと変わらぬ表情のない顔で、振り向く。
「鳥が巣を作っているんだ」
「あ、なるほどー」
正直言ってそれほど興味はなかったが、沖田は無邪気な笑顔を浮かべたまま
腰をかがめ、軒先を覗き込んだ。
「可愛いね」
「そんなこと本当は思ってもいないだろう」
「ははっ。ススムくんは手厳しいなあ」
童顔で小柄な一番隊の組長は、ポリポリと頬をかく。
「ソージが自分から僕に近づいてくるのは、用がある時だけだからな……」
「そんなこと言わないでよ。僕が非道い人間みたいじゃない」
「違うのか?」
言葉の鋭さとは裏腹に、大して追求する気もなさそうな山崎の横顔に向かって、
沖田は頬を膨らませてみせる。
興味のないことにはとことん無関心なその様は、小憎らしいと同時に、
可愛がられることに慣れた彼にとってはひどく情欲をかき立てられるものだった。
「ねえ。久しぶりに遊ぼうよ、ススムくん」
そう言いながら、辺りに人がいないことを確認し、山崎の胸にそっと小さな手を這わせる。
少女のように白く長い指が、黒い服の上で艶めかしく動いた。
新選組一番隊組長としてたくさんの人間を、返り血すら浴びることなく斬り捨ててきた手だ。
山崎は顔色一つ変えることなく、その手の上に自分の手を重ねて押しとどめた。
「ソージ。これは遊ぶんじゃなくて、したいんだろう」
「ちぇ。相変わらず堅苦しいなあ」
沖田は口を尖らせる。
「山南さんに出会ってから、一層堅くなったよね、ススムくん」
「そうかな……」
せっかくのからかいに対しても、否定するわけでも肯定するわけでもない返答だった。
何も考えていないわけではないだろうが、何も感じていないことはあり得るかもしれない。
「じゃ、あとで部屋に行くからね」
気を取り直して薄く目を開き笑ったソージの頭を、山崎は無表情のままくしゃくしゃと撫でて
うなずいた。その手の意外な柔らかさだけが、承諾の意を伝えていた。
夜。皆が寝静まったことを確認して、沖田は山崎の部屋へと向かう。
彼の密偵という役割の性質上、屯所の中でもあまり目立たない奥まった一画にある
小さな一室は、こういった目的の時にも便利なものだった。
「ススムくん。来たよ」
障子を軽く叩いて声をかけると、内側からそれが開かれる。
部屋にはいると山崎は、机に向かって何か本を読んでいた様子だった。
そういった書物や各種の薬品など、彼の部屋には人が予想するよりも
ずっと沢山の物があるにも関わらず、やはり印象は殺風景の一言に尽きる。
「相変わらず、遊び心のない部屋だなぁ」
沖田はそう感想を口にした。
「近藤さんみたいでも困るだろう」
メイド服だのなんだのと、多彩な趣味を誇る局長の名を出されて、思わず苦笑いをする。
「確かにそれはそうだけどさ」
「だろう」
返事はやはり素っ気ない。
「可愛い動物の絵でも飾ればいいのに」
「生きているものが好きなんだ」
「ふうん。じゃあ僕は?」
山崎はしげしげと、悪びれずに言う沖田の顔を見つめた。
といってもやはり顔つきはいつもと変わらないが。
「ソージも可愛いな」
「そんな顔で言われても説得力ないよォ」
ふくれてみせると、またくしゃくしゃと頭を撫でられる。
「やめてよ、ススムくんみたいなぼさぼさ頭になっちゃうよ」
少しだけ本気でスネてその手を振りほどくと、山崎は首をかしげた。
「撫でられるのは嫌いか?」
「もー、この朴念仁」
すたすたと部屋の奥に進み、すでに用意されている布団の傍に自分の刀を置く。
「ちゃんと準備はしているくせにねっ」
布団の上に腰を下ろして、羽織の紐をほどき、肩から布地を滑り落としながら、
すっと目を開いて横目で山崎を見つめた。ほとんど本能的に、部屋に置かれた行灯の位置や
それによって照らし出される自分の姿まで計算している。
少なくとも表面上は何の反応も返してこない相手だからこそ、
こうして挑発するのが楽しいという屈折した喜びもあるのだった。
山崎も自分の服に手をかけるのを見て、沖田はニッコリと笑いさらに自分の衣服を剥いでいく。
相手の動きを見ながら、呼応するようにまた誘うように少しずつスピードを上げていって、
彼の動きもそれに比例して早くなるのを見てまた満足する。
とはいえ彼らの簡素な衣服は、すべて脱ぎ去るのに数十秒とかからなかった。
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