夜、高松は与えられた私室でカルテの整理をしていた。
彼はまだ20歳、建設的な作業に没頭する時間はなかなか与えられず、
雑用を押しつけられることの方が多い。
才能を見いだしてくれた人が逝ってしまってからは、なおさらのことだった。
それでも負けず嫌いな若い医師は、人前で努力するよりも深夜にこうして雑用を片づけ、
昼には多少なりとも前向きな仕事をこなすことを好んだ。
負けるわけにはいかなかった。周囲にも、運命にも。
背後でドアが開く。
ノックもせずに入ってきた人影は、青白い顔をしていた。
「本当に幽霊みたいですね、あんた」
ちらりと横目でその姿を確認した高松は、手元のカルテにサインを書き上げてペンを置く。
「雨の日は、傷痕がうずくんだ」
歩み寄ってきたサービスは無造作にデスクに腰掛けて、そう言った。
「そりゃあんた、ろくに医者の言うことも聞かずに放っておくからですよ」
高松は椅子から立ち上がる。
手で親友の右半面に流れる髪をどけると、いまだ赤黒い醜い傷痕があらわになった。
「今からでも皮膚を移植して、整形手術をしますか? 成功するかは難しいですけれども」
顔に顔を近づけてささやく。意味のない言葉を。
「まあ失敗したって、これ以上ひどくはなりようがないですからねぇ」
隠したがっている傷をしげしげと眺める目は、医者のものではない歪な喜びに彩られていた。
「やめてくれ……」
サービスは高松の手をつかむ。
「ねえ。抱いてほしい」
「ええ、分かっていますよ」
相変わらずねっとりと傷痕を眺めながら、高松は笑った。
「そろそろ来る頃じゃないかって、私も思っていたんです」
吐く息が顔にかかるほどの近さで、睦言のようにささやく。
「寂しいですものね、こんな夜は。ええ、よく分かります。私だってそうですから」
「高松……」
サービスは痛々しげな目をした。自分が頼ってきたくせに、友のことを心から憂うような、
まったくもって偽善的で、だけどこの上なく無防備な優しさで。
己もまた空白を抱えた若者は、その目に溺れずにはいられない。
偽りでもいいから、溺れずにはいられなかった。
もつれあうようにベッドに倒れ込み、もどかしげに服を脱ぎ捨て、肌をこすり合わせる。
二人は互いに自分のことしか考えていなかった。ただ自分がこの現実から逃げ出すために、
相手を求めた。なんのためらいもなくそれが許されるのは、世界でこの相手だけだった。
彼らが行為を重ねる理由は、それでしかない。他者では許されないから、相手を求める。
だけど、その現実こそが何よりも強く二人を結びつけていた。
「他者では許されない」が「他者では満たされない」に、
いつの間にか意味をすり替えられたのは、むしろ自然な成り行きといえた。
「はぁ……ッ」
サービスがうめく。その首筋にきつく吸い付いた高松は、片手で彼のものをしごいた。
「ん…ん……ああっ」
乱暴に責め立ててくる行為に、むしろ溺れるように、金髪の青年は抑えることなく声をあげる。
身をくねらせ逃れようとする動きは、逆にさらなる責めを求めようとするものでしかない。
高松はそんな彼の腕をつかまえて、自分のものに導いた。そして奉仕を求める。
サービスの細い指が玉袋をとらえ、あやふやな動きで優しく揉んだ。
そのお返しとして、高松はさらにきつく彼のものを掴んでしごく。
「……んッ」
果てようとすれば、許さないとばかりに力を緩めた。
そしてまた、ゆっくりと動きを開始する。
「ルーザー様はあなたのせいで亡くなったんですよ」
手の動きを止めず、言い聞かせるように顔の近くでささやく。
「そう……」
「あなたがルーザー様を殺したんだ」
「そうだ。私が兄さんを殺した……」
欲望に溺れながらも、サービスは高松の言葉を繰り返す。
こんな時だからこそ、溺れることができる真実に。
指は許しを求めるかのように、弱々しく奉仕の動きを繰り返していた。
「ひどいですね。本当にひどいですよ。どうして止められなかったんです?」
「ああ……」
たった一つ残された左目から、涙がこぼれ落ちる。
悲しみだけに沈むことは許さないとばかりに、高松は手に力を入れ、動きを早めた。
「………ぅん」
喘ぐ合間に、「すまない」と口が繰り返す。けれども言葉にはならなかった。
それがサービスのプライドだ。高松に謝るいわれはないという、ただの意地だ。
追い詰められてむき出しにされる傲慢な本性、それがサービスの命を支えている。
手だけは逆に、媚びるように弱々しく友の性器を触っていた。
高松はその感覚に酔いしれながら、なお彼を責めさいなむ言葉――それは紛れもなく
彼の本心でもある――を、繰り返す。
「あんなに愛されていたのに」
「………ぁあ…」
もう耐えられないというように、サービスは身をよじった。
しかし友の手を逃れることはできない。
「あなただって愛していたんでしょう」
「……ん…んッ」
びくびくと手の中のそれが脈動し、放出してしまうのを耐えるために、彼は唇を噛みしめる。
このような言葉を聞かされながら果てるわけにはいかないという意地。高松は薄く笑った。
「ねえ。ひどいですよ、あんたは。愛されていたのに、止められなかっただなんて」
「………ぁ、は……ぁ…」
高松の手は止まらない。サービスの手も、動き続けていた。
手だけで謝っている。許してくれと、もう止めてくれと。でもそれだって本当は、
ここにいる友に向けてのものではなく、心の中の誰か――のためなのだ。
それは知っていた。知っていたからこそ、高松は本心を、自分の弱さを吐き出せる。
「ひどい。本当に、ひどい。どうしてなんです。ねえ?」
「…………ん、ぁ……」
閉じられた目から、涙が次々と流れ落ちた。
「はぁっ……、ん……、ああっ」
また手の中のものが激しくのたうつ。もう高松も止めようとはしなかった。
むしろどんどん動きを強めて、友を責め続ける。言葉はもうなく、動きだけがあった。
「う……あ……、んんっ……」
頭が大きく後ろへとのけぞり、白い首が無防備にさらされる。
声は留めようもなく溢れ、指は絶えることなく動き続け、そして涙が流れていく。
「はぁ……ん、んッ」
いかずちに打たれたかのようにサービスは身を震わせ、高松の手の中で熱い空虚を溢れさせた。
「……ああ」
まだ身を震わせながら、サービスは涙の流れる左半面を枕に押しつける。
許しを請うているかのように頬ずりを繰り返す上では、醜い傷痕が開いていた。
絹糸のように細い金髪の合間から、潰された眼窩とそこから無数に走るひび割れがのぞく。
高松はじっとそれを見下ろしていた。哀れだと思わないわけではない。
可哀相だと、気の毒だと、思わないわけではない。
ただ心の痛みはもっと強く、代償を求めていた。
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