「目を閉じていて」
最初にそう言われた。だからサービスはずっと目をつぶっていた。
兄が何をするつもりなのか、あるいは何を求めているのか、薄々は知っていたけれど。
怖くないと言えば嘘になるけれど。それでも、ルーザーが必要としているのならば。
ルーザーが、サービスを必要としてくれているのならば。
兄の指が頬をなで、閉じたまぶたの上を指先でそっと、何度も触った。
触られるたびに兄の「愛しているよ」という囁きが聞こえたような気がする。
唇と唇がそっと触れ合う。柔らかくて冷たい唇。吐息は微かにしか感じられない。
まるで生きていないような人。死んでいるという意味ではなくて、彫像のようだという意味でもなくて、
いうなれば天使のような存在。天使の口づけという言葉が頭に浮かんだ。
大切な人。敬愛する兄。誰よりも賢くて、強い人。それなのに何故か、儚いヒト。
「ルーザー兄さん」
声を出すなとは言われていなかったから、サービスは呼びかけた。
「なんだい?」
兄の優しい声がする。
「寂しいの?」
――僕が行ってしまうから、寂しいの?
「そうだね。寂しいよ」
また軽いキス。そして寝間着の胸元に指がかけられる。
「あの小さな子供が、もうこんなに大きくなってしまったんだね」
細やかな細工が施された木のボタンが外されていって、
薄い絹の布地越しに感じる兄の指が段々と下へ移動していく。
この絹のパジャマを、サービスの寝間着として見立ててくれたのもルーザーだった。
――きっとおまえにはよく似合うよ。
そう言って笑った顔が、閉じたまぶたの裏側に映る。
兄は今、どんな顔をしてこれを脱がそうとしているのだろうとサービスは考えて、
けれども目を開けようとは決して思わなかった。その代わりにゆっくりと息を吸い込んで
ルーザーの指の感触をもっと感じようと感覚を研ぎ澄ませる。
ボタンが全て外された上着は、水のようなしなやかさでサービスの肩からたれ下がり、
胸の中心があらわになる。ボタンが敏感に尖った乳首をくすぐって、サービスは軽くうめいた。
これから何が起こるのか、どんどん怖くなる。
だけどルーザーが求めることならば、自分はそれに応えなくてはいけないと思う。
サービスが応えなければ、一体他の誰がこの孤独な人の心を埋めてあげられるのだろう。
同情などではなく、純粋にサービスは信じていた。
サービスにルーザーが必要であるようにルーザーにはサービスが必要で、
それはルーザーが寂しいからなのだと。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、開かれた胸の合わせから
ルーザーの手が滑り込んできて、そのまま絹と肌の間に差し込まれた手が肩へと上がり、
するりとブラウスが体から落ちた。最上の絹を最高の縫製で仕立てたそれは
着ている時も何も身につけていないかのようだったけれども、脱がされてみると
肌が敏感に空気の流れを感じて、やはり自分は守られていたのだと分かる。
とはいえその風だって、ルーザーらしい細やかさで汗一つかかないように調整された、
エアコンディショナーから送り出されてくる、穏やかな空気だったのだけれど。
自分は優しさによって幾重にも守られているのだと、サービスは幸福な溜息をつく。
今自分の体を上をはい回っている兄の手もまた、優しい手だった。
体のどこにも引っ掛からない、どこまでも穏やかな手。胸をこすり脇の下から肩甲骨の上へと。
背骨の上を指が滑る時、耳元で兄の吐息がした。
――ああ、こんなに近くに兄さんがいる。
その事実はサービスを幸福にする。触れたい、抱き合いたい、だけど今は大人しくしていよう、
たぶん兄さんはそれを望んでいるから、と自分に言い聞かせる。
最初冷たかった兄の手はサービスの体中をはい回る内に熱を帯びてきたけれど、
決して不快な熱を持つことはなく、むしろ暖かいと感じるくらいで、ただただ心地よかった。
サービスの肌とルーザーの手はとても相性がよくて、磁石のように吸い付くのだと思う。
今兄さんが手を離そうとしたら、きっと僕の身体はその手にくっついていくだろうと想像する。
体がしっとりと熱を帯び、呼吸が早くなっていくのを感じる。そして下半身がうずく。
そんな自分の体の反応すら、どこか遠いもののように感じていた。
ただ頭の中で無数の言葉が、無数の想いが渦を巻いていて、
本当は自分だって兄のそばを離れたくないのだと、弱音を吐いてしまいそうになる。
だけど兄はきっとそれを喜ばないだろう。そんな言葉は聞きたくないだろう。
いつだってするべきことをするべきように行うこと、それがルーザーの望みだった。
兄はそれだけを望んでいるのに、世の中はそうはならないから、兄は不幸で
ならばせめてサービスは、ルーザーの望むように生きてあげたかった。
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